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ボーナス転生先は鏡クラッシャーな悪役皇子

「フハハハハハ、ハハハハハ、よもやこの俺が貴様などに敗北しようとはな、ブラッキー・ホワイトホール!」


 口の端から不思議と見苦しくない血の筋を引きながら、普通なら喋るのすら困難なはずの満身創痍で佇み、歪んだ笑みですら見る者に麗しいと思わせる男は、高らかな哄笑の中で両腕を羽ばたくかのように大きく広げた。


 彼の背後には破滅の魔法が煮えたぎり、呑まれれば何人たりとも助からない地獄行きなのは確実だ。


 男は、万策尽きていた。


 入念に進めてきた自国崩壊へのシナリオは、最後にして全て彼の目の前に立つ大剣を構える傷だらけの男と、同じく怪我を負っているその仲間らによってぶち壊された。

 この最後の戦いでも力は拮抗していたはずが、最終的な踏ん張り、一押し、結局は大剣の男の胆力が勝った。

 この国をひいては世界を救うと決意する彼の正義漢ぶりには、どこか潔ささえ感じる程に男は負けたのだ。


 こんな男が部下として或いは友として最後まで傍にいたなら、今の自分は何か違っていたのだろうか、なんて馬鹿げたことを思った。


(かつては俺にも……ふっ今更だ。後悔しても遅い。遅過ぎる。……遅すぎた)


 亡き者は戻らない。


「ハハハ、ハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハ!」


 男は壊れた笑い人形のように喧しく笑い続けた。

 地を蹴り、破滅の魔法に呑まれてそのどす黒い堕ちた命が塵と滅ぶまで。


「ハハハ、貴様のような奴と馬鹿騒ぎできる人生だったら、この苦痛ばかりだった歩みはもっとずっとマシだったかもしれないな。ハハハハハハハハ、せめてもの餞だ。――クッドラック」


 らしくなく感傷的になった最期は、男にそんなことを呟かせた。

 自死を選んだ様に、後の英雄は驚いたように男へと手を伸ばした。大切な武器の大剣すら放り出して。


「スカイラーーーー!!」


 始まりは男も、ただ光を掴みたかっただけだ。

 木漏れ日の中に留まりたかっただけだ。

 叶わなかったが……。


 ――ハッと目が覚めた。


「うわ、こんな時間。漫画見てて寝落ちしたのか。今日のバイトはかなりきつかったからなぁ……はぁ、筋肉痛なるかも……」


 裏に炬燵が引っ付いている夏冬兼用の低いテーブルに突っ伏してうっかり寝てしまっていた俺は、ふと顔が濡れているのに気付いて手を当てた。


「涙? え、何で泣いて? ……あー、さっきの夢か。我がことのように共感したのか。よりにもよってゲームキャラにって……だいぶ疲れてんなぁ俺……」


 結構嵌まってやり込んだゲームってのは、その世界のキャラになりきってシナリオにはないようなオリジナル展開を勝手に想像することもあるらしい。少なくとも俺の脳内じゃ。


「んー、いくら推しキャラだったとは言え、まさか夢にまで見るなんてな。おっかしいの」


 大剣の青年キャラが見せた絶望感の滲んだ表情も印象的だったしな。俺の深層心理じゃそこまでお人好しに感じていたキャラだったんだろう。

 ゲームじゃ殺し合いをするまさに宿敵同士だから、心配なんてするわけがないんだろうが。

 まぁだが、あのキャラ達がもしも一緒に冒険したら、ゲーム世界は一体どうなっていただろうか。

 ほんの少しの興味と、その反面で全くそれを想像できない自分の想像力のなさに苦笑した。


「別にいいか、どうせゲームだしな」


 明日も朝から仕事だしシャワー浴びないと。

 うーんでもその前にちょっとコンビニ行って朝食になるようなものを買ってくるかな。冷蔵庫空だったからな。朝だとバタバタして忙しいし。

 よしそうしようと、俺は上着を掴んでスマホをポケットに突っ込むと玄関を出た。

 部屋は安アパートの二階なので必然鉄板を組んだだけみたいな簡素な階段を下りないとならない。


「ちゃっちゃと行ってくるか」


 少し寒かったせいか前を掻き合わせながらやや駆け足で外廊下を通り階段へと一歩を踏み出した……までは良かった。


「――あ?」


 階段面が濡れていたのか靴底が滑った。咄嗟に手摺りを掴もうとしたがこれも滑って失敗。視界が反転し、受け身を俺なりには取ったものの努力も虚しく、浮遊感の最後に頭に受けた衝撃と同時に暗転した。


 誰か助けてくれ、なんて叫ぶ間もなかった。


 ――……さて、現代日本に生きていたこんな俺のさもない人生はここで終わったが、これでも精一杯生きたつもりだ。


 ただなぁ、振り返ってみても平々凡々凡庸の塊だった。


 一時期はアイドルになりたいとダンススクールに通ったりもした自分の立ち位置もわからなかった馬鹿な男だ。外見は客観的に見ても決して不細工じゃないとは思っていたが、ただそこに居るだけで目を惹くような独特の存在感オーラを放っていたわけでもない。

 ならフィジカル面でどうだと思っても10代から10年通ってもダンスの才能は開花せず、なら外じゃなく中の人ならどうだと思ってもバーチャルアイドルをやるくらいの歌の上手さ声の良さ或いはトークの面白さもなく、結局ぐだぐだと腐ってやめた。

 きっかけはある日、鏡を前に自分が特に何もない人間なんだってのを悟ったからだ。

 後の人生は、前述の通り30歳を少し越えてアパートの階段を踏み外すまでバイト三昧で、結局不運なその事故が原因で終了した。


 たださ、死ぬ間際まで俺はやっぱりアイドルに憧れていたし、人間容姿が全てじゃないとは思いつつ、自分が超絶イケメンだったら超絶イケボだったらがらりと人生は変わっていたんじゃないかって思う。


 かなり嵌まり込んだ幾つかのゲームじゃ、勇者系爽やかヒーローよりも絶対美形な悪役の方に肩入れもしたし、そんなルックスがあったら別に敢えて悪役なんてやる必要はなくて真っ当に生きても人生薔薇色じゃないかよアフォかこいつは……と憧れもした二次元キャラに僻み丸出しで突っ込んですらいた。


 そんな俺のどこまでも捻くれた劣等感を見かねたのかもしれない。神様は天の審判を待つ間に折角だから一度美形を体験してくるといいとボーナス人生をくれた。

 これが世に言う神の慈悲と感動していたら、冷めた雰囲気の天の審判所の職員つまりは天使に世界的流行り病のせいかどうも最近の審判所は混んでいるので、ある一定数を異世界に転生させたりするなどして一人でも天国か地獄かの最終審判を遅らせる裏技を使っているんだと実情を教えてくれた。一人一人七面倒臭い人生データの精査をしなければならず手間が掛かるかららしい。こんなとこでも人手不足なのかと少し可笑しかった。

 何だかんだで生きている間のどんな悪事もここじゃつまびらかになるようだ。悪人にはこのボーナスはないそうだから真っ当に生きてきて良かったよ。

 因みに天使職員の説明によれば転生先でのことはスピンオフ人生として一切本人生の審判には考慮されないんだと。もしも悪事を働きたいなら後先を考えずとことんやりたい放題できるようだ。そんな面倒俺はしないが。


 閑話休題。


 転生先は俺の知っている西洋風ゲーム世界のとあるキャラ。


 何の因果か死んだ夜に夢まで見ていた男、超絶美形の残酷悪役皇子スカイラー・ヘルス。


 地獄のヘルじゃなくヘルスってとこが健康そうで制作サイドのユーモアを感じたよ。悪役なのに全然恐怖で子供がチビりそうな名前じゃない。

 まあネーミングセンスは抜きにしても、スカイラーの容姿は数ある美形キャラの中でも群を抜く。天使職員の提案にそりゃいいと即答すると突然視界が白と黒に明滅し、次には魂だけの存在だったふわふわしたものからずしりと実体を持った強い感覚に襲われた。五感が戻ったんだ。

 転生したんだと直感した。もう死んで天の審判所とか天使職員たちを実際に見たのもあって動転はしなかった。

 天は仕事が早い、と感心しながらゆっくりと目を開ける。


「…………」


 月の化身染みた長い銀髪と澄んだ青瞳をした鏡の中の美しい男――スカイラー・ヘルスと目が合って、それは今の俺自身なんだとすぐに悟る。


「は、ははは、何て罪なルックスなんだ。マジ美形だろ。男でも惚れるって」


 細かいレースのあしらわれた白いシルクのブラウスが似合い過ぎて眩しいぜチクショウ。対する下穿きは黒。長い脚の際立つ完璧なパンツルック。革靴の色も黒。

 ゲームじゃこれに黒いマントを羽織って優雅に登場するんだっけな。

 右から左から壁掛け鏡の自分を見つめて思わずうっとりして微笑んで自画自賛すれば、後方からガタンと何かでコケたみたいな音が上がった。痛がる短い悲鳴も。


「何だ、近くに誰かいたのか」


 振り返ってなるほどまさにコケた音だったんだと理解する。

 椅子の足に引っ掛かったのかその相手は見事椅子共々盛大に床に転がっていた。直前まで抱えていたんだろう書類も散乱していて、放り出された最後の一枚がちょうどそいつの頭にパサリと被さった。


「……大丈夫か?」


 絶対痛い転び方だと感じて気遣うと、相手は驚愕に目を見開いて素早く起き上がった。その蒼白で絶望的な顔付きは世界の終わりでも見たようだ。


「スカイラー様が、スカイラー様が、鏡をお壊しにならない!?」


 うん? え? あー……。そういえば悪役皇子スカイラーは自分の美し過ぎる容姿が大嫌いで、できるなら自分の顔を壊したいくらいなんだっけ。


 しかし防御力が尋常じゃなくて自分ですら傷一つ付けられないってそんな特殊な設定だった。くあ~っ、何って贅沢な奴なんだ。


 まあ美人は美人で色々と苦労もあるとは思うが、人間与えられたものを最大限活用してなんぼじゃないのか?

 だからさ、俺はよくよく活用させてもらうよ。


 さてと、この壁掛け鏡は何代目だろうな。スカイラーは生まれてこの方壊した鏡は数知れず。今回の鏡は命拾いしたな。あと当面の間宜しくな。これが白雪姫なら話し掛けたら反応があるんだろうがな……と言うか鏡からは盛大な恨みを買っていそうだ。


「スカイラー様、どこか本格的にご気分が優れないのではありませんか?」


 いつまでも鏡を見つめていたからか、心配してくれているのか実は小馬鹿にしているのか微妙な言い回しで話し掛けてきたのは今さっきコケた奴。


 スカイラーの幼馴染み兼側近――グリーン・クリーンだ。覚えやすい名だ。


 ザ・秘書って感じのカッチリとした服装のこいつもゲーム内のキャラの一人だが、悪役皇子の側近の割には清潔でフレッシュな森の空気みたいな名前だよな。平均よりは高い身長に短めに整えられた茶髪に明るい緑の瞳って見た目も爽やかだし見るからにまともそうだ。

 俺は敢えて悪役皇子スカイラーになりきって目を眇めてグリーンとやらを見やった。身長は俺の方が少~し、数センチばかし高い。


「案ずるな。俺は至って健康だ」

「で、ですけど鏡が無事ですよ!?」


 いやいや判断基準がおかしいだろ。俺はどんな破壊狂だ。……あーいや実際そうだった。


「俺も民草からの血税を食んでいる身だからな。そろそろ無駄な出費は抑えようと決意したんだ」

「ス、スカイラー様……っ、すぐに宮殿医をお連れ致しますのでお待ちをーっ!」

「正常だっつの!」


 はあぁ~、思わず素でツッコミ入れちゃったよ。

 踵を返して走り出そうとしていたグリーンは俺から首根っこを掴まれて目を白黒させる。


「本当に何でもないからな? これからの俺は鏡を壊さないからもう取り乱すなよ? ん?」


 後ろ襟から手を離してやって睨み据えれば、グリーンは呆けたような顔をしつつも首を縦に振った。

 ところで現在はゲームのどの辺りの展開なんだろうか。転生したからには時間軸が存在するはずだ。ゲーム開始前か開始後かで俺の取るべき行動も決まってくる。

 元々のスカイラーは正義の主人公と対決してその悪の身を散らす定めだ。それによって帝国は彼の描いた破滅の道を回避できる。

 要はラスボスなんだよな、ラスボス。


 今がゲーム開始前なら、本来スカイラーの仕掛けるはずの破滅闇魔法の数々を俺は仕掛けない。


 開始後なら仕掛けた闇魔法を一つ一つ解除しに行くつもりだ。まあそれもどの程度仕掛け終えている段階かで手間の度合いも違ってくるが。


 だからこそグリーン君よ、とくと答えてくれ給えよ。


「聞くが、今は何年何月何日だ?」


 肩に掛かった長い銀髪を手で払いのけ、腰に手を当て斜に構えてさらりと尋ねた俺をやや怪訝そうにしたものの、仕えるただ一人の主人からの問いに答えないわけにもいかないグリーン氏は滑舌良くも声を張った。普通ボリュームでいいのにな。


「大陸暦3326年7月7日です!」

「7月7日、七夕か!」

「はい? タナバタ……とは何ですか? スカイラー様の好きな棚ぼたではなく?」

「ああ、いや、棚ぼただ棚ぼた。今日は何か棚ぼたがくるような気がしてな」

「おおっそれは期待ができますね。スカイラー様の直感はよく当たりますからね」

「ははは」


 え、そうなの? そんなの設定にはなかったよ? さすがはスカイラーだ、クールだな! これも闇の導きっ……とかポーズ作って言ったら似合うだろ。

 この転生はあれか、ゲームじゃ語られなかったリアルスカイラー日常系ライフももれなく体験しちゃおって方針か。神様も憎いことをする。


 にしても大陸暦3326年か。


 思いっっっ切り開始後だ。


 ――しかも何とゲームのほとんど終盤だあああーーーー!!


 なのにこんな風に幼馴染み側近と呑気にコントみたいなユルい会話してるとか……っ。

 大陸暦3326年だともう帝国各地に破滅闇魔法を粗方仕掛け終えていて、仕掛け同士で魔法的なリンクが構築され始めている段階のはずだ。

 もし全てのリンクが完了し帝国全土を網羅する大規模布陣が完成すれば、塵も積もれば戦法で一個一個の効果は小さくとも合わせれば巨大な威力になる。一度発動すればおそらく誰にも止めることは不可能だろう。


 分譲マンションじゃないが、完成予定は3327年初頭。

 まだ約半年の猶予があって幸いだが、解除は本格的に厄介だ。嗚呼骨が折れる。


 他方、主人公との対立も明確になっていて、今日にも明日にも主人公が成敗致すってこのスカイラー皇子の宮殿に突撃してきてもおかしくない。


 スカイラーは、帝国各地で起きていた異常事態を解決して回っていた主人公には早い段階から怪しまれていて、ゲーム中盤を過ぎた辺りで主人公は集めた数々のヒントから帝国皇子スカイラーが黒幕だと確信する。

 そこからどうにかスカイラーの企みを阻止しようと探りを入れて仲間を増やして対抗していくってのがゲームの流れだ。

 基本ルートでもスカイラーとは何度か戦うって展開で、宮殿に奇襲をかけたりもできた。無論真っ向勝負もありでそこは選択式だったが、どちらにしろゲーム進行上最終決戦までは決着が着かないようになっていた。

 だが、そこは別にいい。


 そもそも何故に解除するかって? 折角の美形に転生ライフなんだ、ゲーム通り母国破滅まっしぐら黒幕のまま成敗されるなんざ御免だよ。この皇子スカイラーとしての地位と財力と抜群の容姿を生かしてハーレムするぞ俺はーっっ!


 娯楽も同然のボーナス人生だからか、天使職員のさらりとした説明の中でもそういうのは禁じられていなかったし、そうと決まれば明日にも解除旅に出発だ。


 ゲームじゃこの皇子の宮殿――月天宮も主人公と戦うステージの一つでガチバトルで半壊するんだが、そんな展開に直面しないためにはここにいなけりゃいい。


 ただし善は急げ。冗談抜きに主人公がいつ攻めてくるかわからないから避難は早ければ早い方が得策だ。


「グリーン、二人で旅に出るぞ。今すぐに旅支度だ!」

「え、は? ええええーーーー!?」


 この幼馴染みはスカイラーが実は帝国を揺るがす混乱の首謀者なのを知らない。

 スカイラーは最後まで自分からは明かさなかった。

 善良なグリーンが真実を知れば苦しみ葛藤するのをわかっていたからだな。


 ……こいつは彼の唯一の良心だったんだろう。


 心情までは語られていなかったが、展開的にプレイヤーたちはお察しってやつだ。

 だがしかし、俺ならスカイラーとして変に隠したりはしない。

 本当にグリーンを身分って枠を超えた大切な友人だと思っていたなら、国を滅ぼそうとするより先に悩みを打ち明け一緒に考えてもらったら良かったんだ。


 俺のこの現状だと、もう間違った道を半ば進んでしまった後だから、その間違いを正すのを手伝ってほしいと伝えてみようか。結果グリーンがどう出るにしろな。


 だからさ、グリーン・クリーン君よ。


「四の五の言わずにいいからさっさと準備を始めろ」

「えぇえぇ~っ、ですがスカイラー様公務はどうなさるおつもりですか?」

「喫緊の懸案はなかったはずだ」

「そうかもしれませんけど、本当に宮殿を空けても宜しいのですか?」

「何だ? 俺と二人旅は嫌なのか、ぁあん? 別に取って食うわけじゃない。やるべきことがあるから行くんだ。それをお前にも手伝ってもらいたいと思っている。しかし嫌ならいい。俺一人で行く」


 不機嫌にぷいっとそっぽを向けばグリーンは慌てた。主人の機嫌を損ねて解雇なんてザラだもんなこの階級社会って。


「えっいいい嫌とかじゃありませんよっ。一緒に行きますっ。ですけどだからと言って出発は明日だなんて急過ぎるって話です。各所に連絡しておかないとなりませんし色々とスケジュールの調整は大変なんですよ? 大体、私に手伝えだなんて何をしに行くんですか?」


 スカイラーの捻くれた友情は片道切符だったのか、渋々って様子のグリーンはここを離れたくないらしい。そうだったよ、彼は緻密なスケジュール管理で完璧にスカイラーをサポートしてきた人物なんだ。要するに根っからの仕事人間なんだよな。


「グリーンよ、事情は出発後に道中で説明するが、単に協力しろというだけの話ではない。俺の旅路を快適なものにすることも側近としての重要な務めだとは思わないか?」

「旅の目的にもよりますね。世界中の鏡破壊工作をするおつもりなら――」

「もう鏡から離れろ」


 俺ははあ~~と長い溜息を吐き出した。


「破壊工作といえば破壊工作だ。実はな、現在悪い魔法が幾つも国内各所に仕掛けてあって、全部が一度に発動すれば国が吹き飛ぶような大混乱を招くんだ。俺はそれらを全て無効化しに行くつもりだ」

「国が吹き飛ぶ……って、ええっそんな恐ろしいものが!?」


 うむ、と重々しく頷いてやる。

 グリーンは蒼白な顔色になって緊張を滲ませた。


「それらを破壊するとして、万が一にもスカイラー様に害が及んだりは……?」

「おそらくない」


 主人公が乱入してきてドンパチにでもならない限りはな。


「おそらく? でしたら駄目です。そんな旅なんてとんでもありません。至高のあなたの御身に傷一つでも付いたらどうするおつもりですか!」

「いや、仮に爆発したところで俺は怪我一つしないだろ。俺の防御力を忘れたか?」

「前例があったのをお忘れですか? あなたがどこからか傷を負って戻られて、あの時私がどれほど肝を潰したかおわかりですか!? どこでどう怪我をしたのかも未だに教えてくれませんし、これからだって無傷で済むのが絶対とは言い切れないじゃありませんか! スカイラー様のこの世の者ではないような芸術的な美貌やその肉体美が少しでも損なわれる可能性がある以上、私が体を張ってでも出立を阻止しますからね――ってぎゃーっ、暴力反対暴力反対ですーっっ!」


 俺は素早くグリーンの背中に回り込むと爪の先で首をと言うか喉仏の真上を少し押してやる。

 っつか今体がすっご軽かった~! さすがは武道派の主人公とタメ張れる悪役皇子スカイラーの体だよ。あぁ前世でこんな体だったらダンススクールでもすぐに頭角を表したに違いない。


「グリーンよ、この体たらくで俺をどう阻止してくれると?」

「くっ……う、うぅっ……ひっく……」


 え。


「わっ私の体で宜しければスカイラー様の好きにして下さって構いませんっ。ですからっ無謀な真似だけはどうかやめて下さいようっ!」


 ひぃーんと盛大に泣かれた。大の大人に。21歳のスカイラーつまり俺より三つも年上の24の男に。

 グリーンは爽やかでしゃきしゃきした見た目によらず文官だから基本荒事には向かないのを本人もよくよくわかってはいるみたいだな。しっかしなあー、よもや泣きながら体を差し出すとか言うって、誤解する奴は誤解するぞ。ま、俺のためだとしても心配性もここまでくると頭痛の種だ。

 スカイラー皇子は少なくともグリーンよりは何倍も鍛えている男だ。側近にすら秘密にしてはいるが戦闘経験も豊富だし、大体な、生来の恐ろしいレベルの防御力が彼にいかなる物理的傷をも負わせない。

 グリーンもそこをわかっていても心配してくれているんだよな。いい奴とは思うが、何か過保護。


「私はたとえスカイラー様がお怪我を負ったりせずとも、危険な場所になんて行ってほしくないのです。スカイラー様には鏡のない平和な場所で伸び伸びと笑っていてほしいのです。僅かでもそのお手伝いができるなら、それ以上に側近冥利に尽きるものはありませんよ」


 ぐすっと鼻を啜るグリーンは目と鼻を赤くしてふにゃりと笑った。いい笑顔だ。

 きっとスカイラーが失いたくないと心の奥底で望んだ安寧が俺の目の前にはあった。ただ鏡云々はホントにもういいからな。

 それでも俺は旅の中止も延期もするつもりはない。ならこいつを説得するしかない。


 それに、俺が一緒にいて目を光らせておけば――グリーンは死なないだろうから。


 ゲーム終盤に入り、本当に破壊闇魔法を仕掛けるのが自らの望む復讐の形なのかどうかまだ迷いのあったスカイラーがなけなしの正気を失くすのも、こいつが殺されたせいだ。


 グリーンのことは事前に適当な理由を付けて国外に出すよう命令するつもりだったスカイラーだが、その矢先に悲劇は起きたんだ。

 俺としてはグリーンの安全は担保してやりたい。直に接してみて何だか面白い奴だなって和んだのもある。

 別段ゲームキャラとしても強い思い入れがあるわけじゃないが、俺のこの美貌を利用して将来的に何か事業を始めるにしても、こんな有能な側近がいれば何かと捗りそうだろ。甲斐甲斐しい世話焼きキャラなこいつがいた方が日常生活も絶対楽だしな。


「おほんっ、なあグリーン、俺は亡国の皇子なんて何か肩書きだけが無駄に闇っぽい格好いい男になるなんて、到底耐えられない」

「私はどんなスカイラー様でも見捨てたりしません! なので安心して帝国のことは放り出して保身に走って下さい!」


 駄目だ話が通じない。最高レベルで寛容な側近に色んな意味でほろりとくる。ははっグリーンは真面目だがスカイラー至上主義だったのを失念していたよ。説得なんて土台無理だな。


「わかった。なら予告通りこっちも力尽くで連れていくから覚悟しておけ」


 当然グリーンはビービー喚いたがスルー。

 さて、真面目に出立準備に取り掛かるか。


「あぁ、顎のとこ少し擦りむいているようだから、治癒魔法薬ちゃんと飲んでおけよ」

「え? ……あっ! はいっ」


 ははっお手本みたいな返事だな。

 そうして小一時間後、俺は渋るグリーンの後ろ襟を引っ張って宮殿の裏門を出た。こっちと違って顎の傷は素直に魔法薬を飲んで治したようだ。

 変に目立たないよう揃って紳士御用達のフロックコートとそれに合わせたトップハットを身に着けたビジネスマンな出で立ちで。俺の方は黒でグリーンの方は緑……じゃなくチャコールグレイだ。邪魔になるのでステッキは持たない。

 大半の荷物は右の小指に嵌めた魔法収納指輪に全部入れた。ついでにグリーンのも。魔法収納はその形状によらずどれも城屋敷一つ買えるくらいにとても高価だから庶民出のサラリーマンなグリーンは持っていないんだ。


 ふは、人間やる気になれば予定を一日早めるのなんて余裕だな。


 裏門にしたのは正門だとどうしたって目立つからだ。その理由で馬は目立つから置いてきた。徒歩だがまあ第一目的地は徒歩圏にあるから無問題。

 本当に気が進まないのかグリーンはさっきからずっと不満そうだ。


「なあグリーン、悪かった。やはり無理強いは良くなかったな。俺一人で行くよ。くれぐれも体には気を付けて変な輩や魔物が出るような場所には近付かないように――」

「いいい行きますっ同行しますってば!」

「そうか?」

「はい。スカイラー様お一人では貞操の危機が向こうから猛ダッシュで殺到してきますからね」

「む。どういう意味だ?」

「ご自分の容姿を世間がどのように受け取るかくらいはご存知ですよね?」

「……なるほど。無駄なトラブルを避けるためにもきちんと深く帽子を被るか」

「ええ、まずはそこからです」


 ま、この美貌だもんなー。しかしいくら溜息が出るような容姿でも、俺はその手の輩の捌け口になるつもりはない。


「安心しろ。ちょっかいをかけてくる奴は後悔するだけだ。そもそも俺よりお前だよグリーン、旅の間お前のことは最優先で護ると約束する」

「感激ですっ、スカイラー様はそこまで私のことを大切に思ってくれていたのですね……っ。ですけど、私のことは後回しでいいのです。私の代わりなんて探せば他にいくらでもいますし」

「あのなグリーン、その言い方は俺にもお前自身にも失礼だからな。俺の大事な幼馴染みグリーン・クリーンはお前だけだ。臣下としても俺を理解し先回りできる者はお前くらいだろうし、お前は俺にとって代わりのきかない貴重な男だといい加減理解しろ。何年一緒に生きてきたと思っている」

「ス、スカイラー様……!」


 グリーン、感涙を滲ませ照れる。

 好感度ゲージがあればMAXだったろうな、この後はもう大人しく付いてきてくれた。

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