2.初期物質論的解釈とその破綻
2.1 18世紀末の魔力物質説
2.1.1 ラヴォワジエ派の化学的探求
魔力の科学的研究の嚆矢となったのは、1789年のアントワーヌ・ド・ラシェルによる『魔力の化学的性質に関する研究』である。ラシェルは当時最先端の化学分析手法を用いて、魔力の物質的同定を試みた。
実験設計は以下の通りであった。
1.魔力枯渇状態の術者の体重測定
2.魔力回復後の再測定による質量変化の検証
3.構文発動前後の術者周辺大気の化学分析
4.魔法陣発現領域の土壌・水質分析
結果は、すべての項目において有意な変化は検出されなかった。ラシェルは「魔力は既知の物質ではない」と結論づけたが、同時に「未発見の元素である可能性」を示唆した。
2.1.2 フロギストン説的解釈の試行
1795年、自然哲学者ジョン・プリーストリー・マーカムは、魔力をフロギストン理論の拡張として理解する試みを行った。マーカムによれば、魔力は「構文燃焼に必要な特殊フロギストン」として機能するという。
この理論の検証のため、マーカムは密閉容器内での構文発動実験を実施した。フロギストン説が正しければ、容器内の「魔力フロギストン」が消費され、再発動が困難になるはずであった。
しかし、実験結果は予想と異なった。密閉容器内でも魔力の消費・回復パターンは通常と変わらず、「魔力フロギストン」の存在は否定された。
2.2 19世紀の精密化学分析
2.2.1 ベルセリウス学派の元素探索
1820年代、化学者イェンス・ヤコブ・ベルセリウス・リンドクヴィストは、魔力を新元素として同定する野心的な研究を開始した。
リンドクヴィストの分析手法は当時としては極めて精密であった。
・分光分析による魔力固有のスペクトル線探索
・電気分解による魔力の単離試行
・原子量測定のための化学的分析
特に注目されたのは、1827年の「魔力スペクトル実験」である。構文発動時の魔法陣に分光器を向け、未知のスペクトル線の検出を試みた。この実験は3年間継続され、延べ2,847回の観測が行われた。
結果として、魔法陣からは既知元素のスペクトル線のみが検出され、魔力に固有のスペクトル線は発見されなかった。リンドクヴィストは「魔力は元素ではない」と結論づけ、化学的手法による魔力研究の限界を認めた。
2.2.2 有機化学的アプローチ
1840年代、有機化学者フリードリッヒ・ヴェーラー・シュミットは、魔力を複雑な有機化合物として理解する試みを行った。
シュミットの仮説は以下の通りであった。
「魔力は、生体内で合成される未知の有機化合物であり、神経系を通じて意識と相互作用する」
この仮説の検証のため、シュミットは術者の血液・尿・脳脊髄液の詳細な分析を実施した。特に、魔力使用前後での生体化合物の変化に注目した。
3年間の継続研究の結果、魔力使用と明確に相関する生体化合物は発見されなかった。また、人工的に合成した複雑な有機化合物を術者に投与しても、魔力への影響は観察されなかった。
2.3 物質論的解釈の理論的破綻
19世紀末までの約100年間の研究により、魔力の物質論的解釈は完全に破綻した。その根拠は以下の通りである。
◎質量保存則との不整合
・魔力使用前後で術者の質量変化なし
・魔法陣発現による周辺物質の質量変化なし
・エネルギー-質量等価性(E=mc²)に基づく質量変化も検出されず
◎化学的検出の完全な失敗
・あらゆる化学分析手法による魔力成分の同定失敗
・人工合成による魔力様物質の創造失敗
・生体内魔力貯蔵部位の特定失敗
◎物理的相互作用の欠如
・電磁場との相互作用なし
・重力場への影響なし
・熱的性質の検出失敗
これらの否定的結果の蓄積により、20世紀初頭には「魔力は物質ではない」という科学的合意が形成された。