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王子暗殺計画と偶然の功績

王宮内で渦巻く陰謀を察知したレクス。直接動けない彼は、玩具を転がしたりミルクをこぼしたりといった「赤ん坊らしい偶然」を装い、王子暗殺計画の証拠をエリアーナに発見させる。結果、不本意ながらも国を救った英雄として扱われ始める。

「王子暗殺計画」。家庭教師であるエリアーナがもたらしたその言葉は、俺の脳内でようやく構築されつつあった「平穏なスローライフ設計図」を、木っ端微塵に吹き飛ばした。

(冗談じゃないぞ…)

俺は父の膝の上で、熟睡している赤ん坊のフリをしながら、内心で悪態をついた。王宮の権力闘争など、前世でうんざりするほど見てきた。賢者として魔王を討った後も、俺の力を利用しようとする貴族や王族たちの醜い争いに、どれだけ巻き込まれたことか。今世では絶対に御免こうむりたい面倒事の筆頭だ。

エリアーナの話によれば、現在、王位継承権を持つのは二人。聡明で民衆からの人気も高い第一王子(八歳)と、第二妃の息子であり、母方の実家である有力公爵家を後ろ盾に持つ第二王子(七歳)。そして、命を狙われているというのが、第一王子の方だった。


「…犯人の目星はついているのですか?」


父が、声を潜めてエリアーナに尋ねる。ここはアルストロメリア子爵家の客間だが、壁に耳あり障子に目ありだ。


「断定はできません。ですが、第一王子殿下が失脚して最も利益を得るのは、公爵家であることは明白です。しかし、彼らはあまりに用心深く、尻尾を掴ませません。宮廷魔術師団も内偵を進めていますが、決定的な証拠が見つからないのです」


エリアーナは悔しそうに唇を噛んだ。彼女も調査チームの一員らしいが、難航しているようだ。

(だろうな。そういう輩は、何重にも人を介して、自分の手は汚さないものだ)

俺は前世の経験から、黒幕のやり方を容易に想像できた。おそらく、実行犯は公爵家とは全く繋がりのない、金で雇われた暗殺者か、あるいは洗脳された狂信者あたりだろう。


「それで、私に何ができると?」


父の問いに、エリアーナは俺の方に視線を向けた。


「レクス様です。レクス様が持つ、常人にはない『感知能力』のようなものが、何か突破口になるかもしれません。以前、レクス様は私が理論的に見過ごしていた魔法の欠陥を、偶然の遊びの中で示唆してくださいました。あのような奇跡が、もう一度起こればと…」


(こいつ…、俺を人間ダウジングか何かと勘違いしているのか?)

確かに、俺は膨大な魔力のおかげで、常人には感知できない魔力の流れや、人の感情の澱み(悪意や殺意)などを敏感に感じ取ることができる。だが、それをどうやって一歳の赤ん坊が、このエリート先生に伝えろというのだ。また木琴でも叩けと?

しかし、エリアーナの真剣な眼差しを受けているうちに、俺の考えは少しずつ変わっていった。このまま王子が暗殺されれば、王都は間違いなく内乱状態に陥る。そうなれば、このアルストロメリア子爵領とて、無関係ではいられない。戦乱の世なぞ、平穏なスローライフとは対極にある最悪の環境だ。

(…仕方ない。面倒だが、今回だけは、この監視役に協力してやるか)

俺は、未来の俺のスローライフを守るため、という極めて自己中心的な理由で、この国の危機に介入することを決意した。

数日後、俺たちは王城にいた。エリアーナが「レクス様の情操教育のため」という、もっともらしい理由をつけて、俺を王城の庭園に連れ出したのだ。もちろん、本当の目的は、俺の「特殊能力」を使って、暗殺計画の証拠や犯人の悪意を炙り出すことにある。

俺は乳母車に乗せられ、庭園を散策した。周囲には、エリアーナや護衛の騎士たちがいるが、彼らは俺がただの機嫌のいい赤ん坊にしか見えていないだろう。

俺は意識を集中し、魔力の触手を蜘蛛の巣のように城全体へと張り巡らせていく。人々の感情、魔力の流れ、隠された物品の気配。膨大な情報が、俺の脳内に流れ込んでくる。

(…なるほど。これは骨が折れそうだ)

城内には、様々な人間の欲望や嫉妬が渦巻いていた。そのほとんどは、ただの取るに足らない感情のゴミだ。だが、その中に、ひときeysewa際異質で、冷たく研ぎ澄まされた「殺意」の澱みが存在した。それは、特定の個人に向けられた、明確な害意。おそらく、これが暗殺者のものだろう。

問題は、その澱みが、まるで霧のように城内のあちこちに分散しており、発生源を特定できないことだった。犯人は、相当な手練れだ。自分の気配を消す術に長けている。

(直接探すのは難しいか。なら、発想を変えるしかない)

犯人を探すのではなく、犯人が使おうとしている「凶器」や「計画の痕跡」を探す。俺は、魔力探査の対象を、人間から「物」へと切り替えた。毒、呪具、起爆式の魔道具。そういった、暗殺に使われそうな物に特有の、不吉な魔力の痕跡を追っていく。

すると、一つの微弱な反応が、俺の探査網に引っかかった。それは、第一王子の居室からほど近い、古い装飾用の鎧が置かれた廊下から発せられていた。

(見つけた…!)

俺は、エリアーナにそれを知らせる必要があった。しかし、どうやって?「あの鎧が怪しいです」と話すわけにはいかない。

俺は、赤ん坊に許された最大級のコミュニケーション手段を行使することにした。


「だーっ!ぶうーっ!」


俺は突然、乳母車の上でぐずり始めた。そして、手に持っていたお気に入りのがらがらを、全力で、鎧が置かれている方向へと放り投げたのだ。

カラカラカラーン!

がらがらは放物線を描いて飛び、狙い通り、鎧の足元に見事に着地した。


「あらあら、レクス様。おもちゃを投げてしまって」


エリアーナが、やれやれといった顔でがらがらを拾おうと、鎧に近づく。

俺は、彼女が鎧に十分に近づいたのを見計らって、次の行動に移った。

今度は、俺の昼食用のミルクが入った哺乳瓶を、おもむろにひっくり返したのだ。

ジャーッ!

ミルクは、俺の服と乳母車を汚し、そして床へと流れ落ちていく。


「きゃっ!レクス様、何を…!」


エリアーナが慌ててハンカチを取り出す。

俺は、この二つの行動に意味を持たせるため、泣き始めた。それも、この世の終わりのような、大声で。


「うわあああああん!うえーん!!」


俺の計画はこうだ。

①がらがらを投げることで、エリアーナを鎧に注目させる。

②ミルクをこぼすことで、その場に不自然な「汚れ」を作る。

③大声で泣くことで、周囲の人間(特に護衛の騎士など)の注意をここに集め、エリアーナが「何事もなかったかのように」その場を立ち去ることを防ぐ。

エリアーナは、聡明な魔術師だ。彼女なら、俺の一連の不可解な行動が、単なる赤ん坊の気まぐれではなく、何らかの意図を持った「サイン」であることに気づくはずだ。

案の定、エリアーナは俺をあやしながらも、その鋭い視線は、がらがらが落ちている鎧の足元、その一点に集中していた。彼女は、ミルクを拭くフリをしながら、床に落ちたがらがらを拾い上げる。そして、その指先が、鎧の脚部、装飾の継ぎ目に、ほんのわずかに触れた。

その瞬間、彼女の表情が凍りついたのがわかった。

彼女は、そこに仕込まれていた、極小の「遅延発動式呪詛針」の魔力反応を感知したのだ。おそらく、第一王子がこの廊下を通る瞬間を狙って、遠隔操作で作動させる仕組みだろう。あまりに巧妙に隠されており、通常の魔力探査では絶対に見つけられない代物だった。

エリアーナは、何食わぬ顔で立ち上がると、護衛の騎士に「レクス様がお召し物を汚されたので、一度控え室に戻ります」と告げた。彼女の演技は完璧だった。

その後、どうなったか。

エリアーナはすぐに宮廷魔術師団に通報。騎士団が秘密裏に鎧を回収し、呪詛針の解析を行った。そして、その針に使われていた特殊な呪術の痕跡から、犯人として雇われていた呪術師が特定され、逮捕された。その呪術師の自白により、計画の黒幕が第二王子派の公爵であったことも、動かぬ証拠と共に白日の下に晒された。

俺はと言えば、ミルクをこぼして大泣きした、ただの赤ん坊だ。誰も、俺が国を揺るがす大事件を未然に防いだなどとは夢にも思っていない。

しかし、数日後。エリアーナだけは、俺の部屋に来るなり、深く、深く頭を下げた。


「…レクス様。ありがとうございました。あなたのおかげで、王子殿下の御命と、この国の平和は守られました。このご恩は、一生忘れません」


彼女の瞳には、もはや俺を監視するような色はなかった。そこにあるのは、人知を超えた存在に対する、純粋な畏敬の念だった。


「あうー(別に、君のためじゃない。俺の平穏な老後のためだ)」


俺はそう言いたかったが、もちろん口から出たのは意味不明な赤ん坊語だけだった。

不本意ながら、またしても国に大きな功績を立ててしまった。平穏なスローライフへの道は、また一歩、遠のいた気がする。俺は、溜息の代わりに、げっぷを一つした。

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