太陽の少女と魔王の器
エリアーナを救うため、禁を破り、後を追ってきたリリ。彼女は、師が倒されたことに激昂し、その天才的な魔法で、新たな魔王ギデオンに、戦いを挑む。規格外の才能を持つ、太陽の少女と、歪んだ憎しみに囚われた、魔王の器。二つの、異質な力が、辺境の山脈で、激突する。
嘆きの山脈に、轟音が、響き渡った。
それは、エリアーナが、倒れた場所から、少し、離れた場所で、発生した、大規模な、魔法の、衝突音だった。
薄れゆく意識の中で、エリアーナは、その音を、聞いていた。
(…リリ…)
(来ては、だめ…!…逃げなさい…!)
心の中で、叫ぶ。だが、その声は、届かない。
「…なんだ…?今の、魔法は…」
新たな魔王、ギデオンは、眉をひそめ、魔法が、放たれた方向を、睨みつけた。
彼の、魔王としての、超感覚が、そこに、自分と、同質、いや、それ以上の、規格外の、魔力の、存在を、感知していた。
やがて、土煙の、向こうから、一つの、人影が、姿を、現した。
赤毛を、風に、なびかせた、一人の、少女。
リリだった。
彼女は、高速魔導艇を、全速力で、飛ばし、エリアーナの、危機に、駆けつけたのだ。
そして、彼女は、地面に、倒れ、血を、流している、師の姿を、見つけた。
その瞬間。
リリの、全身から、凄まじい、魔力が、炎のように、立ち昇った。
「…エリアーナに…」
彼女の、普段の、天真爛漫な、表情は、どこにも、なかった。
そこにあるのは、絶対的な、零度の、怒り。
「…よくも、あたしの、エリアーナに、手を出したな…、てめえ…!!」
その瞳は、もはや、人間の、ものでは、なかった。
まるで、怒れる、太陽神。
その圧倒的な、プレッシャーに、ギデオンは、思わず、一歩、後ずさった。
「…なんだ…、貴様は…?その、魔力…、ありえない…。レクス、なのか…?いや、違う…!貴様は、一体、何者だ!?」
ギデオンは、混乱していた。
目の前の、少女が、放つ力は、かつて、自分を、屈服させた、レクスと、同質のもの。
だが、その、魂の、輝きは、静かな、月であった、レクスとは、真逆。
全てを、焼き尽くす、太陽の、輝きだった。
「あたしは、リリ!エリアーナの一番弟子だ!」
リリは、叫ぶと、両手を、前に、突き出した。
詠唱は、ない。
彼女が、ただ、イメージするだけで、世界の、理が、捻じ曲げられていく。
「…死ね!」
彼女の、背後に、数十、いや、数百もの、灼熱の、火球が、出現した。
一つ一つが、城壁を、粉砕するほどの、威力を持つ、超位魔法。
それが、雨のように、ギデオンに、降り注ぐ。
「くっ…!馬鹿な…!無詠唱で、これほどの、魔法を…!」
ギデオンもまた、魔王として、闇の障壁を、展開し、それを、防ぐ。
しかし、リリの攻撃は、止まらない。
火球の、次は、絶対零度の、氷の槍。
その次は、空間を、切り裂く、真空の刃。
次々と、繰り出される、属性の、異なる、超位魔法の、連続攻撃。
それは、もはや、人間の、領域を、完全に、逸脱した、神々の、戦いだった。
嘆きの山脈は、二人の、規格外の力の、衝突によって、その、地形を、刻一刻と、変えていく。
ギデオンは、防戦一方だった。
彼は、魔王の力を、その身に、宿している。だが、彼は、まだ、その力を、完全に、使いこなせては、いなかった。
対する、リリは、天才だった。
彼女は、生まれながらにして、魔法の、理を、全て、理解していた。
経験の差が、歴然としていた。
「はあっ!」
リリは、ついに、ギデオンの、防御障壁を、打ち破り、その身体に、強力な、一撃を、叩き込んだ。
ギデオンの身体が、大きく、吹き飛ばされ、岩壁に、叩きつけられる。
漆黒の鎧が、砕け散り、その口から、大量の、血が、溢れ出た。
「…が…は…っ…」
「…終わりだ」
リリは、冷たい、瞳で、彼を、見下ろすと、とどめを、刺すため、その手に、最大級の、魔力を、収束させていく。
しかし。
その時だった。
「…やめなさい…、リリ…」
か細い、声が、彼女を、止めた。
エリアーナだった。
彼女は、最後の、力を、振り絞り、意識を、取り戻していたのだ。
「…エリアーナ!?」
リリの、怒りの、オーラが、霧散する。彼女は、慌てて、師の元へと、駆け寄った。
「しっかりして!今、治癒魔法を…!」
「…だめ…です…」
エリアーナは、首を、横に振った。
「…あの男は…もう、ただの、人間では、ありません…。魔王、そのもの…。あなたが、もし、ここで、彼を、殺せば…、彼の、身体から、解放された、魔王の魂は、今度こそ、暴走し、世界を、飲み込むでしょう…」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
「…封印…するしか、ありません…。彼を、殺さず、その魂ごと、永劫の、眠りに、つかせるのです…」
エリアーナは、そう言うと、一枚の、羊皮紙を、リリに、託した。
そこには、極めて、複雑な、「魂縛の封印術」の、魔法陣が、記されていた。
それは、彼女が、レクスが、消えた後、万が一のためにと、密かに、研究し、完成させていた、最後の、切り札だった。
「…リリ…。あなたなら、できます…。私には、もう、力が、残っていません…。…あなたに、全てを、託します…」
「…エリアーナ…」
リリは、師の、想いを、受け取り、強く、頷いた。
彼女は、再び、立ち上がった、ギデオンの、前に、立つ。
その瞳には、もはや、怒りは、ない。
ただ、悲しいほどに、澄み切った、覚悟が、宿っていた。
「…お前の、歪んだ、復讐劇は、ここで、終わりだ」
「ほざけ!小娘が!」
二人の、最後の戦いが、始まろうとしていた。
一人は、師の、想いを、背負い、世界を、守るため。
一人は、自らの、欲望の、ために、世界を、壊すため。
太陽の、少女と、魔王の、器。
その、運命は、今、まさに、交差しようとしていた。