似て非なる魂と賢者の面影
エリアーナは、リリの持つ才能が、レクスと酷似していることに驚愕する。彼女はレクスの生まれ変わりなのか?エリアーナは、リリを特例として自らの弟子にとり、その正体を探ろうとする。共に過ごす中で、エリアーナはリリの天真爛漫な性格と、レクスとは異なる魂の輝きに、次第に惹かれていく。
孤児院の裏庭で、エリアーナは、その赤毛の少女、リリの魔法を目の当たりにして、言葉を失っていた。彼女がやっていたのは、子供の遊びだった。地面に落ちている石ころを、魔法で浮かせて、空中で複雑な軌道を描かせる。ただ、それだけだ。
しかし、その制御は、もはや子供のそれではなかった。複数の石を、それぞれ全く別の法則性で、同時に、寸分の狂いもなく動かしている。それは、宮廷魔術師団の、それも、熟練の魔術師でなければ、不可能な、超高等な多重魔法制御だった。
(…ありえない…)
エリアーナの脳裏に、鮮やかに、あの日の記憶が蘇る。
三歳のレクスが、ベビーベッドの上で、おもちゃの積み木や絵本を、全く同じように、遠隔操作して、刺客を撃退した、あの光景。
リリの魔法の操り方は、あまりに、彼と、酷似していた。
「…あなた、名前は?」
エリアーナは、自らの声が、わずかに震えていることに、気づいた。
「…リリ。ただの、リリだよ」
少女は、警戒するように、エリアーナを見つめ返した。その、臆することのない、真っ直ぐな瞳。その瞳の奥に宿る、底知れない知性の光もまた、彼を、彷彿とさせた。
まさか。そんなはずはない。
彼は、消えたのだ。肉体が、その絶大な力に耐えきれず、光となって、霧散した。自分は、この目で、それを見たのだ。
だが、もし、魂だけが残り、別の、新しい身体に、宿ったとしたら?
「転生」。それは、古代魔法の文献にのみ記された、禁断の秘術。
(もし、あなたが、本当に、先生だというのなら…)
エリアーナの心に、激しい、動揺と、そして、熱い、何かが、込み上げてきた。
彼女は、その場で、決断した。
「リリ。あなた、私の、弟子になりなさい」
周囲が、止めるのも、聞かず、エリアーナは、リリを、特例中の特例として、自らの直弟子として、王城に、引き取ることを決定した。宮廷魔術師長の、直々の弟子。それは、孤児の少女にとって、まさに、シンデレラストーリーだった。
しかし、リリ自身は、そのことに、全く、喜んでいなかった。
「なんで、あたしが。面倒くさいのは、ごめんだよ」
彼女は、ふてくされたように、そう、言い放った。その、どこか、全てを、面倒くさがるような、投げやりな態度もまた、エリアーナの記憶の中の、誰かさんと、重なって見えた。
こうして、宮廷魔術師長エリアーナと、謎の天才少女リリの、奇妙な、師弟関係が、始まった。
エリアーナは、リリに、最高の教育環境を、与えた。王城の禁書庫を、自由に出入りさせ、宮廷魔術師団の、最高機密である、研究資料も、全て、閲覧させた。
彼女は、リリの、一挙手一投足を、観察した。彼女の、魔法の癖、思考のパターン、そして、知識の、源泉。その全てから、彼、レクス・フォン・アルストロメリアの、痕跡を、見つけ出そうとした。
リリは、期待を、遥かに、上回る、才能を、見せつけた。
どんなに、難解な、魔法理論も、彼女は、一度、読んだだけで、完璧に、理解した。そして、「ここの部分は、非効率だね。もっと、こうすれば、いいのに」と、あっさりと、既存の理論の、欠陥を、指摘し、より、洗練された、代替案を、提示してみせるのだ。
そのやり方は、まさしく、かつての、レクスとの、知的ゲーム、そのものだった。
エリアーナの、確信は、日に日に、強まっていった。
この子は、やはり、先生の、生まれ変わりなのだ、と。
しかし。
共に、過ごす時間が、長くなるにつれて、エリアーナは、ある、違和感を、感じ始めていた。
リリは、確かに、レクスと、よく似ている。だが、決定的に、違う部分も、あったのだ。
レクスは、常に、冷静で、達観していた。その行動は、全て、計算され尽くされており、感情を、表に出すことは、ほとんどなかった。彼は、まるで、永い時を生きる、賢者のように、全てを、見通していた。
だが、リリは、違った。
彼女は、天真爛漫で、感情豊かだった。
エリアーナが、新しい魔法具を、与えれば、子供のように、目を輝かせて、喜び、実験に失敗すれば、本気で、悔しがって、地面を、蹴った。
そして、彼女は、驚くほど、寂しがり屋だった。エリアーナが、政務で、忙しくしていると、いつも、執務室の隅で、膝を抱え、黙って、彼女の仕事が、終わるのを、待っていた。
ある夜のこと。
エリアーナが、膨大な書類仕事に、追われていると、リリが、おずおずと、彼女の元へ、やってきた。
「…ねえ、エリアーナ」
「何ですか、リリ。今、忙しいのですが」
「…あのさ…。その…、別に、いいんだけどさ…。ちょっとだけ、頭、撫でてくれないかな…?」
リリは、顔を、真っ赤にしながら、そう、言った。
エリアーナは、驚いて、顔を上げた。
あの、レクスが、こんなことを、言うだろうか?いや、絶対に、ありえない。彼は、他人に、甘えることなど、決して、なかった。
エリアーナは、ペンを置くと、リリの、赤毛を、優しく、撫でてやった。
リリは、まるで、子猫のように、気持ちよさそうに、目を細めた。
その、無防備な、表情。
そこに、賢者の、面影は、どこにも、なかった。
ただ、一人の、愛情に、飢えた、十歳の、少女が、いるだけだった。
(…違う…)
エリアーナは、その時、はっきりと、悟った。
(この子は、先生では、ない)
彼女は、似て非なる、魂。
同じように、規格外の、才能と、知識を、持って、生まれてきた。だが、その魂の、輝きは、レクスとは、全く、違う。
レクスの魂が、静かで、全てを、照らし出す、「月」の光だとすれば、リリの魂は、奔放で、周囲を、巻き込む、「太陽」の光のようだった。
その事実に、気づいた時、エリアーナは、不思議なことに、失望よりも、むしろ、安堵に近い、感情を、抱いている、自分自身に、気づいて、驚いた。
彼女は、リリの中に、レクスの、代わりを、求めていたのでは、なかったのだ。
彼女は、リリ、という、一人の、少女、そのものに、いつの間にか、強く、惹きつけられていたのだ。
「…リリ」
「んー?」
「あなたは、私の、大切な、弟子ですよ」
エリアーナは、自分でも、驚くほど、優しい声で、そう、言った。
リリは、一瞬、驚いたように、目を見開いたが、やがて、へへっ、と、照れくさそうに、笑った。
その笑顔は、エリアーナの、十年間、凍りついていた、心の、何かを、ゆっくりと、溶かしていくようだった。
レクスの、帰りを、待つだけだった、彼女の、止まっていた時間が、今、再び、動き出そうとしていた。
この、太陽のように、眩しい、少女と、共に。