賢者の産声と砕け散る平穏
平穏な人生を願い、辺境貴族の赤子レクスに転生した大賢者。しかし、生まれ持った魔力は規格外だった!力を隠そうとするも、念話で母を驚かせ、魔力測定では水晶玉を粉砕。彼の静かな生活への願いは、生後数日で砕け散る。
気がつくと、俺は赤ん坊になっていた。
(…マジか)
視界はぼんやりとし、手足は自分の意思通りに動かない。聞こえてくるのは、知らない男女の優しい声。状況を理解するのに、そう時間はかからなかった。どうやら俺は、死んで、別の人間として生まれ変わったらしい。
前世の俺は、人々から「大賢者」と呼ばれていた。来る日も来る日も魔法の研究と鍛錬に明け暮れ、ついには魔王を単独で討伐するに至った。英雄と讃えられはしたが、その人生は戦いと孤独の連続だった。だから、もし次があるのなら、と願ったのだ。名誉も力もいらない、ただ静かで平穏な人生を送りたい、と。
「まあ、赤ん坊からのスタートなら、しばらくはのんびりできるか」
俺がそんな風に高を括っていたのは、ほんの数日のことだった。
生後一週間。俺は、この世界の基本的な情報収集を終えた。俺の名前はレクス・フォン・アルストロメリア。父は辺境を治める子爵で、母はその夫人。つまり、貴族の長男として生まれたわけだ。そして何より驚いたのは、この世界にも「魔力」が存在することだった。
(…ん?なんだこの感覚は…)
体内に、前世とは比べ物にならないほど膨大で、純粋な魔力が渦巻いているのを感じる。前世で生涯をかけて到達した境地を、この赤ん坊の身体は生まれながらに凌駕していた。
「あうー(おいおい、嘘だろ…)」
平穏な人生計画に、暗雲が立ち込めてきた。この力を隠し通さなければ、またぞろ面倒なことに巻き込まれるのは目に見えている。
その日の夜。お腹が空いた俺は、いつものように泣いて母を呼ぼうとした。しかし、ただ泣くだけというのも芸がない。前世の知識が疼く。
(そうだ、念話くらいならバレないだろう)
俺は意識を集中し、隣の部屋で休んでいるであろう母に向かって、赤ん坊らしい要求を念で送った。
『ママー、お腹すいたー、ミルクちょーだい』
すると、数秒後に部屋の扉が勢いよく開き、血相を変えた母が飛び込んできた。
「レ、レクス!?今、私の頭に直接…!?」
しまった。この世界の魔法レベルは、俺が思っているより低いのかもしれない。念話は、使い手を選りすぐる高等魔法だった可能性が高い。
「あう、あうー!(いや、気のせいですよー!)」
俺は必死にごまかすように手足をばたつかせた。幸い、母は「疲れているのかもしれない…」と自分を納得させてくれたが、冷や汗が止まらなかった。
それから数ヶ月後、俺がハイハイを始めた頃。父が俺を抱き上げて、書斎に連れて行った。
「レクス、今日は初めての魔力測定だ。緊張しなくていいからな」
父の腕の中で、俺は内心舌打ちした。来たか、魔力測定。ここで下手に高い数値を出せば、即王都送りだ。なんとか低い数値に見せかけなければ。
測定は、水晶玉に手を触れて魔力を注ぎ込むだけのシンプルなもの。数値が10を超えれば魔法学園への入学資格が得られ、100を超えれば宮廷魔術師団への道が開けるという。ちなみに父は35だそうだ。
(よし、コントロールして…5くらいでいいだろう。凡人、凡人っと)
俺は細心の注意を払って、体内の魔力のうち、それこそ塵芥のような一粒を水晶玉に流し込んだ。完璧なコントロールだ。
しかし、次の瞬間。
パリーンッ!!!
水晶玉はまばゆい光を放ったかと思うと、甲高い音を立てて粉々に砕け散った。静まり返る書斎。呆然とする父。
「…あう(やっちまった…)」
測定不能。規格外。俺の二度目の人生は、どうやら望んだ平穏とは程遠い、波乱万丈なものになりそうだ。父が震える声で呟いた。
「…すぐに、王都へ連絡を」
ああ、クソ。俺の静かなスローライフは、一体どこへ行ってしまったんだ。