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第五章:「中原朋子 ― 静かな湖に波が立つとき」
朋子にとって、人と関わることは長い間“義務”でしかなかった。
家族、近所づきあい、夫の介護――いつも誰かのために生きてきた。
夫が亡くなってからの十数年、ようやく一人になれたはずなのに、何かが足りなかった。
和子と出会ったのは偶然だった。
病院の待合室。あの日、声をかけたのはたまたまだった。
けれど彼女の返事はやさしくて、心の奥にすっと入ってきた。
それ以来、彼女のことが頭から離れなかった。
今日のお茶会。会場に入ると、そこに和子がいた。
朋子は思わず笑って、手を振ってしまった。
そのときの自分が、ちょっとだけ“少女”みたいに思えて、あとでひとり笑ってしまった。
朗読会の途中、目を閉じて物語に耳を澄ませながら、ふと昔のことを思い出す。
――千代さん。
朗読が終わった直後、その人が現れた。
車椅子に乗せられた、白髪の朗らかな女性。
まさか彼女に、こんなふうにまた会えるなんて。
「久しぶりね、朋子さん。」
その声は、何十年も前と変わらなかった。
心の底で眠っていた記憶が、音を立ててほどけていくのを、朋子は感じていた。