第四章:「竹中美羽 ― 誰かのためじゃなく、自分のために」
63歳になってからというもの、美羽はようやく“自由に生きる”ことを本気で考えるようになった。
若い頃は言葉にするのも怖かった。
誰かを好きになるたびに、それが「普通じゃない」と言われるのが怖くて、心に蓋をしてきた。
でも、歳を重ねて気づいた。
生き方に“正解”なんてない。
それを教えてくれたのは、同じように心を抱えていた多くの仲間たちだった。
今日はその延長で、地域の福祉センターにやってきた。
高齢のLGBTQ支援の一環として、見学を兼ねたヒアリングを頼まれたのだ。
最初は「お茶会」なんて退屈そうだと思っていたけれど――入ってみると、空気はとてもやわらかかった。
朗読していた女性の声が、妙に胸に響いた。
仕事で鍛えられた発声だ。だけどその中に、たしかな“孤独”が混じっていた。
ああ、この人もきっと何か抱えてる――そう思った。
ふと、視線を感じて振り返ると、年配の女性がこちらを見ていた。
髪に白が混じっているけれど、眼差しには深い知性がある。
「…あれ?あの人、どこかで――」
思い出せそうで思い出せない。
けれど、何かが繋がる予感だけが、胸の奥で静かに鳴っていた。