第二章:「石井梨花 ― 声に出す言葉、出せない想い」
人前で話すことには慣れている。
会議、プレゼン、講演会。仕事ではいくつものステージに立ってきた。
だが今日の朗読ボランティアは、いつもと違う緊張があった。
「銀河鉄道の夜」を読みながら、梨花の目線は自然とある女性に引き寄せられていた。
髪をきちんとまとめ、猫背気味に座るその人。
年齢は自分より上だが、どこか繊細で、言葉をひとつひとつ味わうように聞いている姿が印象的だった。
――あの人、佐伯さん…って名前だったかしら。
先日、職員から参加者の一覧を見せてもらったとき、名前が目に留まったのを思い出す。
彼女の隣に座る落ち着いた女性もまた、品があり、どこか詩のような空気をまとっていた。
朗読が終わった後、数人から感想をもらったが、彼女たちのところへは行けなかった。
なぜだろう。
近づきたいのに、怖い。
自分の“どこか”を見透かされてしまいそうで。
職場では完璧なキャリアウーマンとして通っている。
けれど本当の私は、夜の帰り道でふと、誰かに名前を呼ばれたいと思う。
その誰かが、女性であってもいいと――気づいたのは、もう何年も前のことだった。
「また、来よう。次は…少し、話してみよう。」
梨花は心の中で小さく誓い、カップに残った温かい紅茶を一口飲んだ。