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「どうして私が……?」
鏡に映る自分を見つめて、エルシャールは怯えた声で一人呟いた。
左手で頬をなぞり、右手でその美しく輝く瞳に指先を添えると鏡の中のエルシャールも左右反転した姿で同じポーズをとり、驚愕した表情を浮かべていた。
「お姉様……?」
自分の姿に夢中になるエルシャールの背後から声が掛かる。
突然の事でわかりやすく動揺を見せると、声の主はわかりやすくエルシャールを馬鹿にした表情を見せた。
「いつまで自分に見惚れているんです?」
朝、目が覚めてから這うようにして鏡の前に移動したエルシャールが見上げた先。
朝日で直接は確認できない分、鏡に映る彼女の微笑みはより一層恐ろしい物に見えた。
(……夢?それにしてもこの妹、最近読んだ話に出てきたサンドラにそっくりだわ)
つい昨日まで読んでいた転生物の話を思い出しつつ自分の状況を照らし合わせていたエルシャールは、自分を見下ろす冷たい表情を見つめながら冷静に答えを導き出していた。
(たぶん私は、何故か理由はわからないものの、目を覚ませば家族からひどい目にあう主人公……に転生してる?)
「まだ寝ぼけているの?……私を無視するなんて随分偉くなったわね」
そう言ってエルシャールの部屋にノックもなく表れた義妹のサンドラは、座り込んだまま動けないエルシャールの髪を無尽蔵につかみ上げた。
「……くぅ ……さ、サンドラ」
ぐっと力の限り持ち上げられて、エルシャールは苦し気に喘いだ。
名前が変わらず咄嗟に思い浮かんだ名前を呼べば、サンドラはニコリと鏡に微笑んだ後、一切の表情を失くした。
「敬称が抜けていますよ、お姉さま♡」
「きゃぁ……!」
サンドラに頭を掴まれたまま無理矢理立たされ、悲鳴をあげたエルシャール。
鏡には無表情ながら青い顔をしたエルシャールが頭一つ小さいはずのサンドラにいいようにされていた。
普段は虫にすら怯える可憐な少女をとっていたサンドラの姿からは想像もつかない突然の暴力。
エルシャールは痛みを訴える髪を離してもらおうと、頭を小さく振った。
「あら?私に抵抗する気なの?」
条件反射ともいうべき反応すら気に食わないとサンドラはエルシャールの髪を掴んでいる腕を勢いよく振り上げると、エルシャールの豊かな金髪はサンドラの小さな手のひらにまとわりつくように抜けていった。
痛みであふれ出そうになる声を我慢して、引きむしられた髪の行方を追っていると、今度は右腕に激痛が走った。
「っ……やめて!!」
暴力が続き、放心状態だったエルシャールは傷だらけの右腕を力の限り握りしめられ、腕を庇うようにして叫んだ。
「はっ!抵抗する気なの?」
サンドラから身体を丸めて距離を取ろうとするエルシャール。
そんな彼女の無防備な背中にサンドラはヒールを突きつけて気に食わないと言葉の暴力を続ける。
「ねえ、お姉さま、痛い?痛いわよね?でもね、私はもっと痛いの!」
「やめて!!……痛いっ!!……どうして!」
振り下ろされるピンヒールの踵から身体を守りながらエルシャールはサンドラに尋ねた。
「どうして……??」
それまでいくら懇願しても止まらなかった攻撃が突然止まり、動こうとしないサンドラをエルシャールは丸めた身体の隙間から覗く。
「……どうして?そんなの決まってるわ……ソレイユ様がアンタと婚約すると言い出したからよ!!」