第八十三話「ティータイム」
「うーん……まぁまぁかしら」
「そ、粗末なものをお出しして申し訳ございませんでした」
ユリリアの最高戦力、大輪七騎士の第一席。
黒鴉姫はカップの紅茶を一口飲んでそう評価した。
ただの気まぐれか何か意図があるのか、どちらにせよ人の都合を無視して淹れさせたくせにその評価は、さすがのあたしも笑顔の中に苛立ちが出てしまう。
屋敷の外にある庭。
子供がかくれんぼや鬼ごっこをするには十分すぎる広さのその庭は、庭師によって手入れされ、茂みに咲く花々は目に優しい緑に色を添えている。
昼過ぎの活動的な太陽が光を注いで庭に活力を分け与えて、小鳥や蝶が居心地の良さに自由に動き回っている。
刈ったばかりの芝生や甘い花の香りは苦手な人もいるだろうけどあたしは結構好きだ。
そんな庭の真ん中にあるテラスは、白いテーブルや椅子、日差しを遮る屋根で緑の中に映える休憩スペースを作り出していた。
客人をもてなすのにも十分使えるその場所で楽しむ紅茶と茶菓子はさぞ美味しいだろうけど、今のあたしはそんなことどうでも良い。
ウルカさんは辛口の評価をしながらもあたしの淹れた紅茶を飲みながらお菓子を口に運んでいる。
ミルフィさんはそんな主を傍で無表情、無感情に見守っていた。
「あの……なんであたしが指名されたんでしょうか?」
こういう場合、勝手に発言するのは無礼かもしれないけど聞かずにはいられない。
この人はあたしが応化特性者だって知ってる。
もしかしたらこういう時間も何かあるのだとしたら。
あたしの質問にウルカさんはカップを左手に持つ皿の上に静かに置いた。
「妹は学園ではどんな感じかしら?」
アリシアのことについて尋ねられてあたしは一瞬返事に困った。
だけど妹の学園生活について気にかける辺り、やはりこの人もちゃんと姉なんだろう。
ならあたしは、アリシアについて嘘偽りなくその凄さを力説して安心させてあげよう。
「妹さんは凄いですよ。生徒会に所属して生徒の規範になってるし、学園では煌輝姫って言われてみんなから尊敬されてますし、光を練り込んだような髪も綺麗だし、整った顔立ちは人形のようだし、神様がこだわりにこだわり抜いたような造形のプロポーションだし、あたしなんかじゃ比べものにならないくらい頭もいいし、戦闘技術もそうだけどそれに負けないくらい心も強くて、どんな悪い状況も切り抜けるような安心感があって、あたしは何度も助けてもらって――――とにかくとても頼りになって凄い人ですよ」
あたしの捲し立てるような力説にウルカさんは冷静さの中に少し戸惑いを見せた。
もう少し時間をくれたらちゃんとしたプレゼンをするんだけど、まあいきなりにしては良い感じに伝えられたんじゃないかな。
ウルカさんは一度、紅茶で喉を潤して、
「貴女が妹ガチ勢なのは理解したわ」
え、いや、ちがうくて。
と思ったけど、アリシアの素晴らしさが伝わったのなら一旦それでいいや。
だけどウルカさんは納得いかない様子であたしを見た。
「アリシアが学園でどういう振る舞いをしているのかは理解したわ。さぞ完璧なのでしょうね。ワタシに似て」
あたしはウルカさんがどういう人なのかは知らないけど、肩書や雰囲気からアリシアみたいに凄い人なんだろう。
あたしは自分の発言に説得力を持たせるため、自信で威勢良く返した。
「はい! 将来は大輪七騎士になること間違いなしです」
ちょっと出過ぎた発言かもしれないけど、すでに大輪七騎士の第一席なら、同じ大輪七騎士に妹がなったら鼻は高くなれど嫉妬はないはず。
だけどウルカさんはそれを真っ向から否定する。
「それは無理よ。アリシアは……あの子は大輪七騎士になれないわ」
多分この人はあたしよりもいろんなものを見て、人を見る目や将来を予測する感覚には長けているんだと思う。
そんな人が言うのだから、それはあたしが想像するよりも確かで、中身のある予測なんだろう。
でも、ここまでハッキリ言われると納得いかない自分がいた。
「そ、そんな……分からないじゃないですか」
「いいえ分かるわ。だってあの子にこれ以上の成長は見込めないもの」
「成長が見込めない……」
確かにアリシアはすべてのパラメーターがカンストしてそうな感じだけど、それでもまだまだ底が見えない可能性を感じるからこそいろんな人が惹かれるわけで。
「で、でもアリシアはこの長期休校でもっと強くなってた。成長が見込めないなんてことは――」
「そんなもの些細な上振れよ。ワタシが言っているのはそんな次元の話じゃないわ。知っているかしら? 大輪七騎士になるための条件」
「条件?」
大輪七騎士はユリリアの国家公認の最高戦力。
第七席まであるその席はただ強ければいいというものじゃないんだろうけど……。
「一つ、その命は国家に捧げること。二つ、その魔法は国家を守る為の抑止力であること。三つ――――いいや、これは教えない方がよさそうね」
「ええっ!? ここまで来てそんなもったいぶる!? 続きは有料会員限定公開ってことですか!?」
「貴女、ワタシに対して随分強気なツッコミね」
おっと、身構えてた反動がツッコミに出てしまった。
我に返ったあたしは血の気が引く思いだったけど、ウルカさんは意外にも楽しそうにあたしを見ていた。
「三つ目はね、本人が気が付かないといけないことなの。でなければ純粋なものではないから。当然、あの子に協力的な貴女にも教えられないわ」
「…………一つ、聞いてもいいですか?」
あたしはアリシアとウルカさんの関係について何も知らないし、家庭の事情に踏み込むのは良くないことだと思うけど、引っかかるこの感覚があたしの自制心を押さえつけて聞いてしまう。
だけどウルカさんは意外にも質問を許してくれて、
「構わないわ。アリシアが小さい頃に描いていた絵日記の保管場所かしら?」
「それはそれで気になるけども! そうじゃなくて、ウルカさんはアリシアのことどう思ってるんですか?」
アリシアがウルカさんを見る目はとても親密だとは思えず、怯えているような感じだった。
だからどんな人なんだろうと思ったけど、意外にもアリシアのことをしっかり見ているようだった。
その内容はともかく、まだ許容できる姉像だ。
だからこそ分からない。
アリシアのウルカさんを見るあの目。
嫉妬しているわけでもなければ尊敬しているわけでもない。
でも興味が無いわけでもなさそうで、嫌っているわけでもなさそうなあの目が、あの表情があたしには気になって仕方がない。
「どう思っているか……可愛い妹だと思っているわよ。どうしてそんなことを聞くの?」
「……アリシアがウルカさんを見る目がちょっと気になって」
「ハッキリ言うのね。別にたいしたことじゃないわ。そうね……あの子がああなってしまった理由は知っているし、ワタシがこの場で言ってもいいのだけど……」
ウルカさんは数秒、少し考えてから、
「アリシア本人に聞くといいわ」
気になった疑問の答えを知っている人が目の前にいるのに答えを得られないこのもどかしさがあたしを苛立たせて、
「そのもったいぶるのやめてくれません!? 真相を語るのにわざわざ全員集めて推理ショー始める探偵ですか!?」
「違うわよ。あの子にとってこれは必要なことなのよ。さて、お話しできて楽しかったわ。紅茶ありがと」
追及が止まらないあたしをウルカさんは切り上げるようにカップを置いた。
いつの間にか茶菓子は無くなり、あたしの淹れた紅茶は飲み干されてカップの底が見えている。
ウルカさんが席を立とうとする意思を察して、もはや空気に徹して存在を忘れていたミルフィさんがウルカさんの椅子を引いた。
聞きたいことは山ほどあるし、大輪七騎士の第一席と話が出来る機会なんて今後ないかもしれない。
でも席を立って屋敷に戻ろうとするウルカさんの足を止めてまで話を聞くことがあたしには出来なかった。
あたしは話を聞きたいという感情と、どうにもできないもどかしさにただただ離れていくウルカさんを見送るしかできない。
それはまさに部屋に戻ると言ったアリシアの時と同じ無力感をあたしに突きつける。
「そうだ。一応言っておくわね」
ウルカさんは足を止めて振り返る。
陽光で緑の映える芝生に咲く色とりどりの花々。
その中で異質に目立つ黒薔薇のような存在感のウルカさんは見返り美人の魅惑を目に焼き付けさせる。
不敵に笑ってあたしをまっすぐ見据えるその目は、最初の恐怖感は少しマシになるものの、まだ緊張感が拭えないものだった。
いったい何を言われるのかと身構えていたけれど――――、
「ワタシ、今のアリシアには期待していないけれど、貴女には期待しているわ」
まさかの内容にあたしは身体の力が抜けてしまう。
自分勝手にあたしを連れて行って、自分勝手にあたしを置いて戻って行くウルカさん。
「サラ様……」
さっきまで一言も話さなかったミルフィさんが、茫然としているあたしに後ろから声をかける。
あたしはその静かな声にテラスを見る。
何を考えているのか分からない目があたしを見つめて何かを言おうとしている。
ミルフィさんは多分ウルカさんの側仕え。
身勝手な振る舞いに主の代わりに謝ろうとしているのか、主を庇おうとしているのか、とにかくあまりウルカさんに良い印象を抱けていないあたしにフォローを入れようと――――するわけでもなく、
「今回のお菓子にはアッサムよりダージリンの方がよろしいかと。あと水はもう少し空気を含ませると茶葉が対流運動をして美味しくなりますよ。では失礼します」
「ぇ……ぁ、はい……」
予想外のダメ出しに固まるあたしをミルフィさんは軽く頭を下げて屋敷に戻って行くウルカさんの後を追うように歩いていった。
散々振り回された挙句置いてけぼりを食らっているあたしは二人が立ち去って、周りに人がいないことを確認したのち、
「あーなんなんだもう!!」
怒りや苛立ちや疑問や不安。
この数分で出てきたいろんな感情をただひたすら地団駄を踏んで大きい声で発散させた―――。




