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第八十話「特別訓練後、ホワイトリリーにて」

 長期休校で閑散としていたホワイトリリー。

 夜ともなれば人の気配は一切ない。


 だがしかし、そんなホワイトリリーの屋上。

 夜空は静かに輝き、風は温く吹き抜ける。

 

 そこには二つの人影。

 一つは手すりに体重を預けて手にコーヒーカップを持っている。

 もう一つは屋上の構造物で出来た月光の影に隠れている。


「全滅ですかぁ~残念ですねぇ~」


 胡桃のような明るい茶色の柔らかいボブ。

 眠たくなるような遅い口調をしているが、手に持っているコップには湯気を上げるコーヒーが黒く反射している。

 もう一人は闇に紛れ、動く影と声のみが響き渡る。


「死体の方はアステルの騎士に引き取られ今は保管されています」


「死体の方は~回収できそうですか~?」


「問題ありません。ですが今回の一件で話が大事になるとなれば、応化特性者の身柄は政府の管理下に置かれる可能性も……」


「それは大丈夫ですよ~アレクシア先生がいる限り~応化特性ちゃんはこの学園にいますから~」

 

「では次に仕掛けるとすれば“双花祭”」


「そうですね~。でも簡単にはいかないですよね~」


「おそらく今回の“双花祭”、黒鴉姫(レイヴンリリー)が動くとなれば大輪七騎士(セブンスリリー)も介入してくるでしょう」


「アレクシア先生だけじゃなく~黒鴉姫(レイヴンリリー)も相手なんて~疲れちゃいますね~」


 そう弱音を吐いている割にはコーヒーを飲むその顔は余裕に満ちて微笑む。

 

「とりあえずは~様子見といきましょうか~」


「御意。魔法複合計画のサンプルの方はいかがしますか?」


「イリスちゃんですか~? まーそちらは放っておいていいですよ~。どうせ~サラちゃん同様アレクシア先生が~根回ししてるでしょうし~」


「方針は変わらずでよろしいでしょうか?」


「そうですね~少し変更しましょうか~。今までは様子見と~状況次第で身柄確保でしたけど~…………始末することも考慮しましょうか」


 気が抜けるような口調だが、その語気には首筋にナイフを突きつけられたような緊張と威圧感が感じられ、陰に潜む女は口ごもる。


「…………よろしいのですね?」


「今回のことで実感しました~。応化特性は可能性であり~猛毒だと~。あ、でも~まだ行動しちゃだめですよ~。サラちゃんの周りには~おそらく厄介な護衛がついてますから~」


「御意」


 そうして、影の一つは物音立てずに消えて行った。

 残された胡桃色の女性はコーヒーを飲み干して、


「後期、楽しみですね~」


 不敵な笑みを浮かべるのだった――――。




 □◆□◆□◆□◆□◆□




 リゾート地アステルでの訓練を終え、各々が学園が始まるまでの一週間を好きに過ごす。

 ただ一人、一足先に学園の敷居を跨ぐ。


「まだ学園は始まってないぞ?」


 もうすぐ後期が始まるホワイトリリーの職員室。

 いろいろと忙しくなる後期に向けて、準備をしていたホワイトリリーシングル、ダブルペタルブレイドの担当教師——アレクシアは職員室の扉をノックした生徒を不機嫌そうに睨む。


 着ているのはホワイトリリーの白い制服ではなく、訓練の時に着用する訓練着。

 背中まで伸びた赤い髪をサイドテールにまとめ、鋭い目つきと力強い眼光をした青い瞳はまっすぐにアレクシアを見据える。

 その目は、その顔つきは、決して暇だから遊びに来たというわけではないことをアレクシアは理解し、その生徒に時間を許す。


「ちょうど書類整理も終わったところだ。で、何の用だ。クレア」


「先生、自分の種器を他人が使うことは可能なんですか?」


「……なんの話だ?」


 クレアはノクティス達との闘いをアレクシアに話す。

 ノクティスの種器をシースであるリーリスが使っていた。

 本来種器はその所有者であるブレイドしか使えない――はず。


 しかし確かに、ノクティスの種器をリーリスが使っていた。

 そこには授業で習わないような何かがあり、より強くなるには必要なことだとクレアは感じた。

 今回の訓練で成長を実感し、強くなったという自覚はある。


 だがまだ足りない。

 クレアの直感が言っている。

 応化特性者を守るには、さらにもっと強くなる必要がある。

 そのためには、魔法についてより詳しくならなくてはならない。


 そんなクレアの意思を聞いて、アレクシアは少し悩み、切り出した。


「まあクレアならば話してもいいか。だが今から教える技術は下手に教えるなよ。これは本来正式に騎士になった者に実践技術として教えられるものだからな」


「……分かりました」


「良し、場所を変えようか」


 信頼に値する実績を持つクレアの返事にアレクシアは腰を上げる。

 適当に空いている教室に入り、授業を聞くようにクレアは座る。

 そして教壇に立ったアレクシアはたった一人に向けての特別授業を始める。


「いいか、シースの特性とは違いブレイドの魔法はある程度、自由度を変えることが出来る。騎士の間では“魔法の解釈を変える”と言っているな」


「魔法の解釈を変える……」


「話を聞くに、ノクティスの種器は眼鏡型で、見た影と肉体をリンクさせるのだろう? だがノクティスは目が見えない。仮にリーリスが授吻した相手に視覚を共有できるのならば、リーリス越しに見たノクティスの視界として種器が機能し魔法を発動させる。つまりはノクティスが自分の眼で見なくても、誰かの視界を使って魔法を発動させている。これが魔法の解釈を変えるということだ」


「……何となくは分かったけど、どうしてそれが機密事項みたいに? 話だけ聞くと自分の好きなように魔法をいじれるのは良いことじゃ?」


「この技術の厄介なところは二つ。一つは一度解釈を変えると元には戻しづらいということ。二つ目は本人にその気が無くても意識して解釈が変わってしまい、本来のパフォーマンスを発揮できなくなるということだ」


 アレクシアの説明にクレアはまだ納得できずにいた。

 腑に落ちていない顔を見てアレクシアは続ける。


「魔法の解釈が変われば、魔法の在り方や使い方も変わり、場合によっては消費する魔力量も変わる。魔法の解釈を変えられるというのを知った奴はその事実を選択肢として頭に置き、どこかで脳裏に過ぎる。この魔法がこうなれば、こうありたいと。だがそれはその瞬間、無意識によぎったものでも出来るという事実が勝手に魔法の解釈を変え、理想の魔法と現実の魔法のギャップについていけず、後悔し、挫折する」


 選択肢が多いということは決して良いことばかりではない。

 それは迷いの元であり、物事を中途半端に留める原因となる。

 一度解釈を変えてしまえば、そういうことが出来るという事実が刻まれ、記憶が消えない限りもう元の魔法の在り方には戻せない。

 

 まだ精神が未熟で、決断力も養われておらず、自分を律する能力が乏しい学生の内では、魔法の解釈を変えられるという事実は、諸刃の剣そのもの。


「変換型の魔法はそのシンプルさ故に解釈を変える余地は少ないが、それでも変えられないわけではない。お前の魔法は魔力を炎に換える。さてクレア、煉燦姫(ブレイズリリー)はこの魔法をどういう風に解釈する?」


 アレクシアに問いかけられて、クレアは迷い、悩む。

 今までは炎に変えた魔力を爆発させるように放出させたり炎の弾を作り出したりしていた。

 

 クレアの魔法は魔力を炎に変える。

 それ以上でもそれ以下でもないと思っていた。


 しかしそれはとてもざっくりしていて、自由な発想でこのシンプルな魔法に幅が広がるとしたら――――。

 可能性がクレアの中に広がり止まらない。

 そんな思考の迷宮に呑まれかけるクレアを、アレクシアは手を叩いて現実に引き戻す。


「ま、こういうのは迷えば迷うほど、考えれば考えるほどドツボにはまる。お前の場合実践の中で見出す方が性に合ってるだろう。まさか、ただ話を聞くだけに訓練着を着ているわけではあるまいな?」


「もちろん。先生、アタシに稽古付けてくれるかしら? アタシはもっと強くなりたい、強くならなくちゃいけないの」


「ちなみにだが、何故強さを求める?」


「それは……」


 最初はアリシアに負けたくなかったという一心で強さを求めた。

 だがサラと出会って交流訓練を乗り越えたあの日から、命を救われたあの日から、クレアの中にはサラの存在が深く刻まれている。


 だからあの時、特別訓練でパートナーになったアリシアとサラの戦いを見て、アリシアの隣に立つサラの姿を見て、思ってしまった。

 このままでは二人に置いていかれる。

 このままではサラは自分の方を見ない。


 アリシアとサラの成長が、アリシアとサラの相性の良さが、クレアに疎外感を叩きつける。

 アリシアに負けたくない。

 サラに相応しいのは自分だ。


 その一心で、クレアはアレクシアの元を訪ねた。


「プライドと嫉妬心よ」

 

 その返事にアレクシアは満足げに笑みを浮かべる。


「いいだろう。ただし教師としてではなく、私個人として教える以上、厳しく行くぞ。覚悟は良いな?」


「上等。燃え滚ってきたわ」


 そうしてアレクシアによるクレアの個別授業が始まった。

 ただしそれは、あのクレアをもってしても悪夢として刻まれるような地獄そのものだった――――。



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