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第七十八話「満解《ブロッサム》」

 解花(ブルーム)のさらに上——満解(ブロッサム)

 先に満解(ブロッサム)まで昇華した方が勝利すると言っても過言ではないユリリア人同士の戦い。

 それはアリシアとミリナという実力差でも当然当てはまる。


「判断を誤ったな……」


 アリシアは焦燥感を抑えながら冷静に反省する。

 創造型の満解(ブロッサム)、その大概は世界構築。

 

 今アリシアが居るのは先程まで戦っていた浜辺ではない。

 薄暗く、淡くて青い光が周囲を照らしている。

 とても静かで、皮膚から感じる温かい感触と重力をあまり感じないその空間は、海の中に沈んだ気分だ。


 ――呼吸は出来る。泳ぐ要領で動けば移動も可能だが……。


 アリシアは今出来ることを逐一確認していく。

 周囲の景色や体の感覚は水の中にいる気分だが、普通に呼吸は出来る上に陸上よりも遅いが移動自体は出来る。

 しかしそれらはせめてもの救いと呼ぶには微々たるものでしかない。


 その空間には水召槽(タンク)にいた水生獣達はもちろん、そこにいなかったより大型の水生獣が自由に泳ぎ回っていた。

 煌光球(スフィア)に回していた魔力は戻しているし、まだ解花(ブルーム)状態が解けるまで魔力的には余力がある。


 しかしながら、それを踏まえたとしても対処できるとは思えない。


 創造型の満解(ブロッサム)で構築された世界は、その創造主が絶対ルール。

 この世界――水族世界(アクアリウム)においてはたとえティアナが相手だったとしても優位に立てるほどのアドバンテージがミリナにはある。


 そんな世界に閉じ込められ、その上シースが不在の今、もうアリシアに勝機は無い。

 ミリナ達の目的は応化特性者であるサラ自身。

 つまりサラがこの世界に閉じ込められても命まで奪われることはなかった。


 しかしとっさに助けてしまい、今閉じ込められているのはアリシア。

 ミリナにとってアリシアを生かすメリットはない。


 ――詰み、だな。


 アリシアは抵抗する気力はあるものの、内心諦めがついていた。

 そんなアリシアをミリナとルシフェリアは勝ち誇った表情を向ける。


「残念だったね煌輝姫(シャイニングリリー)。あたし達の勝ちだよ」


「応化特性者の彼女を逃がしてなければ少しくらい勝機が残ってたかもしれないけど、あれだけの勢いで投げ飛ばせば隔離される前に戻ってくることは難しいでしょ」


 ミリナとルシフェリアの言葉はもっともで、アリシアは自分自身に呆れて自嘲気味な笑みしか出てこない。


「まったくだ。私としたことがつい頭より体が先に動いてしまった。こればかりは私もまだまだと言わざるを得ないね」


 絶体絶命という状況でもアリシアは冷静さを崩さない。

 しかしそんなアリシアにミリナ達が苛立ちを感じないのは、勝利が確定したことによる心の余裕の表れだった。


煌輝姫(シャイニングリリー)、あんたを生かす意味がない。抵抗しないなら命まではって言いたいけど、そうもいかないから殺す。悪く思わないでね」


 満解(ブロッサム)の世界は維持するのに魔力を消費し続ける。

 これ以上話すこともなければ意味もない。

 ミリナは左腕でルシフェリアを抱きかかえ、召竿(ロッド)を握る右手を優しく振り下ろす。


 召竿(ロッド)が指揮棒のように振られると周囲の水生獣が反応し、一斉にアリシアに襲い掛かった。

 アリシアは閃剣(ブライト)を構えて迎撃態勢に入る。

 しかしながら動けるといっても機動力は完全に落ちている今、高速で迫る水生獣から逃げることは不可能。


 アリシアは大半の魔力を込めた煌光球(スフィア)を生成し、迫りくる水生獣をことごとく撃ち落としていく。

 何条にも飛び交う光の筋、水生獣に直撃する旅花火のように光が散乱する。


 健闘し、奮闘する。

 しかし波のように押し寄せる水生獣達は確かに少しずつアリシアとの距離を詰めていく。


 ――限界か。持ってあと一分……は無理だな。どうやらここまでみたいだ。


 そう見切りがついた現れか、アリシアは目を閉じる。

 瞼の向こうで拡散する光がパチパチと瞼を超えて目に焼き付き、水生獣の腹に響く咆哮が鼓膜を揺らす。

 

 ――アリシアぁッ!


 かすかに周囲の騒音を掻い潜って、サラの声で名前を呼ばれた気がした。

 サラとは付き合いこそそれほど長くないが、サラと出会ってからの日々は鮮明で、新鮮で、楽しいものだった。

 

 いろんな出来事があって、いろんな経験をして、いろんな人に世話になり、いろんな人と関わってきた。

 死の間際、最期の最期で幻聴が聞こえ姿が思い描かれるのがまさかサラになるとは思わなかった。


「まーでも……悪い気はしないな」


 ――――アリシアぁッー!!


 サラの叫び呼ぶ幻聴が何度も反芻する。

 まるで本当に聞こえてくるようで――――、


「アリシアッ!!」


「――――サラ!?」


 幻聴に思えないほど鮮明に、確かな声が後ろから聞こえて思わず振り向く。

 そこには服は焦げて顔には化粧のように黒い煤が付いて、それでもそんなこと気にせず必死に声を上げて勢いよくアリシアへとダイブしていくサラの姿があった。


 なぜここに? どうやって戻ってきた?

 そんな疑問が過ぎり唖然と開いたアリシアの口に、サラは勢いに乗せて自らの口を重ねた。


「「んむぅっ――――」」


 今までのアリシアが誘導する授吻と異なり、サラが主体的に精密で、しかしながら少し乱暴気味に魔力を注ぐ。

 アリシアは少し動揺しながらも魔力を受け取るべくサラの体を抱きとめる。

 

 サラはミリナを制圧するため、魔力感知(サーチャー)魔力体(ストレングス)に魔力を使ったが、ここ数日アリシアとの授吻によって応化特性――適応進化によって魔力回復速度が跳ね上がっていた。


「「ぁっ、んんっ――――」」


 荒れる呼吸、熱のこもった吐息が混ざる。

 周囲が水生獣の喚きと花火のような魔力の発散音が騒々しいにも関わらず、サラとアリシアは二人の世界に溶け込むように唇を重ねる。

 一つになるかのように体を寄せ合い、擦れる鼻先と重なる唇に全身の神経がこそばゆくなりながら踊るように舌が絡み、重なる口の空いた隙間から熱い吐息と甘い声、そしてキラリと光る滴りが零れる。


 解花(ブルーム)と同じではダメだ。

 そのさらに上、普段の授吻よりも深く、多量に、濃密に。

 まだたった数秒、されどその時間は永遠にも思えるほど。



 サラの思考が、感情が流れ込んでくる。

 閉じられていく世界から勢いに乗って飛ばされる。

 サラも閉じ込めようと別世界が広がっていくが、徐々にその勢いは死んでいく。

 感覚だがおそらくサラは抜け出せる。

 しかし――――

 

 ――このままじゃマズい。

 

 そう思いながらも、アリシアによって全力で投げ飛ばされなすすべなく飛ばされていく。

 アリシアが完全に隔離され、世界が構築する前に戻らないといけない。

 

 焦る中、首を捻って背後に目を配る。

 そこには戦いを終えたクレアとメイリー、イリスとリーナがこちらに向かっていた。


『イリスッ! クレアッ!!』


 サラは叫ぶ。

 向こうも状況は理解しているはず。

 当然、サラがしたいこともイリス、クレアは理解できる。


 理解できるが、サラの身を案じれば少しばかり抵抗感が出てしまう。

 だが二人には躊躇の暇はない。


『やるしかねぇか』


『あーもう、どうなっても知らないわよ!』


『どんとこい!!』


 イリスは飛んでくるサラの軌道を予測し、大砲のような大筒を氷で成形する。

 続いて筒の内径に合わせ人一人は入れる小さめの筒を生成し、サラは身をひねってその筒の中にすっぽりと収まる。

 

 サラがすっぽりと嵌まった小筒を操作してサラの勢いを殺しながら氷の大砲の奥へとやっていく。

 そして最奥、ベストポジションに小筒をセッティングさせて――――、


『行くわよ! 爆炎撃(エクスプロージョン)!!』


『あっつッ!?』


 氷の大砲の尻部分、見える小筒に強烈な横蹴り。

 氷の砲身が猛烈な熱と爆発によってひび割れながらも、爆発の威力と氷の滑りで摩擦が軽減されて、サラを乗せた小筒が無事に射出される。


 漏れた爆熱で服や髪が少し焦げるも、飛ばされて真正面から受ける空気抵抗に火の粉は消える。

 乾きそうな目を微かに開け、真正面からの風に息苦しさを感じながらも、サラの意識は今にも塞がろうとしている世界の出入り口。

 

 あと一秒遅れれば間に合わないほどにギリギリで、サラは隔離される水族世界(アクアリウム)へと入っていった。

 

「「うむっ、んっ……」」


 今まで何度も授吻を重ねてきたアリシア。

 しかしここまで鮮明な他人の記憶が流れ込んでくる現象は初めてで、サラが影響型特性になったかと錯覚するほどだ。

 それに加えてサラの授吻の荒々しさ、その感情も魔力と共に流れ込んでいく。


 そして、アリシアに注がれる魔力、その濃度が沸騰するように跳ね上がり――――。


「きゃっ、何!?」


「マズイよ!」


 さっきまで優勢だったミリナとルシフェリア、その二人の心の余裕を一瞬で埋めるほどの焦燥感。

 深海のように薄暗い水族世界(アクアリウム)でアリシアを起点に広がる眩い光。

 目を閉じてしまいそうな輝き、それでも温かく、優しく、染みるような光輝。


 満解(ブロッサム)――――“煌輝閃化(シャイン)


 サラとアリシアの口が離れ、光を弾く液性の橋が架かってプツリと切れる。

 互いに息を整えるまで一秒足らず、アリシアは眉を寄せるサラに向けてほくそ笑む。


「どうしたサラ? 随分と怒っているじゃないか」


「…………」


「いや、すまない。君がなぜ怒ってるかは理解してるし、反省もしてる。咄嗟に体が動いたとはいえ、あの場で君だけを逃がすのは信頼していないのと同義だった」


「分かればよし。今のあたしはアリシアのお荷物じゃなく、パートナーだよ。もし仮に一緒に閉じ込められて死んでしまうとしても一蓮托生だよ」


「そう、だね。君の成長には驚いたし分かっていたつもりだけど、再度認識を改める必要がありそうだ。だけどまずは、戻ってきてくれてありがとう。助かったよ」


 アリシアの謝罪と礼にサラは満足げに笑みを返す。

 そして改めてサラはアリシアの変化に注目した。


「これが……」


「あぁ。これが私の満解(ブロッサム)、“煌輝閃化(シャイン)”さ」


 元のブロンド髪は、その一本一本に高価な値が付いてしまいそうに黄金色に輝き、細氷のような光の粒子がアリシアの周囲に舞う。

 種器(シード)閃剣(ブライト)は全てが光へと変わり杖の形に収束され、閃煌衣(グリッター)の羽衣は金色の羽で構成された六枚の翼へと進化し、黄金の糸で縫い上げられたキトンのような装束がアリシアの身を包み込む。


 その姿を形容するならまさしく女神と呼べるものだった。


「凄い……」


 その姿に見惚れ、息を呑んでしまうサラ。

 しかし敵の存在が再び集中力を繋ぎ止める。


「けど、これでお互いに満解(ブロッサム)状態。まだ五分五分だよね」


「いや、そうでもないさ。よほどの実力差がない限り満解(ブロッサム)同士では三竦みが成立する」


 悠長に説明に入るアリシアめがけて、水族世界(アクアリウム)の水生獣達が襲い掛かる。

 しかしそれらの強襲はすべて虚無となる。


 鋭い牙で噛み砕こうが、鋭利なヒレで切りつけようが、尖った体で貫こうが、アリシアはおろかサラですら、触れた瞬間光の粒子として散り、再び肉体の形へと構成される。


「変換型の満解(ブロッサム)は肉体すらも魔力に変える。今の私達は魔力の塊――つまりは光によって肉体が構成された存在。物理的攻撃は一切通用しない」


「そんなのあり!?」


「そして満解(ブロッサム)同士の戦いにおける三竦み。変換型は創造型と相性が良い」


 そう言ってアリシアは光の杖を軽く振るう。

 アリシアを中心に深海のような暗くドップリとした世界も、ギョロリと敵を睨み跋扈する水生獣もすべて眩い光と変わっていく。

 世界が塗り替えられていく。


 水族世界(アクアリウム)も、そこで蠢く水生獣もすべて魔力によって創造されたもの。

 つまりそれらをアリシアは光に変換した。

 創造型満解(ブロッサム)で創り上げた世界が上書きされていく。


 もはや世界の支配権はミリナにはない。

 一から魔力によって世界を作るのとは違い、アリシアはすでにある魔力を光に変えるため魔力消費は少ない。

 このまま光の世界を維持するのであれば魔力も消費されていくが、そのメリットがない為アリシアは光の世界を解く。

 ガラスが割れるように光の破片が散らばって、隔離されていた世界が崩壊していき元の砂浜に景色が戻る。


 満解(ブロッサム)は成れば勝利が確定するほどに強力だが、その分一気に魔力を消耗する。

 

 ミリナとルシフェリアはお互いに体を支えあって立っているが、すでに息は切れて体力の消耗と出血で意識すらも朦朧として立っているのがやっとだ。


 今の二人は満解(ブロッサム)どころか解花(ブルーム)にすらなることはできない。

 対してアリシアはこれほどのことをするのにほとんど自分の魔力を消費していない為、万全の満解(ブロッサム)状態。


 もはやミリナ達に勝機は無い。


「サラ、私達の勝ちだ」


 アリシアは勝利を宣言する。

 誰が見てもミリナ達に勝ち目はない。

 だが――――、


「ま、まだ……」


 ルシフェリアの支えを振り払い、ミリナはまだ戦おうと召竿(ロッド)を握る。

 今にも転びそうなほど疲労に満ちた足取りで、肩で息をしながら体力を振り絞り、諦めと心配のまなざしで見つめるルシフェリアの視線を背中で受けながら前へと進む。


 ――負けない、負けられない。

 ――――だってあたしはまだ…………。


 体に鞭を打つように震える膝を叩いて喝を入れる。

 切れそうな意識を血が出るほど歯を食いしばり自分を奮い立たせて繋ぎ止める。


「ミリナ……」


 そんなミリナの前に立ち塞がるのは、満解(ブロッサム)状態のアリシアとサラではない。

 恩人であり、心の支えであり、かけがえのない存在であり、今もなお大好きな人――――。


「リサ、姉…………」


 心配、同情、憂い、哀れみ。

 いろいろな感情が入り交じって揺れ動く瞳で、それでもなお覚悟を決めて真っすぐにミリナを見据えてリサナは立ち塞がる。

 

 とある事実を目の当たりにして、張り裂けそうな思いで見つめたミリナの姿は、昔の記憶と深く重なって――――。

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