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第七十六話「ミリナの覚悟」

 一目見た時、あたしは惹かれた。

 歳は少し上くらい、まだ子供のはずなのに鋭い慧眼と豊富な知識を持ち合わせ、シースであるにも拘わらず組手なら同年代のブレイドに引けを取らない強さ。

 

 あたしは知っている。

 その同年代でも抜きん出た実力は、努力の賜物ということを。

 

 だから惹かれた。

 だから憧れた。


 周囲の眼は期待に満ち、それでもなお驕らない立ち振る舞い。

 あたしもそんな彼女——リサ姉に追いつきたいと思っていた。


 あたしの魔法は創造型の魔法にあるにも拘わらず、海や川が近くにない限り無力だったけど、たとえ役立たずの魔法と蔑まれても、たとえ陰でいろいろ言われようとも、必死に努力した。


 そんなあたしをリサ姉は見てくれていた。

 勉強を教えてくれたり、護身術の練習にも付き合ってくれた。

 意地悪な連中に絡まれた時には助けてくれたし、陰口を叩かれていたときはあたしのいないところで咎めてくれていたみたい。


 そんなリサ姉にあたしは感謝しかなくて、それと同時に後ろめたさでいっぱいだった。

 リサ姉があたしに優しくする度、リサ姉があたしを助けてくれる度、周りがあたしに言ってきたことが呪いのように脳裏にこびりつく。


 あたしはリサ姉の傍に居てはいけないのだと、あたしはリサ姉の傍に居る資格はないのだと。

 

 リサ姉とはもっと傍に居たいけど、リサ姉の優しさを無下にするのは嫌だったけど、大好きなリサ姉があたしのせいで後ろ指を指される状況になろうとしているのが嫌だから、大好きなリサ姉の足を引っ張るのは嫌だったから、あたしは養成施設を去ることにした。


 養成施設を続けてた理由はリサ姉と一緒に居たかっただけで軍人になりたいわけじゃない。

 別に軍人になれなくても、リサ姉との関係が無くなるわけじゃないから。

 これでさよならになるわけじゃないから。


 

 養成施設を辞めてから、あたしは街で働いていた。

 通っていた養成施設や騎士学園から離れた街だったからリサ姉と会う機会はないけど、吹っ切れたおかげか気持ちは軽かった。

 今頃リサ姉は騎士学園で頑張ってるんだろうなーなんて思いながら日々を過ごしていた。


 ただ気分が晴れて順風満帆というわけではなかった。

 軍事政権国家のユリリアは政権はもちろん、警察権や裁判権も軍部が担っている。

 

 つまり軍人とは正義だ。

 だから多少横暴でも、多少気に食わないことがあってもあたしみたいな平民は黙ることしか出来ない。


 あたしの居た街の軍人ははっきりいってクソだった。

 ユリリア軍部は厳格なルールと養成施設や騎士学園での教育もあって、独裁的な国家体制にもかかわらず秩序は保たれている。

 それでも腐った性根の軍人というのは存在してしまう。


 そのいい例があたしの街の軍人だ。

 食べるだけ食べて払う気のないツケ、公務執行妨害を盾に悪用される職権、鬱憤晴らしに適当な嫌疑で人を連れて行って怒鳴ったりすることもある。

 もちろん適当に憂さ晴らしをしたら解放してたし、最低限の仕事はしていたから、逆らう労力を割く気にはならず、あたし達は我慢していた。

 あたしの街は辺境地ということもあって、そういう輩の監視は緩く改善の兆しはないけど、仕方がないと自分に言い聞かせていた。


 軍人は治安維持のための存在。

 たとえ性悪だとしても、居てもらわないと困る。

 

 軍人として、軍職として仕事さえしてくれればあたしは問題なかった。

 そう、納得させていたのに――――あいつらは裏切った。


 それは何気ない日常で起こった。

 軍服の女性二人は呼吸が荒く、吐き出した息からは酒気が漂う。

 頬はほのかに赤く酔いが回っているようだが、その目は現実を捉えて必死に冷静さを取り戻そうとしていた。

 そんな二人の前で倒れる女性はピクリとも動かず、頭部からどす黒い流動体がドロドロと床を汚していた。


 ちょっとしたはずみだった。

 相変わらず昼間から勤務中にもかかわらず酒を飲む軍職の二人は、酔った勢いで店員の女の子を突き飛ばしてしまった。

 倒れたはずみで頭を打った女の子は打ち所が悪かったのか、ぐったりと横たわり動かなかった。


 同じ店で働いていたあたしはすぐにタオルで頭の血を抑える。

 すぐに医者に連れて行けば、すぐに回復系の力が使える人の所に行けばまだ助かるかもしれない。


 だけど奴らはそうしなかった。

 いくら職権を乱用していたとはいえ、治安維持を司る軍人が民間人を殺したとあっては流石に看過できない。

 それに勤務中の飲酒ともあればなおさらだ。


 そして、奴らは自分達を優先した。

 目撃者はあたしだけ。

 つまりはあたしの口さえ塞いでしまえばいい。


 ブレイドの女性は躊躇なく種器を取り出す。

 当然だけど軍人は警備中ブレイドとシースの二人一組で行動する。

 対してあたしは一人、加えてブレイドとはいえ訓練から長らく離れている。


 あたしに勝ち目は無い。

 震える手であたしも種器を取り出したけど、海が近くにない街中ではあたしの魔法は発揮できない。


 今でも脳裏に焼き付いて忘れられない。

 自らの罪が露見しないことを確信して安心しきった下種な笑いを。

 人々を守る立場でありながら、自分たちのメンツの為なら弱者を虐げることを厭わない本性を。


 逃げ出そうとした足を斬られ、種器を振るう腕を折られ、叫び声を上げようとした喉を潰された。

 あたしの必死な抵抗と、訓練のサボりと酔いで精度が落ちた剣筋が拷問的な仕打ちに変わる。


 もうこのまま死んでしまうのだと、そう覚悟した時だった。

 たまたまこの街に来ていたルシフェリアとノクティスが助けてくれた。

 酔っているとはいえ現職の軍人をあっさりと殺害。


 手当てされたあたしはルシフェリア達の話を聞いた。

 ラミアのこと、『庭園(ガーデン)』のこと、今はルシフェリアのパートナーになるブレイドを探していたということ。


 二人は、いやみんなはあたしの魔法を知ってもなお受け入れてくれた。

 ルシフェリア達は自分の魔法や特性であたしと同じような、むしろあたしよりも酷い仕打ちを受けていた人の集まりだった。

 

 だからあたしは彼女らについていった。

 たとえ犯罪者だろうと、たとえリサ姉と敵対するとしても、あたしは覚悟を決めた。

 力がすべて、魔法や特性がすべてのこの世界を変える。

 魔法や特性に恵まれなかった子に希望を、優れた魔法や特性にふんぞり返って強者としての責務を忘れた者に脅威を与える。



 だからあたしは――――。



「あなたを手に入れるよ、サラさん。あたしには、あたし達には応化特性の力が必要なの」


 サラさんは良い人だけど、目的を果たすために応化特性の力が必要。

 でも殺しはしない、あくまで手を貸してもらうだけ。


「ルシフェリア……いくよ」


「……うん」


 戦いの前、あたしはルシフェリアと身体を寄せる。

 向こうは稼がれた時間で十分に魔力を練っている。

 相手は煌輝姫(シャイニングリリー)、出し惜しみはしない。


「「はぅ……んんっ……」」


 ルシフェリアの魔力が口から流れ込んでいく。

 ここが正念場だと、あたしとルシフェリアの意思が一致する。

 混ざる吐息が、深い授吻が千の言葉に勝る意思疎通を促す。


 向こうもまた授吻して、魔力に鋭さと深みが増していく。

 

 唇を離すとルシフェリアの魔力が魔力葯(アンサー)に落とし込まれて身体に馴染む。

 

解花(ブルーム)――水召槽(タンク)


 あたしの魔力に反応して背後に顕現する巨大な水槽。

 その中にはあたしが魔法で組み替えた変異魚類をストックしてある。


 そして、あたしが解花(ブルーム)化したように、向こうも解花(ブルーム)に至る。

 煌輝姫(シャイニングリリー)解花(ブルーム)、華やかな金色の髪は光の粒子を輝かしく放ち、魔力で編みこまれた金の羽衣が女神のように体にまとわり、ふわりと漂う。

 

「ミリナちゃん……もうこんなこと――」


「説得はムダだよサラさん。互いに譲れないものがあって、あたしももう後には引けない。さ、始めよっか。ユリリアの未来を賭けた戦いを」


 サラさんの説得をあたしは拒絶する。

 ここから先は心の揺らぎは許されない。

 もうあたしは、止まるわけにはいかない――――。



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