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第七十五話「同類」

「はぁ……はぁ……」


 少しでも多く肺に空気を取り込むように呼吸する。

 凛々しく鋭い目を、翡翠色の頭部から流れた血が横断する。


 かなり疲労が見て取れるが、それでもティアナの表情に曇りはない。

 その余裕のある表情は、半分は虚勢、半分は勝機によるものだ。


 ホワイトリリー生徒会執行部会長——最優姫(エクセレントリリー)のティアナをここまで追い詰めるほどの相手。

 鮮やかな血のような赤い長髪、黄金色の瞳を収める切れ長の目。

 妖艶な躯体を見せつけるスリットの入ったドレス、威圧感を感じさせる赤黒のコートを羽織り、金色の装飾が施された三節棍は一本当たりの長さが通常よりも長い。


 スカーレットと呼ばれていた女性は、眠っている時から感じていたその雰囲気から警戒していた。

 してはいたが――――。


「まさかここまでとは。身の危険を感じるこの感覚……久しぶりだな。学園の集会でリサナ君の椅子にブーブークッションを仕掛けてマジギレされた時以来だ」


「会長、私とあんな怪物を同列に扱わないでもらえますか? あのスカーレットという女性……相当な使い手です。来ますよ!」


 長くすらりと伸びた足から繰り出される俊足で一気に距離を詰めるスカーレット。

 三節棍は攻防一体、遠心力による高打撃力を誇り防御するのが難しい反面、扱いが難しく熟練者でなければその本領を発揮しない。

 しかしこのスカーレットという女、三節棍を使いこなしているだけでなく体術も相当。


 遠心力の乗った棍先がティアナの頭部を狙う。

 常人なら視認することすら難しいほどの速度だが、ティアナの眼はしっかりと捉える。

 ティアナは徒手格闘者、間合いの広さはスカーレットの方が上だが、三節棍がその威力を発揮するのはあくまで勢いが乗るほどの加速距離が必要になる。

 

 ――紙一重で躱して一気に距離を詰める。


 というのが最初の作戦だった。

 しかし今ではそれが通用しない。


「――ッ!」


 スカーレットの懐に入り拳を握ったその瞬間、側頭部に衝撃が走る。

 脳が揺れ、突き刺さるような激痛と、おくれて浸食するような鈍痛がティアナの頭を起点に全身に回る。

 視界が酩酊し、頭蓋の割れる幻聴が聞こえる。


 衝撃で吹き飛ばされる頭部に引っ張られるようにティアナの身体は吹き飛ぶ。

 砂浜をクッションにティアナは受け身を取って応戦体勢に入った。


 躱したはずの攻撃が当たる。

 このままだとじり貧だが、今受けた五度目の攻撃でティアナは魔法の正体に予想がついて微かに笑みを漏らした。


「姉貴の攻撃をずっと受けてるのに倒れないどころか笑ってるっす……頭おかしいんじゃないっすか?」


 ティアナの笑みに短い灰色の髪に額にゴーグルを上げてある少女、スカーレットのパートナーであるエレクトラはドン引きする。

 そんなエレクトラに対してスカーレットは冷静に、その気だるそうな目でティアナを観察していた。


魔力鎧(アーマー)で攻撃を認識した瞬間、魔力をその箇所に集中させて致命傷を避けている」


「いや姉貴、簡単に言ってますけどそんなこと出来るんすか?」


「鋭い反射神経、高度な魔力制御能力、素早い魔力移動能力が可能にする芸当……あいつ何?」


「ホワイトリリーの生徒会長っすよ。最優姫(エクセレントリリー)って呼ばれてるっす」


最優姫(エクセレントリリー)…………」


 値踏みするような視線をティアナに飛ばすスカーレット。

 気だるそうな瞳から飛ばされる高圧的な視線を意にも介せず、ティアナは頭から顎先に横断する血を拭った。


「ふぅ~……。さて、スカーレット君。君の魔法の正体が何となく分かって来た。てっきり干渉型の魔法だと思っていたが分類は創造型だね」


「……根拠は?」


 図星か戯れか、スカーレットは意外にもティアナに返答した。

 まさかの返しにティアナはやや嬉しそうに笑う。


「おお! まさか興味を持ってくれるとは。てっきりそんなこと興味がないかと。では期待にお応えして私の推理を披露しようか。まず君から攻撃を受けたのは五回。最初は躱したはずの攻撃が当たって驚いたものだよ。だがその後も四回君の懐にダメージ覚悟で飛び込んだ」


「いいよ、続けて」


 なぜかスカーレットは嬉しそうにティアナの推理を聞く。


魔力感知(サーチャー)で感覚を高め、躱してから攻撃を受けるまでのタイミング、頭部に受けた攻撃の痕跡や傷の付き方、その前後の君の動き、髪の揺れや視線の送り方などを調べた。そして私は分かったのだよ。君の魔法、いや君の種器は三節棍ではない。実際は五……いや七節棍だね。躱したと思っていたのはあくまで目に見える範囲。目に見えない棍棒部分が私を攻撃していたというわけだ」


 自信満々に決めるティアナにスカーレットは子供のような笑みを浮かべた。

 

「そ、そう! 両方にもう二本ずつ見えない棍棒がついてる」


「姉貴の魔法がバレるとこ初めて見たっす。姉貴の動きに加えてそのシンプルさで大抵魔法の正体がバレる前に終わってるのに。それに魔力感知(サーチャー)で感覚を高めたところで分かるもんなんすか?」


 エレクトラの疑問にスカーレットは楽し気に答える。


「理論上は可能。でも魔力感知(サーチャー)で感覚を高めているということは、その分痛みもより大きく感じる。そんな状態で私の攻撃を受けたらならショック死は確実」


「イカれてるっす……」


 ドン引きするエレクトラ。


 ――このイカれた化け物め!!


 誰かに昔、投げられた言葉がスカーレットの脳裏に過ぎる。

 美味しい物を食べた時も、流行っている劇を見た時も、綺麗な景色を見た時も、一切心が躍らなかった。

 ただ命のやり取りは別だった。

 狩るか狩られるか、生き残る為持てるすべてを発揮し利用する本能。

 上がる体温に早くなる鼓動、今この一瞬のことしか考えられないほどの集中。

 そして血で彩られた死体の非日常感。


 血沸き踊る感覚、一度ハマると抜け出せないほどの中毒性。

 冷たくて、暗くて、深海のように深い場所へ落ちていく感覚。

 何回、何十回、何百回とやっても飽きるどころかハマっていく。

 楽しい、気持ちい、もう一度、もう一度と味わいたい。

 沢山に、いっぱいに、大量に、膨大に、豊潤に、もっと、もっと、もっと――――。


 戦いの中で自傷を厭わないやり方を採ったこともある。

 戦い自体に興奮していたのか、命の脈動を感じてとても楽しかった。

 

 大概の相手は、そんなスカーレットを見てこういうのだ。

 

 ――イカれてる。

 ――異常者め。

 ――化け物が。


 自分が異常だということは何となく理解している。

 周りに理解されないことも分かっていた。

 この快感は一人で味わうものなのだと思っていた。


 でも、今回は違う。

 魔法を分析するためとはいえ、魔力感知(サーチャー)で過敏になった体で自分から攻撃を受けに行く。

 普通に攻撃を受けるよりも何倍、何十倍も痛いはず。

 ショック死する可能性は高く、意識を保っていたとしても激痛で正気ではいられないはず。


 なのに目の前の女は、冷静に魔法を分析し、苦痛に表情を歪ませるどころか笑っている。

 周りの価値観になぞらえるなら、イカれてる異常者だ。


 ついに見つけた。

 一人どっぷりハマっていた感覚を共有できる相手に、同じ土俵に上がってくれる異常者(同類)に。


「アハ……アハハハ!! 良い、良いよ最優姫(エクセレントリリー)!! 私と友達になろう!!」


 急に興奮しだすスカーレット。

 スカーレットの豹変にリサナは動揺し、スカーレットの初めてみた高揚にエレクトラは困惑する。

 ただ一人、ティアナだけは笑って対峙した。


「ほう友達。良いよ友達になろうかスカーレット君。なら大人しく投降し――――」


「友達を殺すのは初めて!!」


「悲報ワイ、出来たばかりの友達に命を狙われるっと」


 子供のようにはしゃぐスカーレットは砂浜を蹴ってティアナとの距離を詰める。

 ティアナは先ほど吹き飛ばされて受け身を取った時に拾った小石を軽く放り投げた。

 投げつけるわけでもなく、その小石は放物線を描いてスカーレットの頭上を越えようとしていた。


 朝日で明るくなっている空に、ポツンと飛んでいく小石。

 ティアナとの距離が近づくにつれて、その小石は抜けるように視界から外れていく。

 特に変な動きをしているわけでも、異常な反応をしているわけでも、何か違和感があるわけでもない。

 

 だがしかし、吸い寄せられるようにその小石から目が離せない。

 視界の上端にある小石にピントが合って、下端のティアナがぼやけて映る。

 命のやり取りにおけるこの場で、その状態は非常に危険なもので。


「――ぅつ!?」


 ティアナの拳が防御に徹したスカーレットの腕を抉る。

 視界の端でギリギリ認識出来た攻撃だからこそ反応出来たが、もし視界から外れていたら肉を抉るほどのダメージは確実だった。

 

 二、三歩よろめきながら後ろに下がるスカーレット。

 すかさずティアナは距離を詰める。

 応戦する為、七節棍を振るうスカーレットだが、自身の身体に及ぼしている違和感により、先ほどまでの洗練された動きにぎこちなさが加わっている。


「なっ、なにこれ」


 動揺しながらも必死にティアナの攻撃を捌くスカーレット。

 なんとか防御できているものの、魔力差の問題か、体で受けた攻撃は骨に響く。

 しかしスカーレットも熟練の使い手。

 自分の身体に何が起こっているのか、すぐに答えを見出した。


「目が思ったように動かない。さっきの小石といい、それが最優姫(エクセレントリリー)の魔法」


「ご名答。私の魔法誘手(ミスディレクション)は私の魔力に視線を誘導する。ただそれだけのものだが、君にとっては非常に厄介なはずだ。君の技の要はその目だろうからね」


 誘手(ミスディレクション)は魔力に視線を誘導するだけのもの。

 視界から外れれば魔法の効力はなくなるし、攻撃防御に優れている要素は一切ない。

 地味なことこの上ない魔法だが、このスカーレットにとってはやりづらいものだった。


「通常より棍棒一本当たりの長さが長い上に、七節棍、うち四本は見えない。これだけ癖のある種器を扱うにはとてつもない年月が必要なはずだ。そしてスカーレット君がその種器を使う際、私は君の眼の動きに注目した。スカーレット君には見えないはずの四本が見えているようだね。自分の魔法だからというのも考えられるが、素振りや魔力の感じからして他に疑うところが無い現状ではエレクトラ君の特性によるものだと認識している」


 ティアナはすぐさまエレクトラの反応を窺う。

 ポーカーフェイスを装っているが、僅かに見て取れた動揺にティアナは自分の推測を確信する。


「人間は目から大半の情報を得て、戦闘中に視界を奪われるということがどれほどの危険を伴っているか。私の魔法はただ視線を誘導するだけのものだが、それほど癖の強い種器を扱うスカーレット君にとって、自分の思い通りに視線を動かせないのは厳しいだろう」


「そんなことは……ない」


 さっきまでの無邪気な子供のような笑いは消え、取り繕うようにスカーレットは答える。

 

「さあ、スカーレット君、エレクトラ君。どうする? 大人しく降参するかい?」


「するわけない。追い詰められてるのは理解した。でもだからこそ楽しい」


 再び笑うスカーレット。

 そんなスカーレットにティアナは呆れるようにため息をつき、


「なら残念だ。リサナ君!」


「はい!!」


 ティアナの呼びかけに呼応し、リサナは自身の魔力体(ストレングス)に魔力を注いで加速し、エレクトラとの距離を一気に詰める。

 ティアナの誘手(ミスディレクション)による視線誘導と、ティアナ自身のムーブによってスカーレットとエレクトラの視線はティアナに釘付け。

 

 その間にリサナは自然な足運びで回り込み、エレクトラに近づいていた。

 もし相手がスカーレットなら簡単ではなかったはずだ。

 だがエレクトラは今までスカーレットの確かな実力で経験が積まれていなかったのか、空気に溶け込んでいるリサナに一切気が付かず接近を許してしまう。


「なっ、いつの間に――――!?」


 リサナは実力者でなければブレイドを相手に出来るほどの戦闘が出来る。

 故に接近を許してしまった今、エレクトラに勝ち目はない。

 

 懐に踏み込み、潜り込む様に体を沈めて腕を取って背負い地面へと叩きつけた。

 下は砂浜、クッション性はあれど魔力体(ストレングス)で強化した身体能力で繰り出される背負い投げは、砂浜にクレーターを作り、エレクトラの背中から衝撃を伝えて肺の空気を無理やり絞り出した。


 何とか意識は保っているものの、頭蓋に鉛でも流し込まれたかのように思考が重たく、指先から痺れる感覚が全身を巡る。


 エレクトラを制圧され、スカーレットが生み出した僅かな隙をティアナは見逃さない。

 懐に入り、魔法を使ってスカーレットの視線を攪乱して細く小さな隙を大きく広げる。


「楽しかったよスカーレット君!!」


 ティアナの魔力が込められた拳が、顎から頭に衝撃が突き抜けるようなアッパーをスカーレットに炸裂させる。

 僅かに体が浮き上がり、脳が揺れて、手から力が抜けていく。

 着地してよろめく足の筋肉が弛緩し、膝から崩れ落ちていく。

 顎を砕かれる痛みも、おそらく今は脳が麻痺して感じていない。

 砂浜がまるでベッドだと思っているかのように、スカーレットの身体はその身を地面に埋めた。

 心なしか満足そうな笑顔を浮かべて――――。


「……ふぅ。リサナ君、そっちは大丈夫かい? 殺していないだろうね?」


「大丈夫です。少し強くしすぎたせいか何とか呼吸して意識を保っている状態ですが」


「おお恐ろしい。おそらく受け身も上手く取れなかったのだろうね。さて、他のみんなは大丈夫だろうか……」


 ギリギリの状態のエレクトラをリサナは容赦なく拘束する。

 ティアナもまた、スカーレットの身柄を拘束してようやく一息ついたその時だった。


「会長!!」


 リサナの必死に呼びかける声が聞こえてティアナはリサナの方を見る。

 リサナが取り乱した理由を視認し、ティアナは珍しく動揺したのだった――――。


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