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第七十三話「氷と凍」

 熱を肌に感じるように錯覚してしまう弾けるような爆発音が遠くから聞こえる。

 ただそんな音も命のやり取りしている今ではノイズにしかならない。


 ――くそっ、やりづれぇ。


 イリスはカリカリした感情のまま氷鉞(ヘイル)を振るう。

 砂浜から少し移動し隣接する木々生い茂る雑木林。


 木々が密集するこの場所では死角が多く、警戒するべきことが増える。

 だがこの場所は創造型の魔法を扱うイリスにとっては好都合。

 生み出した氷の造形物を操ることが出来るイリスにとっては相手の死角から攻撃することが出来る。


 そんな地の利があるはずのイリスがイラついているのは相手の魔法と戦闘スタイルにあった。


七氷剣(しちひょうけん)!!」


 氷で作った七本の剣が宙を舞い、敵を貫かんと木々をすり抜けて飛翔する。

 貴婦人のような純白のドレスと高貴に巻き上げた白銀の髪、氷のように透き通る水色の瞳でイリスを睨むフローレンス。


 横から回り込むように氷の剣が迫るフローレンスは、重厚そうな金属製のフレームに盾の大半を占めるガードの部分が鏡で出来ている凧型の巨大な盾の種器——凍鏡(フリーズ)を構える。


 獲物を捕らえる狼のように威圧的に眉を寄せるイリスの姿が鏡に映る。

 途端、獲物を捕らえた猛禽類のように舞う氷の剣がピタリと止まる。


 そして止まったのは氷の剣だけではない。

 イリスの身体も戦いの中では致命的と言っていいほど固まっていた。


「――くっ!」


 イリスは全身に力を籠める。

 だが自身が氷漬けになったかのように指先一つ動かすことは出来ない。


 そしてそんなイリスを狙うのはフローレンスではない。

 

「ガルいくです!!」


 日焼けした褐色の肌と獣のような鋭い瞳、野生児のようなボサボサの黄色い短髪がこの雑木林ではジャガーのような獰猛性を感じさせるフローレンスのパートナーであるガルディアが、両手に付けた手甲鉤でイリスを狙う。


 横から差し込む朝日が木々の隙間から漏れ、ガルディアの手甲鉤が白刃の輝きを放つ。

 イリスの左肩から削ぎ落すようにガルディアが腕を振り下ろし、イリスは自身の左上部を氷の層で覆い攻撃を防いだ。

 氷が砕け散り、粉雪のような欠片が林を舞う


「んにゃ!?」


 ガルディアの驚嘆と悔しさの入り混じった声が漏れ、もう片方の手甲鉤ですかさず追撃する。

 しかしその瞬間、身体が動くのを感じたイリスはすぐさま後方に飛び引いて攻撃を躱した。

 動けるようになった七氷剣(しちひょうけん)は、フローレンスの盾に防がれ砕け落ちる。


 この一連の流れがイリスの苛立ちの原因だった。

 フローレンスの魔法は鏡に映したものの動きを固定する魔法というのがイリスの分析だ。

 あくまで止められるのは鏡の中のものだが、魔力という不可視的なものすらも止めることが出来るのだろう。

 鏡に映っていないはずの七氷剣(しちひょうけん)が動きを止めたのは、七氷剣(しちひょうけん)を動かすためにイリスと七氷剣(しちひょうけん)を繋ぐ魔力の動きも止めてしまったから。


 そして静止したイリスを襲うシースであるはずのガルディア。

 シースが前線に立って戦うなど大輪七騎士(セブンスリリー)でも聞かない戦い方だ。


 仮にブレイドと同じ戦闘訓練などしていたとしても、シースは汎用魔法を補強することしか出来ず、身体能力面でもやはりブレイドに劣る。


 イリスの実力がまだ拙いことと、フローレンスの鏡に映ったものを停止させる魔法があって何とか相手出来ているに過ぎない。

 

 それでも動きたいタイミングで身体や魔法が停止し、弱いとはいえシースが攻撃に回ることで二対一の構図になっているこの状況に、イリスはやりづらさを感じている。


 だが厄介に感じているフローレンスの魔法も、イリスは弱点をすでに見出している。


 一つ目、鏡に映っているものを停止させている間、鏡は常に対象を映し続けている必要がある。

 二つ目、対象を停止させている間、後から鏡に映ったものに関しては一度魔法を解かないと停止できない。

 三つ目、すでに体外に出ている魔力は停止できるものの、体内の魔力を停止することは出来ない。

 四つ目、鏡に映し続けても一定時間経てば動けるようになり、再度使う際にほんの僅かだが時間が空く。


 これだけの弱点、確かに少なくとももう一人特攻役がいなければ戦闘は難しい。


 一つ目の弱点はフローレンスの動きを制限するし、三つ目の弱点でイリスは新たに氷の造形物を出して操ることで身体は動かずともガルディアを相手に出来る。

 後から出したものは二つ目の弱点で動きを制止出来ないし、四つ目の弱点でガルディアの攻撃さえ防いでいれば動けるようになる。


 何度か魔法を使われて、動けるようになるまでの時間や、再度魔法が使えるまでの間隔には誤差があることも確認済み。

 一定でないということは、この停止時間や再使用時間にも何かしらの条件があるとイリスは睨む。


 イリスは距離を取ったこの隙に、再度動きを止められる前に雑木の遮蔽に身を隠す。

 顔を僅かに出してフローレンスとガルディアを視認すると、何故か隠れたばかりでおおよその居場所が分かっているイリスを見ておらず、何かを探るように周囲を確認していた。


「マズいな……一旦リーナと合流するか」


 フローレンスの魔法の弱点を見抜いた後、イリス達はこの雑木林に誘導してそれぞれ離れて行動している。

 一番最悪なのは二人同時にフローレンスの魔法にかかること。

 イリスの氷の造形速度であれば自分の身を守り切ることは何とか出来るが、もしリーナと距離が離れた状態で二人同時に動きを止められればリーナを守り切れる自信はない。


 現状はイリスがフローレンスとガルディアの二人を相手している間にリーナは魔力を練る作戦だ。

 魔法の相性的にイリスが解花(ブルーム)状態になれば物量攻撃で押し切れる。

 だが攻撃しているとはいえ牽制しながら防戦している状態に近い今では魔力消費が懸念事項だ。


 ベストタイミングでリーナと授吻しなければ延々と戦いは長引き、最悪イリス達が負ける可能性もある。

 一旦作戦を立てるのにリーナと合流したいイリスだが、ガルディアの特性か、イリスが姿を隠しても二人はすぐに見つけてくる。


 敵の居場所を探知しているというには発見までかかる時間に違和感がある。

 居場所が分かって追ってきているというより、イリスの何かを辿って追ってきているような感じだ。


「リーナの居場所はっと……」


 イリスは自身の魔力を辿る。

 離れて行動すると言っても互いの居場所が分からなくなっては意味がない。

 イリスは自身の魔力を込めた氷のブローチをリーナに持たせている。

 ブローチが溶けないように維持し続けるのと離れた場所まで魔力を繋ぎ止めるのに少量とはいえ魔力を消費し続けるというデメリットがあるが、居場所を特定出来る手段としては有効だ。


 相手がイリスの何を辿って追ってきているか分かっていないが、直接の居場所が割れていないのであれば求められるは迅速性。

 イリスは身を屈めて少しでも木々に紛れるようにリーナの元へ移動する。


 あまり拓けた場所に出ないように草木をかき分けて移動し、周囲を警戒しながら木に背中を預けるリーナを見つけて傍に行く。


「イリス、合流していいの?」


「少しくらいは問題ない。ただ向こうはオレの何かを追ってきてるみたいだから悠長にはいられねぇけど」


「でも打ち合わせてた時間より少し早いわよ。まだワタシ魔力練れてない」


「状況が変わった。相手はオレの居場所をどういう原理か辿ることが出来るみたいだし、オレが身を隠した瞬間、他の方に気を取られてた。おそらく探してるのはお前だ」


「ワタシ?」


「敵も馬鹿じゃなければオレ達の今の戦い方は魔力を消費しながら時間を稼いでるのに気付いてるはず。それにオレ達が相手の魔法を見抜いているという前提なら、遮蔽物の多いこの場所に誘い出した目的も分かるだろうし、オレ達が別々に行動してるのも見当がついているはず。なら敵が狙うのはブレイドが近くにいないシース……つまりはお前だ」


「もしイリスが相手してたとしても先にワタシが見つかれば守り切れる可能性は確かに低いわね。それに授吻のタイミングはどうしてもイリスの傍にいないといけないわけだし」


「そこで提案なんだが……お前、人刺したことあるか?」


「刺し、えっ……さすがにないわよ。養成施設や学園でも護身術や武器の扱いに触れることはあるけど、基本的にシースが攻撃に回るケースは少ないし。それこそ実戦経験を多く踏んでるシースじゃない限りないと思うけど」


 イリスは氷で短剣を作り出す。

 瑞々しく透き通る氷の剣は、冷たい冷気を放ちその鋭利な刃先は人体を貫くには十分なものだった。


「この剣は単純な氷の剣。操る為の魔力の繋がりも切ってるから、オレが敵の魔法に掛かっても動かすことが出来る。やり合った感じ、あの野生児みたいなやつは動きこそ素早くお前が相手するには難しいが、どういうわけかブレイドの盾女の方が戦闘面では動きが鈍い。オレに気を取られてる盾女を魔力体(ストレングス)で強化したお前なら背後から一突き出来るチャンスは十分にある」


「で、でも……」


 リーナは氷の短剣を受け取るも躊躇してしまう。

 訓練で人を投げたり、刃物を扱った経験もある。

 だが実際に人を傷つける経験はない。

 殺すわけではないし、イリスの魔法なら凍らせて止血すれば死ぬリスクも低い。

 

 しかし、恐いものは怖い。

 これは仕方がない感情だ。


「本来シースのお前にやらせるのもブレイドのオレが不甲斐ないばかりだし、ビビってしまうのも分かる。無理なら別の作戦を考えるが……」


「――すぅ、はぁ……。いや、やる。ワタシはアリシア姉様のパートナーになる女よ。こんなことでいちいち怖気づいてたら軍人なんてやってられないわ」


 深く呼吸して氷の剣を強く握る。

 握った手は少し震え、戸惑いに瞳が揺れているままだが、その眼光には覚悟というものが感じられた。


「オーケー。陽動や援護は任せろ。腕でも足でもいいから一突き出来れば十分だ。成功失敗関係なく、仕掛けた後はすぐに身を隠せ。ほんの僅かでもあの鏡からオレが外れれば一気に畳みかけられる」


 一通り作戦を練った時、少し離れた場所で人為的に草木が動く音がした。

 敵の接近を感じ取ったイリスとリーナは警戒態勢に入る。


「オレはこのまま迎え撃つから、お前はそのまま回り道してくれ」


「分かったわ」


 リーナは身を屈ませたまま移動する。

 イリスは七氷剣(しちひょうけん)を生み出し迎撃態勢に入る。

 通常状態でイリスが自由に動かせる氷剣の数は七つ。

 

 氷剣を一本ずつ出すことも出来なくはないが、七本同時に生み出して操るよりも高い想像力を必要とする為頭が疲れる上に、七つ同時に生み出した時よりも魔力消費が結果的に多く操作精度も悪くなる。

 こればかりは魔力制御が苦手なイリスにとってこの特別訓練でもなかなか向上しない部分であった。


 七氷剣(しちひょうけん)を止められても体自体の動きを止められないように、体一つ隠せるほどの氷の壁を作り出す。

 氷なので少しくらいは透けて見えるものの戦うには支障が出るくらいに視界が遮られるので使わなかったが、今のイリスはあくまで陽動で直接攻撃を当てる必要はない。

 

「見つけ――なんか盾もってるです!!」


「あれでは前がほとんど見えないではないですか……」


「ふん、シースの前衛なんかこれで十分なんだよ。不満ならブレイドらしくお前が前に出てみろ凍停姫(スタグネイトリリー)


 イリスの挑発に、フローレンスは眉を寄せるも守りの体勢に腰を落とした――――。


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