第七十一話「居場所」
最初はただただ憧れた。
軍勢国家であるユリリアで魔法や特性といものは本人の才能以上のアドバンテージがある。
強力な魔法、汎用的な特性というのは必然的に重宝されて、弱い魔法や癖の強い特性というのは忌避される。
ブレイドとシース、二人一組で戦うからユリリア人だからこそ、誰もが誰かに査定、選定される。
私の【相手の影と身体をリンクさせる魔法】というのは、干渉型魔法の中でもタネさえ分かってしまえば対処されやすい部類にあたり、養成施設や騎士学園では成績が思うように振るわなかった。
変換型や創造型の魔法のように、魔法の正体がバレてもさほど戦いに影響が出にくい魔法の使い手がシースに好まれ、私のような魔法の使い手が一蓮托生の相方に選ばれるにはなかなかに難しかった。
だけど幸か不幸か、そんな私でも居場所が無いわけではなかった。
同じユリリア軍人でも知っている人は少ない秘匿組織——ユリリア陸軍特殊作戦群。
潜入や偵察と言った諜報的な活動を行い、時には暗殺という手段を取る組織。
私の魔法は真正面での対人戦に不向きだったが、暗殺という点においては非常に強力なものだった。
影が濃ければ濃いほど影と肉体の結びつきが強くなる私の魔法は、暗い場所やいろんな影が重なる場所では効果が薄くなるものの、条件さえ揃えば簡単に要人を暗殺出来た。
大輪七騎士のような、華やかで強い騎士に憧れていた私だったが、誰にも必要とされてない疎外感を感じていた私にとって、裏組織だろうが秘匿組織だろうが惹かれるには十分だった。
ややスカウトされるような形で特殊作戦群に入った私とパートナーになったのがリーリス——当時の名はリニスだった。
リニスの特性は授吻した相手に自分の五感を共有するというもの。
ただブレイドにシースの五感を共有したところで普通は邪魔にしかならない。
ただ特殊作戦群という諜報的な組織においてはリニスの特性もまた利用価値のあるものだった。
似た境遇だった私達はビジネスパートナーとしては十分に協力することが出来て、誇れる活動ではなかったものの確かな実績を積み上げていき、いつの間にか影殺姫と恐れられるようになっていた。
しかし実績を積み上げるにつれて、同時に募らせるものがあった。
それは高官の私に対する恐怖心だ。
影殺姫の名前が高官達への間で広まると同時に、日中外に出歩くことを忌避する連中も増えてきた。
特殊作戦群はその活動内容から、組織としての管轄がやや不明瞭な側面もあり、後ろめたい所がある連中にとっては畏怖の対象でしかない。
かくいう私も、特殊作戦群に誰がいるのかほとんど認知していないほどだ。
そのせいか、影殺姫の名がそれなりに影響を持つようになった頃、私は命を狙われるようになっていた。
最初は暗殺した誰かの身内を疑ったが、私の命を狙うのが同じ特殊作戦群の連中だと知るのにそう時間はかからなかった。
秘密裏に動く私達は、都合が悪くなれば秘密裏に消される運命。
そんなことは分かっていた。
分かっていたはずだったが、それでも納得はしていなかった。
だから私は逃げ出すように軍から抜け出した。
そんな私にリニスはついて来ようとしていたが、狙われたのは私のみでリニスは関係ない。
話すことと言えば仕事のことくらいだったが、私の事情でリニスの居場所まで奪うのは申し訳ないと思えるほどには情が芽生えていたんだろうか。
私は一人で抜け出すことにした。
しかし数多くの情報を知ってしまっている私を簡単に見過ごすわけがなく、反逆罪という汚名を着せられた上に、秘密裏だった私の暗殺は正式な任務として認められ、特殊作戦群はおろかユリリア軍として犯罪者となった私を追うようになっていた。
適当にシースを騙しながら授吻して魔力を補給しながら追手から逃げていたが、やはりそんなやり方では限界が来る。
ここ数か月まともに寝れず、ちゃんとした食事もとれてない。
軍に居た頃の訓練で過酷な環境に耐えることには慣れている。
それでも訓練は訓練、長くとも終わりというものは絶対にある。
だが実情はというと終わりは見えない。
最低限雨風が凌げるくらいのボロ小屋で、少しでもエネルギー消費を抑えたいのか、そもそも身体を動かす体力しか残っていないのか、私は横になり霞んでいく視界と薄れていく意識を何とか繋ぎとめていた。
いつまで逃げればいい、逃げてどうする。
もういっそ、このまま死んでしまった方が…………。
そんな考えが思い浮かんだ時、ボロ小屋の扉が開く音が聞こえた。
脳裏に反響するようにリニスの声が聞こえた気がした。
パチパチと水分が弾ける音と影を揺らす温かい光が目を覚ました私に入って来た情報だ。
乾いていた喉が少し潤んでいるのが分かり、まだ倦怠感が残る身体を起こす。
木が腐ったボロ小屋に居たはずなのに、小さいながらも石造りの厩舎のような小屋に移動していた。
体には薄布が掛けられて、キズが手当てされている。
いったい誰がと焚火の向こうを見ると、リニスが焚火の火を使ってスープを作っていた。
何故ここにリニスがいるのか、何故私を助けたのか、いろいろな疑問が頭をよぎった。
だが美味しそうな香りと、懐かしい顔に私の弱っていた心に染みて警戒心など出てこなかった。
私はリニスの用意したスープやパンなど、胃に流し込むように食らった。
毒を盛られている可能性もあるが、元パートナーに殺されるなら私らしいとも思った。
だが毒など盛られてはおらず、本当にリニスは衰弱していた私を助けに来ただけだった。
話を聞くにリニスもまた軍を抜け出していたようだ。
リニスは狙われていないにしろ、私の元パートナーということで身の危険を感じたと言っていた。
正直に言うと嘘をついているとは思っていた。
リニスの服はそれほど汚れておらず、疲れている様子もない。
シースのリニスが軍を抜け出して何日も生き残れるわけがない。
ブレイドの仲間がいるか、まだ抜け出したことがバレていないか、それとも私を捕らえる気ではあるが怪我の手当ても温かい食い物もせめてもの情けで与えてくれたものだったのか。
だが内心生きることを諦めていた私はリニスの好意に甘えることにした。
どの食事が最後の晩餐になっても構わないし、リニスとのちょっとした会話が何故か孤独感を埋めていた。
そんな生活がしばらく続くと、再び追手が私を狙った。
いや、私達を狙っていた。
ここでようやく、本当にリニスは軍を抜けたのだと知った。
何故自分の身を危険にしてまでそんなことをしたのか分からなかった。
理由を聞いてもはぐらかされるばかりで、その真意は分からないまま。
それでも状況的に私達は一蓮托生となったわけで、生き抜いていくためには協力は不可避だった。
軍での訓練や実戦経験に加えて、逃走者ゆえの生き抜くための手段や嗅覚と言うのは徐々に研ぎ澄まされ、いつの間にか一級犯罪者のリストに私達は名前を刻まれた。
今思えば私達のミスは二人で生き抜く覚悟をしたことだった。
まだ軍がそれほど追跡に力を注いでいないうちに仲間を集めるべきだった。
私の魔法が知られている以上、軍も簡単には放置できないし、高官共は私達の幻影に日々怯えることになる。
そんな軍が私達の居場所を特定した差し向けてきたのは、大輪七騎士の第二席——“深淵姫”だった。
いくら私達が一級犯罪者と言えど、私達如きには過剰すぎる戦力。
だがそれほどまでに高官連中は私達を消したいのだろう。
私が最後に自分の眼で見た景色。
白く短い髪とは対照的な漆黒の黒炎。
顔を掴まれて、指の隙間から見える絶望に感情が支配されたリニスの顔。
今まで培った技術と経験をすべて出し切り、手段を択ばず抵抗した私を無感情に見つめる金色の瞳。
結局、私が命懸けで得た実践の技術は圧倒的な魔法の前には通用しなかった。
ここまでくると、もはや悔しさすらも感じてこない。
リニスには悪いが、もう駄目だと諦めた私は大人しく深淵姫の手に宿る黒炎を受け入れた。
その後のことはあまり覚えていない。
気が付いた時には断末魔を上げていたのか掻っ切れた喉の痛みと、鼻上から眉のあたりまでの感覚が薄く、それでも確かな熱は感じられて、瞼が縫い付けられたように動かない状態になっていた。
リニスの悲痛な呼びかけが擦り切れた神経に触る。
目が全く見えないが、自分が今どんな状態なのかは想像がついた。
当たり前に見えていたものが、今では真っ暗なまま。
けれども、生きているという事実に安堵の方が勝ってリニスと比べて比較的落ち着いていた。
深淵姫は私が気を失った後、トドメを刺さずに去っていったそうだ。
意味が分からなかったが、理由を聞こうにも深淵姫はこの場におらず、今こうして命があるという現状に考えるだけ無駄な気がして止めた。
だが、目を焼かれて今の私に魔法が使えないとはいえ私が生きているということは、今後もまた追手が来る可能性がある。
だから私はノクティス、リニスはリーリスと名前を変えた。
まずするべきは仲間を集めること。
簡単に手が出せないような、国を相手に立ち振る舞えるような、いざという時に助け合えるような。
そんな仲間を――――居場所を見つけなければ。
この逃避行を終わらせるために――――。




