第七十話「影殺姫《アサシンリリー》」
大気を焼き震わせる爆発。
海風に流されることなく舞い上がる炎。
「おいあんまり派手にすんなよ。騒音の苦情が来るぞ?」
「これだけ派手にやってれば騎士団も早めに動くでしょ」
クレアの赤と金で装飾されたソルレット型の種器――“炎脚”がチリチリと火の粉を漂わせる。
対するノクティスは種器を顕現させているとは思われるが、それらしき武器はない。
というのも主に扱っているのは種器らしからぬ何の変哲もないナイフで、必要とあれば投擲することもある。
そして投げられたナイフは今も砂浜に転がっている。
あれが種器なれば時間が経てば消えるはず。
残っているということは今砂浜に落ちているナイフは普通のナイフということだ。
だが、魔法を使っていないというわけではないようで――――、
「この、くッ!」
ノクティスに近づき炎を纏わせて足を振るうクレアの表情が腕からの痛みに歪む。
クレアの蹴りを躱したノクティスは距離を取って不敵に笑う。
クレアは痛みの原因を確認する。
腕からスーと血が滴り、出血元には針で突き刺されたような跡があった。
実際に針が刺さっているわけでなく、出血のみ確認できる。
ほかにもナイフが当たっていないにも関わらず、切り付けられたような傷が出てきたり、突然打ち付けるような痛みを感じたと思えば、痣のようなものが出てきたりと、不可解な力がクレアを襲っている。
おそらく干渉型の魔法は発動しているはず。
だが種器が何なのか、この魔法の正体が何なのか見当もつかない。
致命傷になる傷はないものの、積み重なればいずれやられる。
ただ共通しているのはその魔法が発動したとき、クレアはノクティスの近くにいた。
もし距離が関係しているのであれば、
「解花じゃない状態でやるのは魔力消費が激しいけど――――」
クレアの両足が熱く燃え上がる。
チリチリと火の粉が海風に流れて漂い、発せられる熱気がノクティスの肌に触れ不快感に表情が歪む。
「炎槍!!」
クレアは体を捻り横蹴りを放つ。
距離は離れているものの、クレアの足から圧縮された炎で形成された槍がノクティスを襲う。
「なんだこの脆弱な魔法は?」
ノクティスはその鋭い炎の槍を横に飛んで回避する。
爆発力が売りのクレアのこの魔法は威力という点でははるかに劣る。
だが――――
「この魔法はこう使うのよ!」
クレアは上げた足をそのまま横に薙ぐ。
延ばされた炎の槍は、剣のようにノクティスを襲う。
「チッ!」
ノクティスは舌打ちをしながらも、迫りくる炎の槍を背中を反らして紙一重で回避する。
攻撃自体は回避もするも、その際にノクティスの目元についていた仮面が外れて砂浜にポトリと落ちる。
「アンタその目……」
初めて見るノクティスの素顔にクレアは言葉を失う。
思わず視線を逸らしてしまうほどの焼け爛れた皮膚。
皮膚の色はまだらに変色して盛り上がり、呪いのように顔に刻まれた火傷跡がノクティスの目元を支配していた。
跡は古く今クレアの炎でやられたものではない。
「ったく、いやなもん見られたぜ」
相手の立場上、どんな古傷や跡、欠損があっても不思議ではない。
だが火を扱うクレアには分かる。
あれは戦闘によって付けられたものではなく、明らかに無抵抗の状態、拷問でつけられたのような跡。
焼き塞がれた目を刃物で切って目を開いている。
焼かれた目、突如として傷が発生する魔法。
クレアの中で、一人の魔女が浮かび上がる。
そして確かめるように地面を確認した。
戦闘しながらでは見落としていたが、砂浜に隠れるように針や鉄球が落ちている。
自身に現れた傷跡と砂浜に落ちているものの形状を照合するに、クレアの推測は確信に変わる。
「アンタ、 “影殺姫”のノースね……」
「へぇ~煉燦姫ともなると犯罪者リストも検閲出来るようになるのか?」
「アタシが煉燦姫だからというよりも、風紀委員は犯罪者リストを限定的にだけど閲覧できるのよ」
そのリストの中で経歴が印象的だったから覚えている。
影殺姫――ノース。
片眼鏡型の種器で、種器越しに見た相手の影と身体をリンクさせる魔法を扱う。
相手の影の右腕に針を刺せば、その影の持ち主にも影と同じ右腕に針で刺された怪我をする。
その魔法の性質上、種が分かれば対処されやすい真正面からの戦闘に向かないが、暗殺などに最適な魔法として政府に仕えていた。
「けれど国を裏切り、反逆罪として目を焼かれ、その後逃走……。まさかラミアに加入していたとはね」
リストにあった情報を述べたクレアに憤ったのはノクティスではなく、傍で魔力を練っていたリーリスだった。
緩やかに波打つ金髪と黒いドレスに薄いヴェール、煌びやかな装飾品を身に付けていたリーリスの目には歪で禍々しい様相の片眼鏡をいつの間にか身に付けている。
「それは違います。先に裏切ったのは国の方です。国はノクティスの魔法を恐れ、散々利用してきたにも関わらず彼女の目を焼き塞いだんです。だから私達は『庭園』を――」
「おい!」
熱がこもっていくリーリスを制止させるノクティスの声。
ノクティスを制止させるリーリスを見ていたからこそ、今の逆転した雰囲気に僅かに戸惑うも、戦闘態勢のノクティスに気持ちを切り替える。
「過去や目的なんて、死んでいく奴らには関係ねぇだろ」
ノクティスはローブで隠されていた背中に手を回すと、片手斧のような武器を取り出した。
数は二挺、柄の下で鎖でつながれている。
鋭利な刃先と鏡が埋め込まれた斧頭。
おそらくこれが魔法の正体がバレた時の戦闘スタイルなのだろう。
そしておそらくノクティスは視力を失っている。
なのにクレアとまともにやり合い、なおかつ魔法を使えているのは彼女のパートナーのおかげだ。
リストにあった片眼鏡型の種器をリーリスが身に付けているのを見るに、リーリスの特性はおそらく授吻した相手と視力や視界を共有するという風なものだろう。
それでもあくまでリーリスの視界であり視力。
本来種器とは持ち主、つまりはブレイド本人しか扱えない。
ノクティスのものであるはずの種器でリーリス越しに魔法を扱えるのか疑問だが、実際に使えているのだからそういう手段があるのだろう。
「メイリー、魔力の感じは?」
「解花行けます!」
クレアはノクティスに注意しながらメイリーの傍へ移動する。
「魔法がバレた以上、こっちも解花しねぇと勝負にならねぇか」
授吻は相手の隙であり、自分たちが授吻するチャンスでもある。
ノクティスもまたリーリスの元へ移動して身体を寄せる。
そして互いに授吻を行い、互いの魔力の絶対量が跳ね上がった。
クレアの赤く輝いた髪がチリチリと火の粉を放ち、緋色の片マントが強調するように舞い揺れる。
白い光を放つ朝日に負けない輝きを持った、熱量の収束を感じさせる赤色の球体がクレアの周りに現れる。
リーリスのかけているノクティスの片眼鏡型種器もまた、授吻とともに変化する。
黒装飾の片眼鏡は両眼鏡へと変化し、彼女らの周囲に突如として現れる五つの円筒。
筒の端にはガラスがついており、重力に逆らってふわふわと浮いている。
「解花――炎燦装」
「解花……影写筒」
煉燦姫の眩い熱光に、ノクティスの火傷跡がズキズキと疼き始めていた――――。




