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第六十九話「庭園《ガーデン》」

 魔女の始祖が一人、ブレイドのサイが生み出し、死後も継承されてきたユリリアの聖域――『庭園(ガーデン)』。

 そこに咲く百合の花はただの花ではなく、世話をしていないのにも関わらず枯れることはなく、燃やそうとしても燃えることはなく、すべての花を切り落としても、根元から掘り起こしても次の日には元通りになっていた。


 そしてもう一つ、『庭園(ガーデン)』の百合の花には特別な力があった。

 それはブレイドが食べれば願った魔法を、シースが食べれば望んだ特性を得ることが出来るというもの。


 魔女にとってそこは願いを叶えることが出来る楽園そのものであり――争いの種でもあった。

 その楽園を手に入れるため多くの魔女が争い、命を落とした。


 激化する争いに終止符を打つべく、ユリリア国の国家形態を作り上げたとも言える魔女の一人が『庭園(ガーデン)』の百合の花を食べ、『庭園(ガーデン)』を消滅させる魔法を願い、そして特殊な特性を持ったシースの融吻など、様々な手を尽くしてようやく『庭園(ガーデン)』は完全なる更地となった。


 『庭園(ガーデン)』跡地には、ユリリア政府機関が出来上がり今のユリリア国の形態が完成した。


「『庭園(ガーデン)』……あれは欲望につけ込んだ負の遺産だ。あれを管理できるほど、人間というものは理性的ではない」


 深く構えるティアナはミリナ達に自身が行おうとしていることの危険性を説く。


 『庭園(ガーデン)』が復活すれば、大輪七騎士(セブンスリリー)の抑止力も弱まり、軍政国家のユリリアで魔法や特性に恵まれず肩身の狭い思いをしてきた人達が『庭園(ガーデン)』を求め暴走するかもしれない。

 そうでなくとも野心を抱いた人達が『庭園(ガーデン)』を求めて謀叛を起こすかもしれない。

 下手をすれば大輪七騎士(セブンスリリー)の中でも戦力が分かれるかもしれない。


 どう転んでも内乱は必須で地獄の絵図になるのは容易に想像出来る。

 ティアナの珍しく真剣な否定に、ミリナは少し驚いた。


「意外だね。魔法が原因で憧れてた人に否定されて夢を諦めたあんたなら少しくらいは賛同してくれると思ってた」


 ミリナの知っているかのような口ぶりを、ティアナは動揺することなく冷静に分析する。

 

「なるほど。授粉した相手に情報を見抜く力を与える。それがおそらく君のパートナー……ルシフェリア君だっけ? 彼女の特性というわけだね。サラ君が応化特性者だということもその特性で知ったのかな? ただあまり物事を有利に運べていないというところを見るに見抜けるのは抽象的なものなのか、部分的なものなのだろうね」


「さすがの分析力だね。まーそんなところだよ。ルシフェリアの特性はとても戦闘向きじゃないし、かといって探索や尋問に使えるほど便利なものでもない。そのおかげで散々な目に遭ったみたいだよ」


 ティアナはルシフェリアを見据える。

 人懐っこそうな笑みを顔に貼り付けてはいるが、あまり良い過去を持っているわけではなさそうだ。


「確かにユリリアではいかに強力な魔法が使えるか、いかに便利な特性を持っているかというのは才能という抽象的なものと違って如実に現れる。軍政国家というのもあるせいか魔法や特性に恵まれない子は排他的な扱いを受けることもしばしばある」


 ――――実力は認める。それでも貴女では大輪七騎士(セブンスリリー)になれない。


 今でも鮮明に残る言葉がティアナの脳裏に過ぎる。

 自身が抱えている過去と彼女らが負ってしまった傷を比べることなど出来はしないが、『庭園(ガーデン)』を求める彼女らの気持ちが分からないこともない。


「だがそれでも、そんな現実を受け入れて自分が持っているカードで勝負するしかない。だから私は夢を諦め、新たな夢を見つけた。この戦いはその夢の第一歩になると今確信した。行くぞミリナ君! それにルシフェリア君! 二人共……いや、君達全員更生させてあげよう」


 刹那、ミリナの視界をティアナの姿が埋め尽くす。

 一瞬にして距離を詰められたのだろうが、速さとはまた違う、ティアナの動きを脳が処理出来ていないような感覚。


「やば――――」


 回避出来る距離感ではなく、防御が間に合う間合いでもないことを無意識に察するミリナ。

 腹部にお見舞いされた一撃を思い出し、思わず全身の体が攻撃に備えて強張る。


 全身を覆う魔力鎧(アーマー)の急所に魔力を集中させてダメージの軽減を図る。

 グッと覚悟を決めたその瞬間、


「会長ッ!!」


 リサナの声が強く響く。

 ティアナは強い殺気の込められた一振りを目の端で捉えて、体勢を無理やり回避に努める。

 顔の位置を大きく下げて乱入社の突然の横振りを躱す。

 だがその乱入者はすかさず不安定な体勢のティアナに強力な蹴りを入れた。


「ぐっ――――」


 蹴りは腕でガードしつつも、踏ん張りを効かせることが出来ずにティアナの体は十数メートルほど吹き飛ばされた。

 上手く受け身を取りながら勢いを殺したティアナは乱入者の姿を確認する。


 海風に揺れる鮮やかな血のような赤い長髪、先程まで閉じられていた切れ長の目が開かれて黄金色の瞳がティアナを見据えている。

 スリットの入ったドレスから見えるしなやかな躯体は妖艶さを見せつけ、羽織っている赤黒のコートが威圧感とガードの硬さを感じさせる。

 金色の装飾が施された一メートルほどの緋色の棒が三本、鎖によって繋がれている武器、いわゆる三節棍を手にしている。


「あー……うん、誰か状況説明……いやいいやめんどくさい。とりあえず誰を殺せばいい?」


 気だるそうに呟く赤髪の女性に、ティアナは本格的に腹を括る。

 

「どうやらお目覚めの時間になったようだね。私としてはもう少し眠ってもらってた方が良かったんだけどね」


 つい先程までゴーグルの少女エレクトラの背中で眠り姫となっていた赤髪の女性――スカーレットの目覚め。

 それはティアナ達だけでなく、ミリナにとってもあまり望んでいない状況だったようで。


「邪魔しないでスカーレット。あれは私の相手だよ」


「……ミリナにあれの相手は無理。あれはこっちで相手する」


「でも――――」


 異議を唱えようとするミリナをスカーレットは金色の瞳で睨み黙らせる。

 

「しつこいのは嫌い。ミリナとルシフェリアは他。異論は認めない」


 スカーレットにとって因縁や過去などどうでもいいこと。

 勝てないと判断したから変わる、ただそれだけ。


「スカーレットの姉貴の言う通りっすよミリナさん。さっきまで手も足も出ずボコボコにされてたんすから、ここはスカーレットの姉貴に任せて応化特性者の方お願いしますって。じゃないと姉貴の不機嫌が僕に降りかからんすから」


 エレクトラの戦況分析と見せかけた保身発言に、ミリナは悔しみにいた唇を噛みながらも受け入れる仕方なかった。


「分かった。でも、ブレイドは殺していいけどシースの方はダメ。絶対に手を出さないで」


「シースを先に狙うのは定石。それはめんどくさい」


「……お願い」


 嫌がるスカーレットのコートを掴み、ミリナは訴える。

 数秒、睨み合いが続くが意外にも折れたのはスカーレットの方で。


「じゃあ終わったらミリナは一週間お世話係」


「分かった」


「マジっすか!? じゃあ僕は一週間姉貴の世話せずに済むんすね!」


「エレクトラはその間雑用係」


「なんでっすか!? 雑用ってお世話係より下みたいで納得出来ないっす! 断固抗議するっす!」


「納得は必要はない。了承か承諾か、ただそれだけ」


「理不尽っす…………」


 ガクッと項垂れるエレクトラ。

 この場をスカーレットとエレクトラに任せたミリナとルシフェリアはサラ達の元へと向かう。


「じゃあねリサ姉。やり切れない感は残るけど、まーあたしはリサ姉が手にはいればなんでもいいし」


「ミリナ……」


 リサナとしても自身の手でミリナを連れ戻したい。

 だが戦況としてスカーレット達をサラの元へ行かせるわけのもいかない。


 ミリナの言う通りやり切れない気持ちはある。

 だがホワイトリリーの副会長として、私情で戦況を悪くさせるわけにもいかない。


 今はサラ達の元へと向かうミリナ達をただ見送るしか出来ない。


「……仕方ありませんね。会長、とっとと終わらせてサラさん達の元に向かいますよ」


「そうだね。私としてもミリナ君とこの終わり方はあまり気持ち良いものでもないし」


 指の関節を鳴らすティアナと、横に並び敵を見据えるリサナ。

 対するスカーレットは挑発とも取れるすぐ終わらせる宣言をされたにも関わらず冷静に殺しの対象であるティアナを見据える。

 項垂れていたエレクトラも流石の戦闘前となれば気を引き締めていた。


「血祭る……」


 脱力しながらも確かな力強さを感じる芯の通った立ち姿。

 警戒していたにも関わらずティアナが直前まで気配を読み取れなかった。


 総合的な実力を考えて、この戦いを制した側が完全に有利となる。

 

「「――――ッ!!」」


 この場で最高戦力たる二組の戦いは、間合いに入った瞬間激しい打ち合いを持って始まった――――。


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