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第六十一話「再会の浜辺」

 ティアナに背中を押されリサナはミリナのもとへと向かった。

 少しの気まずさと恥ずかしさを抱えつつ、感動の再開をした二人。

 数分会話を重ね、ミリナは仕事があるので後でゆっくり話そうととりあえずは別れた。


 日も落ちて夜、サラ達が旅館でくつろぐ中、リサナは旅館を出てミリナとの待ち合わせ場所へと向かう。

 旅館から歩いて十数分の場所。

 海の音が夜風に乗って聞こえる砂浜のベンチ。

 

 そこで待っていたのは白いメッシュが一部入った青い髪の少女。

 夜風で体が冷えないよう上着を羽織り、両足を遊ばせながら待ち人を待つ姿は幼気な少女そのものだ。


 そしてリサナの様子を確認すると、その少女――ミリナは飼い主を見つけた子犬のようにはしゃぐ。


「リサ姉!」


「お待たせしてすいません、ミリナ」


 数年ぶりの再会。

 気になること、話したいことは山ほどあるのに、会話の切り口が見つからずた少しばかりたどたどしい雰囲気になる。


「ミリナはいつからここに?」


「ここに来たのは最近だよ。あの店はあくまでバイトで来てただけなんだー」


「そうですか。養成施設を去って港街で生活しているとは聞いていましたが……どうですか? 元気にしていましたか?」


「まあこの通り元気満々だよ。施設を出た後は港の方でしばらく漁師さんのお世話になってたんだけど、今はその時に知り合った人の所でいろいろ手伝いとかしてる。リサ姉はどうなの? あのホワイトリリーで副会長をしているとは聞いてたけど?」


「こちらもぼちぼちですかね。会長に振り回される日々ですが……まー退屈しませんよ」


「でもやっぱり凄いよねリサ姉は。ホワイトリリーの副会長って言えば将来安泰の肩書じゃん。やっぱりあたしなんかとは違うなー」


 ミリナは自嘲気に笑う。

 

「あたしは養成施設を逃げ出したようなもんだし、リサ姉の隣になんて思ってたけど夢のまた夢だったよー」


「そんなことおっしゃらないでください。人には得手不得手があります。確かにユリリアでは強さに重き置く風潮がありますが、ミリナはその優しい性格故に騎士になれなかっただけです。その優しさは欠点ではなく長所です」


「優しくなんかないよ。あたしは臆病なだけ。ブレイドでありながら戦うのが恐ろしくて、血を見るのが恐くて、虐めてきたてくれたけど、あたしはそんなリサ姉の思いに応えることが出来なかったんだよ」


 何か言ってあげたい。

 でも何て言えばいいのか分からない。

 ミリナがリサナをリサ姉と呼ぶように、リサナもまたミリナを妹のように思っていた。

 自分が何の力にもなれなかったから、ミリナは養成施設を去ってしまったと心にとっかかりを抱えていた。


 だが、ミリナもまたリサナに負い目を感じていたことを知る。

 下手な慰めも出来ず、リサナは言葉に詰まってとある人物を思い出す。

 

 こんな時、会長ならどうするのだろうか、と――――。


 数秒、沈黙の中に波音が響く。

 そしてミリナは思いに耽た暗い表情から一変、元の明るい姿で話し出す。


「あ、でも養成施設を出てって悪いことばかりじゃなかったよ。今お世話になってる人に出会えたのはそのおかげでもあるし。どのみちあのまま続けてても騎士にはなれなかっただろうし」


「そんな出会いが……。いつかまた紹介して頂きたいですね。ちなみにどのようなお方なんですか?」


「んー……あたしをいろんな意味で鍛えてくれた人かな。あたし、昔と違って結構逞しくなったんだよ」


「確かに貴女の言動は昔には無かった覇気を感じますね。自信をつけて精神的に成長した証拠でしょう。そのお方には感謝しないといけませんね」


「ほんとにね。あの人と出会ってなかったら元の……弱虫のあたしのままだった。今の変わったあたしをリサ姉に見てほしくて。そしたらこんな場所で再会……これはもう運命と言ってもいいよね?」


「そうですね。今の貴女を見ていると成長をひしひしと感じて心に来るものがありますね」


「なんかリサ姉、感想が年寄みたい」


「……確かに。こんな感想を抱けるほど私も歳を重ねてはいませんね」


 クスっとお互いに笑みがこぼれる。

 

「何はともあれミリナが息災そうで安心しました。私は貴女に何もしてあげられませんでしたから……そのことについて謝りたいとずっと思ってまして……」


「リサ姉が謝ることなんてないよ! 力がなかったのはあたしの問題、施設を去ったのもあたしの意思、リサ姉を慕っていたのもあたしの勝手。だからそんな顔しないでよ」


 後悔、懺悔、罪悪感、無力感。

 リサナの顔から滲み出るそれらにミリナの申し訳なさそうにして、そして強く抱きしめる。

 体を包み込むミリナの熱、震え、力強さにリサナは少し驚きつつ、安心したように背中に手を回した。


「ありがとうミリナ」


「あたしこそ逆にゴメン、リサ姉。気を使わせて……」


 心のしこりが取れてスッキリしていくのが感覚として伝わる。

 歩く道は違ってしまったけど、心は繋がっていると理解する。

 

 数分、心を通わせる抱擁。

 そして少しの気恥ずかしさがこみ上げて二人は離れる。

 気まずい雰囲気が流れると、ミリナは調子を取り戻るように立ち上がる。


「そうだ! あたし、リサ姉に見てほしいものがあったんだ」


「見てほしいもの?」


「そ。あたしの成長した姿ってやつかな。ついて来てよ」


 いったい何を見せてくれるのか。

 リサナは心を躍らせながらついていく。


 前を歩くミリナの軽く飛び跳ねるような足取りを微笑ましく思うリサナ。

 砂浜を歩いた先にある小さな小屋に辿り着き、扉のノブに手をかけたミリナはもったいぶるようにリサナを見る。


「ふふーん。多分リサ姉驚くよー」


「ミリナったら……一体何を見せてくれるんですか」


 プレゼントボックスを開ける時のようなワクワク感を抱きながら、リサナはミリナが扉を開けるのを待ちわびる。


「それじゃ、行くよ。じゃーん!!」


「一体何を見せ――――」


 嬉々揚々と扉を開けるミリナ。

 期待感を胸にリサナは小屋の中を覗き――――言葉を失う。


 小屋に元からしみついているであろう潮の香りと、扉が開かれたことにより外へと逃げる腐臭。

 薄暗い部屋に月明かりが差し込み、その中が明らかになる。


 小屋の中で乱雑に倒れる六人の女性。

 三人は体中の肉が何かに食われたかのように千切られ、あまりの苦痛に舌を噛み切ったような形跡がある。

 二人は泡を吹いて、もがき苦しむ様子が想像できるような引っ掻き傷が首に残り、指先に皮膚と血がこびりついている。

 そして残る一人は辛うじて息はあったものの、人一人と同等のサイズをした軟体動物の触手に体を締め上げられ、たった今、生木を無理にねじ切ったような、湿り気を帯びた不協和音を首から奏でて、人形のように動かなくなった。


 目の前の光景に動揺と不快感が一気に襲い掛かる。

 あまりの光景、何かの勘違いかと思いミリナを見ると、中の様子を知った上でまるでテストで良い点数を取った子供のような笑顔をミリナは浮かべていた。


「これは一体どういうことです……ミリナ、貴女一体何を……」


「この人たちはね、昼間あたしにちょっかいをかけてきた人たちなんだー。あまりに腹が立ったからつい殺しちゃったー。あ、イリスさんとサラさんだっけ? あの二人には改めてお礼しないとね。二人がいなかったらあの場で殺しちゃってたし。目立つなって言われてるのに……」


「自分が何をしているのか分かっているのですか? 貴女は今、誰と何をしているんですか!」


「言ったじゃん、今はお世話になった人のお手伝いしてるって。ほら、これ」


 ミリナは上着の袖を捲り上げる。

 腕にはユリリア人の花紋に這うように蛇のタトゥーが彫られている。

 見覚えのあるシンボルに、リサナは後ずさり警戒の構えを取った。


「その入れ墨……ミリナ貴女、“ラミア”の一員なのですか?」


 一級指定犯罪組織の一つ――“ラミア”。

 裏社会はもちろん、騎士学園関係者なら知らない者はいないと言われるほど知名度のある組織。

 組織の規模は大きいものの、逮捕された構成員のほとんどは下っ端であるためなかなか実態が掴めない組織でもある。


「リサ姉、あたし立派になったでしょ。昔は虐められてもやり返す度胸なんてなかったけど、今じゃこうやって殺すことも出来るようになったんだ。すべてあの人のおかげだよ」


「ミリナ……今なら人生をやり直すには間に合います。今すぐ組織を抜けて自首してください。でないと私は……貴女を逮捕しないといけません」


「……それは無理だよ。組織を抜けることも、リサ姉があたしを捕まえることも。リサ姉が凄いのは知ってるよ。多分あたしの想像よりもっと凄くなってると思う。それでもブレイドの魔法補助なしにシースのリサ姉がブレイドのあたしを逮捕するのは難しいでしょ」


 ミリナの言っていることは正しい。

 リサナがブレイドを圧倒するにはブレイドの魔法補助は必須だ。

 今この場でミリナを捕まえるのは厳しい。

 そんなことはリサナ自身が一番理解している。

 

 それでも――今この場でミリナを引き戻さないと絶対後悔する。

 冷静に状況を分析する理性的な自分と、目の前の少女を助けたいと思う感情的な自分が入り混じる。


「リサ姉、ここで会えたのはラッキーだよ。ずっと誘おうって思ってたんだ。リサ姉も“ラミア”に来なよ。あたしと一緒に行こう。絶対楽しいよ」


 遊びに誘うかのようにミリナは手を出した。

 

「私がその手を取るとでも思っているのですか? 私はホワイトリリーの人間ですよ」


「そんなの関係ないよ。あたしはリサ姉と一緒に居たいだけなんだー。リサ姉の実力なら採用待った無しだよ。あたしも推薦するし。それに、リサ姉が拒むなら代わりの人を連れて帰るだけだよ。例えば……応化特性持ちと魔法複合計画の成功例とか、ね」


 表情に出してはいけない。

 感情を気取られてはいけない。

 分かっている――それでも動揺は隠せない。


 サラの特性は超機密情報且つ最新情報でもある。

 噂などで広まるには期間が短い。

 だとしたらこのピンポイントな情報はかまをかけている可能性は薄い。


「どこでそれを……」


 ミリナの魔法は知っているからこそ違うと判断できる。

 六人の死体を見るにミリナの潜在魔力だけでは難しい。

 必ずシースの魔力が必要なはず。

 “ラミア”の情報網か、それともシースの特性か。


 いくつもの可能性が脳裏を過る。

 夜風で冷えた頭が、張り巡る思考によって熱くなる。


「この情報はあたししか知らない。だからリサ姉の判断がどれだけ大事か分かるでしょ。二週間後、あたし達はこの島を出て行く。リサ姉が来る気ならまたこの場所で会お。リサ姉が来なかったら、サラさんとイリスさんを連れて行く。あ、もちろんこのことは誰にも言っちゃダメだよ。その場合も二人を連れていくから」


 二人にはアリシアやクレア、何よりティアナが傍にいる。

 そう簡単に連れて行けるものではないが、それでもブレイドの魔法、シースの特性は初見殺しと言っても過言ではないものも存在する。

 残留する魔力残滓などから個人を特定、追跡することは可能だろうが、それでも一度攫われたら主導権を握られることに変わりはない。


「じゃあね。リサ姉、機会があったらまたこの場所で」


 そう言って去っていくミリナを止めることが出来ない自分の無力さに再び苛まれながら、リサナはただ立ち尽くすことしか出来なかった――――。

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