第五十八話「エキスパートコース殺意高すぎません!?」
「痛っ! ――んぎゃ!?」
開始の合図とほぼ同時、ティアナ会長を起点に衝撃が走りあたしは後ろに吹き飛ばされた。
すぐに体を起こして何が起こったのか確認すると、横薙ぎで飛んできた巨大なゴムハンマーをティアナ会長が押さえ込んでいた。
「さすがエキスパートコースだ! 初っ端から派手じゃないか!」
「エキスパートコース殺意高すぎません!?」
「よく考えて見たまえ。ユリリア人の約半分はブレイドだ。彼女らが楽しもうと思うとこのくらい当然なのだよ」
確かにそうだけど!
ティアナ会長が止めてくれなかったらあたしは今頃ホームランだよ!
みんなはすぐに飛び避けていたけど、反応が遅れてしまったあたしをティアナ会長が庇ってくれたのは分かる。
「それに今の君ならこれくらい反応できると……なるほど! リサナ君の宿題だな!」
完全に油断してたからこれはタラレバだけど、普段のあたしならギリギリ反応できたかもしれない。
でもあたしは今、リサナ副会長から宿題をもらっている。
『この飲み薬は魔力安定剤。貴女は毎朝これを飲んでください』
『これを飲んだら魔力が安定するんですか?』
『いえ、魔力が不安定になった瞬間体に電撃が走ります』
『魔力矯正剤に名前を変えた方がいいと思います!!』
ということで、あたしは魔力を安定することに心血を注いでいる。
さっき吹き飛ばされた時も電撃が走って今体がヒリヒリしている。
「そういうことならこのエキスパートコースは最適だ。足場の悪さ、迫りくる障害物、負けたら罰ゲームというリスク。戦闘中のシースが経験する状況にぴったりだ。君は魔力を安定させながら練り、このエキスパートコースをクリアする。フォローは私がしよう。ではいざゆかん!!」
ティアナ会長が巨大ゴムハンマーを押しのけて進む。
他のみんなはもう先に進んでるけど、あたしはティアナ会長に追いつくので必死でそんなこと気にしてられない。
もっと気楽に楽しめると思ったのに結局これだよ。
ティアナ会長はいろいろともたつくあたしのフォローに徹してくれた。
水上で不安定な足場、振り子のように揺れるゴムハンマー達、あちこちから飛んで来るボール、棒状の障害物が回転しながら迫りくる。
障害物を躱す度、風圧で髪が重力に逆らって強く靡く。
「ぎゃあっ! マジでこれ当たったら骨折れる!!」
「集中したまえサラ君。君の身体能力自体は他のシースと遜色ない。魔力を安定させるということは言ってしまえば特別なことをしないということだ。魔力を安定させるのではなく、魔力は安定しているのがノーマルだ」
ティアナ会長のアドバイスを聞きながらあたしは何とか無事にエキスパートコースを乗り越えていく。
そんなあたし達の先の方では、みんなが接戦を繰り広げていた。
先頭を進むアリシアとクレア、わずか後ろにイリス。
その後ろにリサナ副会長、少し離れてリーナとメイリー。
「さすがだなクレア。私も負けていられない」
「それはこっちのセリフよ」
「オレを忘れてんじゃねぇよ」
ブレイド組の身体能力はシースより高く、エキスパートコースを難なくクリアしていく。
そして最終コースは足幅よりほんのわずかに広いくらいの長い足場が三本。
バランスを崩せばすぐにプールに落ちるようなコースで、様々な障害物が飛び交いより難易度を上げている。
そんなコースですら真っ先に辿り着いたブレイドの三人は止まることなく突き進む。
左のコースをクレア、真ん中のコースをアリシア、少しだけ遅れて右のコースをイリスが突っ走る。
「埒が明かないわね。そらぁ!」
クレアは飛んで来たゴムボールをアリシアに向かって蹴り飛ばす。
威力が増して意図しない軌道で飛んで来たゴムボールをアリシアは間一髪躱し、そのままイリスの方へ。
「チッ! 邪魔ァ!!」
イリスはそれをアリシアに向けて殴り飛ばす。
躱したと思っていたゴムボールが空気を弾く轟音を響かせながら飛んできたことに多少驚くも、
「お返しだ」
アリシアは勢いを上乗せするようにクレアに蹴り飛ばす。
ただそれすらも、
「なら倍返しよ!」
クレアの蹴りで今にも弾けて割れそうなほど変形したゴムボールがアリシアに飛んでいく。
アリシアは少し軌道を変化させてイリスにゴムボールを飛ばし、イリスはそれをまたも殴り飛ばす。
障害物に加えて、お互い妨害合戦を繰り広げながらコースを進む三人。
やがて三人はそれぞれ分岐していたルートが集約した一本道に差し掛かる。
肩をぶつけ合いながら、少しでも前に出ようと圧をかけ合う。
三人が並走し、このままだと同着もあり得そうなほど拮抗している。
その拮抗状態をちょっとしたハプニングが打ち崩した。
「サラ君危ない! 水着が取れそうだ!!」
「はぁっ!?」
「ちょ、おまッ!?」
ティアナ会長の叫び声が聞こえたのか、前を走っていたクレアとイリスが目を見開いて振り返った。
激しい動きでズレた水着に動揺して電撃を食らうあたしに目を奪われた二人の隙を見逃さないアリシア。
「隙ありだ!」
両サイドからのプレスを抜け出し、アリシアは一着でゴールする。
半歩遅れてクレアとイリスがゴールする。
三人は肩で息をしていて、アリシアは勝利に浸り満足げな表情、クレアとイリスは悔しそうに眉を寄せる。
「ふーなかなかに楽しめたね」
「くそっ、アタシとしたことが」
「あれはズリーだろ」
そんなブレイド組の後にリサナ副会長、リーナ、メイリーが続いてゴールする。
そしてさらに後でティアナ会長とあたしがゴールした。
結果、体中に電気が走ったのは計五回、ティアナ会長がいなかったら余裕でプールに落ちていた。
ゴールにたどり着いた瞬間、あたしは大の字で寝転ぶ。
体中がヒリヒリして、集中してたせいかかなり疲れた気がする。
あたしが足を引っ張ったせいで結局あたしとティアナ会長がビリだ。
「でもまー無事にゴール出来て良かったー」
「サラ君の水着が取れそうになった時は流石の私も焦った。あのままだとせっかくの楽しい思い出が黒歴史になってしまうところだった」
結果はあれだったけど、あたしもティアナ会長も満足げだ。
今さっきまでは。
「ほう、本当に無事なのかな?」
「会長、黒歴史になるのは今からですよ」
横たわったまま声のする方に視線を向けると、不敵な笑みを浮かべるアリシアとリサナ会長がいた。
「負けたペアは勝ったペアの言うことを一つ聞くだったかな?」
「まさか、罰ゲームの存在を忘れてたわけではないですよね? 会長」
完全に忘れてた。
あたしとティアナ会長は思わず目を合わせた。
いつもハイテンションポジティブなティアナ会長が珍しく冷や汗をかいている。
「サラ君、これは大変な事態になった」
「ですね会長」
アリシアとリサナ副会長は、話を絶対にうやむやに出来ない悪魔のような微笑みを浮かべていた――――。




