第五十五話「訓練二日目シースサイド」
二日目はシース組とブレイド組での訓練だ。
シース組の講師はリサナ副会長、ブレイド組はティアナ会長だ。
前日の疲労が残ったまま、朝日が昇り始めた時間帯に叩き起こされた。
疲労困憊、まだ眠い時間帯。
その条件が揃ったまま瞑想訓練に興じるのは寝てくださいと言ってるようなもの。
「……ぅ……痛いぃ!?」
舟をこいでいたあたしをリサナ副会長はハリセンで叩き起こす。
頭に一瞬の衝撃と痛みを与えられて、強制的に意識をはっきりさせた。
「今は訓練中です。居眠りは許しません」
「そんなこと言われても……」
場所はリゾート地より外れたところ。
遠くから賑やかな声が聞こえるけど、それでも自然の音が目立つ落ち着ける場所だ。
砂浜にシートを引いて胡坐を組み目を閉じる。
ハリセンを片手に見惚れるスタイルのリサナ副会長の水着姿が瞼の裏に浮かび上がり、数秒したら意識が飛んでハリセンで叩き起こされる。
訓練開始からこれを繰り返していた。
「万全の状態の方が効率がいいと思います。よって一旦寝るのを希望します」
ダメ元で言ってみるも、やっぱりリサナ副会長は一蹴する。
「やはり貴女にはシースの役割ということから説明しないといけませんね。ほかの二人には必要ないから省きましたが、今回の訓練のメインは貴女ですし」
「シースの役割って……魔力を練ってブレイドに供給することですよね?」
「マクロに言うとその通りです。私がこれから説明するのはミクロの話です。例えばシースが戦闘時にブレイドから組まれる汎用魔法はなんですか?」
「身を守る為の魔力鎧……ですよね?」
自信はあったつもりだけど、リサナ副会長の表情は硬い。
「……リーナさん。正解は?」
リサナ副会長はリーナに振り、リーナはそれに答え三本の指を立てる。
「ワタシ達シースが通常時に運用する汎用魔法は三つ。身を守る魔力鎧、身体能力を向上させる魔力体、感覚を高める魔力感知」
「え、三つもあるの?」
ただでさえ体を動かしながら魔力を練り、魔力鎧を維持させるので精一杯なのに、そこからさらに魔力を運用を行わないといけないなんて出来ると思えない。
「魔力制度の拙いシングルやダブルの段階で三つを制御させると魔力暴走や怪我のきっかけになりますので最初は魔力鎧だけですが、いずれは三つを制御しつつ魔力を練ることになります。シースはブレイドの魔力補給だけでなく、あくまでも共に戦うパートナー。体力作りや護身術もそのためです。シングルやタブルのブレイドでも上澄みでなければ私でも相手が出来ます。貴女にも最終的にはそのレベルになってもらわなければ」
シースがブレイドに勝つなんて想像できないけど、リサナ副会長が言うのであれば虚勢でもないんだろう。
交流訓練の時、クレアに運ばれる形で移動してたわけだけど、最終的には自力でついていけるようにならないといけないわけで、それをしようと思えば三つの汎用魔法を維持しつつ魔力を練るという行為を当たり前のようにしないといけない。
うん、頭がパンクしそう。
「ともあれすべては魔力を安定させる技術があってのもの。疲労困憊と寝不足で集中が途切れやすい今こそ、魔力を安定させる必要があります」
「それでこんな時間から……。それにしても二人は良く寝ずにいられるよね」
あたしは平然と訓練をこなすメイリーとリーナにコツを聞こうと話を振る。
「んー確かに集中力には欠けるけど、やっぱり経験の差なのかな?」
「ちなみにワタシは余裕よ。アンタと違ってね」
小首を傾げるメイリーと挑発的なリーナ。
その二人との差をリサナ副会長は冷静に分析する。
「メイリーさんとは経験の差というのもありますが、もとの精神力もあるのでしょう。リーナさんは以前から認知してましたがやはり優秀ですね。シングル生でありながら三つの汎用魔法を運用出来るだけはあります。成績を見るに実力だけならトリプルペタル相当です」
「マジ!? 入校試験でトップの成績だったとは聞いてたけどそこまでとは……」
「もっと褒めてくれてもいいのよ……って言いたいけど一長一短なのは理解してるつもりよ」
「そうですね。長所と短所というものはあります。メイリーさんは良くも悪くも安定していて突出した何かがありません。リーナさんは基礎的な能力こそ高いですがトラブル時には冷静さを欠く傾向があります。サラさんは基礎能力こそ低いものの、その応化特性に加えて逆境にも一定の実力を発揮させてます。いえ、逆境こそ力を発揮すると言えますかね」
リサナ副会長は過去のデータを見ながら分析する。
「さて、魔力制御の訓練は一旦これくらいにして次の訓練に進めましょうか。シース組の訓練では最初に魔力制御の訓練、それから魔力運用の訓練に入ります。基礎能力を高めてその力の使い方を理解する。この特別訓練で最低でもトリプルペタルレベル、目指すならクワッドペタルレベルにまで持っていくつもりです」
次の訓練というと魔力運用になるわけだけど、何するんだろうと準備を進めるリサナ副会長を見つめる。
リサナ副会長はあたし達に笛を渡してきた。
「これから皆さんにはこの笛を吹いてもらいます」
「吹くって……どうやって?」
そう、ただの笛なら息を吹き込んで穴を抑えたり空けたりして音を出すわけだけど、渡された笛には咥えるところ以外一切の穴がなかった。
「この笛はただの笛ではありません。気流ではなく魔力を流して音を奏でます」
リサナ副会長は見本で吹いてくれた。
聞き惚れるその音色はプロの演奏さながらだ。
まあ知識に明るくない素人の感想だけど。
「魔力の波長をコントロールし音に変化を加える。可視化しづらい魔力をイメージしやすくし、魔力調整の手助けをすることが目的です。最終的には一曲演奏してもらいますが、とりあえずは音を出すところから始めましょうか」
リサナ副会長に教えてもらいながら音を出してみる。
通常の笛と同じく口を当てて魔力を流す。
リーナは不安定ながらも音が出て、メイリーは掠れている。
あたしに至っては音すら出なかった。
「この笛は魔力の波長が分かりやすく影響します。リーナさんは初めて故の震えでしょうし時期奇麗な音が出るでしょう。メイリーさんは魔力の波長をもう少し一定にすればちゃんと音が出るようになります。サラさんは……頑張ってください」
「あれ、もしかして論理的改善が見込めないくらい酷い感じですか?」
「いえそんなことは……。今はパフォーマンスが落ちているのもありますが、やはり経験的ディスアドバンテージが大きくどうしたものかと。基本的に養成施設の出に関わらず魔力の運用というのはある程度身に付いているはずで、メイリーさんのが普通のレベルです。音がまったく出ないのは予想外でした。ですが魔力を認知してから数か月と考えると当たり前かもしれませんね」
魔力の扱いについてそれなりに身に付いてると思っていたけどそうではないらしい。
「ちなみにあたしのレベルってどれくらいですか?」
「そうですね……養成施設に入って一年といったところでしょうね。例えばリーナさんは走ることが出来て、メイリーさんは歩くことが出来るとしたら、サラさんはようやく立って足を前に踏み出したレベル……でしょうか。ですが気に病むことはありません。魔力が扱えている以上後は慣れです。この訓練期間ではひたすら反復を繰り返しますので、最後にはちゃんと音が出るようになると思いますよ」
リサナ副会長にそう言ってもらえて少しは安心した。
もし同じ時間が必要と言われたら年単位の後れを取っているので絶望的だ。
「ですがスタートラインに立っていないのもまた事実。ビシバシ行きますので休む暇なんてありませんよ」
普段表情の硬いリサナ副会長がハリセンを肩に乗せて薄く笑みを浮かべた気がした。
そう、今となってはあれは悪魔の笑みだった――――。




