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第五十四話「裸の付き合い」

 世の中には裸の付き合いという言葉がある。

 場所はお風呂場、全くの他人であれば気にならないけど、友達という関係でするには気心の知れた仲じゃないと緊張する。

 

 アリシアと下着姿かつ同じベッドで寝たことはあるけれど、裸を見たことはない。

 他も同じで、着替えの際に下着姿は見たことがあるけど、その最終防衛ラインを超えたことはない。

 ましてやみんなエネミット王国ではあまり見ない美人揃い。

 最終防衛ラインを越えてしまったら寝るときに思い出して変な気分になってしまうかもしれない。

 いや女の子相手に何を考えてるんだあたしは!!


「ん? どうしたサラ。早く行こう」


「あ、うん……」


 アリシアは服を脱いで、タオルを体に当てて脱衣所を出ようとする。

 そのタオルの向こう側にはあたしには刺激の強すぎる光景が広がっていると思うと、視線を外さざるを得ない。

 ただそれは他の場所も同じで、あたしはただ脱いだ服を入れる籠だけを見つめていた。


「サラちゃん、行かないの?」


 後ろからメイリーが声をかけてくる。

 おそらく振り向いたらタオル一枚のメイリーが立っていると思うと、やっぱり籠を見つめてしまう。


「あ、いやぁ~……あたしやっぱり後から入ろっかなぁ~って」


 もう後は脱衣所を出るだけの状態だけど、あたしはやっぱり後で一人でゆっくり入ろう。

 

「何恥ずかしがってんだよ。ほら、とっとと行くぞ」


「そうよ。そこまで脱いで置いて帰る方が面倒じゃない」


 硬直しているあたしを、クレアとイリスが両方の腕を掴んで無理に脱衣所から連れ出そうとする。

 これくらい身を寄せ合ったことはあるけど、両腕から感じる二人の柔肌にあたしの頭は煙が出そうなくらい熱くなってきた。


「ヤバいのぼせたかも」


「いや、まだ入ってねぇだろ」


 疲労と緊張で回らなくなった思考で喋るも、イリスは冷たいツッコミを入れる。

 右腕を絡めるように身を寄せるイリス。

 スベスベの肌は少しひんやりとしていて、さながら一切の皴がないセッティングされたばかりの高級ホテルのシーツのようだ。


「ほら、今あたし汗くさいし一緒に入るのは失礼かなって」


「だから風呂に入るんでしょ」


 左腕を抱きしめるように密着するクレア。

 張りと柔らかさが絶妙な体は優しく包むような温もりを持っていて、例えるなら冬の朝にあたしを放してくれないふかふかの毛布みたいだ。


 そうこうしているうちにあたしは二人に運ばれるように脱衣所を出た。

 視界いっぱいに広がる湯気の世界、温かい独特な香りが鼻に通り、心地よい水音が鼓膜をくすぐる。

 岩で囲まれた湯舟に張る風呂の水面に、ひらりと舞う落ち葉が浮かんで流れていく。

 空には満点の星空が広がり、人工的に作られた施設なはずなのに、視界に広がる自然の世界にあたしは感動せざるを得ない。


「諸君! 湯舟につかる前に汗を流さないといけない。さぁ誰から洗って欲しい? ぐへへへ……」


 タオルを置いて、生まれたままの姿のティアナ会長は鼻息を荒げ、なめまわすような目であたし達を見ながら近づいていく。


「会長、代わりにあたしが洗ってあげます」


「お、リサナ君がそんなことをしてくれるとは珍しい。ではお願いしようかな」


「まずは目ですね」


「ああがあああ゛あああ゛あ!!!! 目がァ!? 石鹸で目がぁああ!!!!」


 リサナ副会長は石鹸で泡立った手を躊躇なくティアナ会長の目に当てた。

 のたうち回るその姿は普通なら他の客に迷惑になるけど、幸いあたし達しかいないからこそこんなやり取りが出来るわけで。


「さ、オレ達も行くぞ。身体洗ってやるよ」


 洗い場に連れて行こうとするイリス。

 右腕が引っ張られて身体もそれに従おうとするが、左腕がぴたりと泊まる。


「はぁ? ちょっと待ちなさい。サラを労うのはアタシよ。アンタも今日は疲れたでしょ。サラはアタシに任せておきなさい」


 今度は左腕が引っ張られて洗い場に向かおうとするが、さらに右腕がピタリと止まって制止する。


「ちょっと待て。サラは今緊張してんだ。ここは先輩じゃなくて同じシングル生のオレの方がサラも緊張しなくて済むと思うんだが?」


「それを言うなら付き合いの長いアタシの方がサラも落ち着けると思うけど? それにアンタ、サラの疲れを取るのが目的よ。ただ洗うだけじゃダメなの。こう見えてもアタシ、他の子に洗髪してあげた時、毎日お願いしてもいいですかって言われたくらいの腕よ。見た感じアンタ友達少なそうだし、経験不足じゃない?」


「心配無用。こちとら魔法戦闘に難があって人体構造の勉強はとことんしてきたし、力加減や身体の使い方もそこらのブレイドより上手い。サラが中毒にならないか心配なくらいだ」


「結局それって自己評価でしょ? 他己評価には敵わないわ。プライド高そうだし、自信だけが高くなってるパターンよね」


「なら先に先輩で試してやろうか? 足腰立たなくなるくらい身体ほぐしてやっから」


「いいわよ。経験値の差ってやつを後輩にきっちり教えてあげる」


 ツッコむ気力がないあたしを挟みながら睨み合いどんどん話が進んでいく。

 あんまりちゃんと聞いてなかったけど、最終的にクレアとイリスは二人で向こうに行ってしまった。

 肩をぶつけながら歩いていく姿を見るに円満には終わってなさそうだ。


「アリシア姉様、お……お背中お流しします」


「……ではお願いしようかな」


 緊張で上ずった声のリーナと通常通りのアリシアの声も聞こえながら、とりあえず洗い場に置いてある低めの木製椅子に腰を掛ける。

 温かくしっとりとした木の感触がおしりから伝わる。


「じゃあ残ったわたしがサラちゃんを洗ってあげる」


「ひゃい!? メイリー!? デカッ!? じゃない!」


 にっこにこ上機嫌で後ろからくるメイリーにあたしは驚いて振り向き、タオルすらない姿に驚いてすぐに前を向いた。

 一瞬目に入った情報で得たのはメイリーは意外と大きいということ。

 いやドレス姿とか水着姿を見た時に薄々感じてたけど、いざこうして目の当たりにすると驚きもする。


「お痒いところはありませんか~」


「は、ひゃい……」


 メイリーの指があたしの頭のツボを刺激して本来なら眠りに落ちてしまいそうなくらい気持ちいいのに、たまに背中に触れるメイリーの柔らかい感触が、あたしの疲れを上回る緊張の糸を張り続けさせる。

 

 そんな状態もあって、それからのことはあんまり覚えていない。

 キャッキャウフフと体を洗いっこしたような気がするけど、泡沫の産物のように記憶では朧気だ。

 

 意識が鮮明になったのは少し熱いくらいの湯舟に体を沈めた時だ。

 あたしの気の抜けた声がお風呂場に響く。


 ティアナ会長とリサナ副会長も湯船につかっているけど、広い湯船で少し離れた場所にいる。

 リーナは反対にアリシアに背中を流されててガチガチだ。

 クレアとイリスは……良くも悪くも賑やかにやってる。


「あ~気持ちいぃ……」


「そうだね~。わたし的にはもう少し温度が低い方がいいけど」


「そう? あたしは温めだとそのまま寝ちゃうからこれくらいの方がいいかな。昔はお風呂にゆっくり入るなんて出来なかったから一気に体を温めてすぐに上がる感じに慣れちゃったせいだけどね」


 ちょっとした雑談をした後、静寂が一瞬包む。

 

「ねえサラちゃん。一つ聞いていい?」


「どうしたの? そんなに改まって……」


 メイリーの気を使ったような態度にあたしは困惑した。

 

「サラちゃんってさ、ご両親のこととか覚えてる?」


「いやーあたしは物心ついた時からエネミット王国で孤児院にいたから。聞いた話じゃネームタグがあったくらいで。あとは……背中の花紋くらい? まーこれは親との関連性があるか分からないけど」


 あたしが魔女バレするきっかけ。

 背中にある花のような痣。

 ユリリア人特有のそれはあたしだけじゃなくみんなもある。

 アリシアは右手の甲、クレアは右太もも。

 メイリーの花紋のある場所は胸元でちょっとえっちだ。


「花紋の位置とか形とかは遺伝もあるだろうけど、ちょっと参考にはならないかな。他人でも同じ位置に花紋があるのは珍しくないし」


「それ以上のことは何も分かんないな。でも急になんで?」


「え、あー少し気になっただけ。こういう場だからかな、普段聞かないようなことが気になって」


「なるほど、これが裸の付き合いってやつだね!」


 心のどこかで違和感を抱えつつも、気にすることでもないと思って話を区切る。

 そうこうしているとぐったりと弛緩しきったクレアとイリスがやって来た。


「はぁ……はぁ……なかなかやるじゃない……」


「ハァ……ハァ……先輩こそ……」


 二人はもうすでに火照ってそうで、今から入った数秒でのぼせるんじゃないかと心配になる。

 

 そんなこんなで緊張しっぱなしだったお風呂は終わり、美味しいご馳走を楽しんで、枕投げや卓球に誘うティアナ会長をあしらって眠りについた。

 横になり目を閉じると数秒で気絶するように眠りについた。


 当然、お風呂場での光景は夢に出てきた――――。


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