第五十一話「グッバイ長期休校」
ユリリア人のルーツとなった二人。
ブレイドの“サイ”とシースの“リリウム”が始祖の魔女と呼ばれた二人だ。
あたしもここに来て名前くらいは聞いたことある。
そんなビックネームと同じ特性が、まさかあたしにあるなんて思ってもしなかった。
応化特性――適応進化。
授吻した相手に最も適した特化型魔力へと変化し、授吻を重ねるほどにその特性は顕著になっていく。
「ちなみに応化特性ってどれくらい珍しいんですか?」
現学生のアリシア達はもちろんのこと、アレクシア先生ですら首を横に振る。
「少なくとも私は見たことがない。だが有名なのは二人。一人は三世代前の大輪七騎士第一席のパートナー。そしてもう一人は一世代前の大輪七騎士をパートナーを含め六人殺害した歴史上最低最悪と言われた犯罪者のパートナーだ。まあそれだけを見ると一世代に一人くらい稀有な特性だ」
「……とりあえず珍しいことは分かりましたけど、これがなんで国家機密情報みたいな大袈裟な話に?」
「……サラ、お前は与えられた情報から状況を読み取る思考力を養った方が良い。相手に適した特化型魔力へと変化する応化特性。それに加えて適応進化は授吻重ねるほどに強くなる。いわば最も手に馴染み使えば使うほど強くなる武器。ブレイドにとって喉から手が出るほど欲しい人材だ」
つまりどんな料理だろうが使えば使うほど美味しくなる調味料みたいな感じかな。
確かにそんなものがあれば欲しくなるのも分かる。
「今話した応化特性者をパートナーにしたブレイド……片や当時最強の称号である大輪七騎士第一席、片や大輪七騎士を殺害した大犯罪者。正義と悪、応化特性者を手にした側に戦況が傾くと言っても過言ではない。それほどまでに強力で、加えてその適応はシースにも該当する。これがどういう意味か分かるか?」
アレクシア先生に振られてあたしは考える。
授吻した相手に適した魔力に変化するという特性は、ブレイドにこそ有効と思ってた。
もしシースを相手にその特性を活かす状況とくれば――――、
「“融吻”……ですか?」
「そうだ。本来“融吻”とは実力のあるシースが長期間かけて魔力の波長を合わせて行うことのできる高等技術だ。応化特性はその魔力の波長を合わせるという工程を省く。つまりは誰とでも“融吻”が可能ということだ。これほどまで利点のある応化特性を、仮にテロリストの手にでも渡った場合とてつもない脅威になりえる。故に応化特性者は保護及び監視の対象になるわけだ」
「もしかしてどこかで隔離されたりする感じですか?」
「このことが国に知られればそういうことになるかもしれない。だが私的にも、学園的にもお前の意思を尊重したいと思っている。サラ、お前は学園に居たいか? それとも今すぐにでも国の保護を受けたいか?」
せっかくホワイトリリーでの生活にも慣れて友達も出来た。
ここでみんなと離れるなんて絶対に嫌だ。
「あたしは――――」
みんなと一緒に居たい。
そう言おうとした瞬間、言葉に詰まる。
国が保護すると言っているほどの事態だ。
もしかしたらあたしが原因でみんなを危険な目に合わせてしまうかもしれない。
あたしのわがままでみんなを危険に巻き込むわけにはいかない。
それならあたしは――――
「サラ、大丈夫だ」
思考を読み取ったのか、アリシアはあたしの肩に手を置いて笑みを浮かべる。
「君のことだから私達の身を心配しているんだろう? それなら私は、いや私達の答えは一つ――大丈夫だ。君が一緒に居たいと言うのなら遠慮なんてしなくていい。確かに応化特性者を狙う輩はいるだろう。それに私達も巻き込まれるかもしれない。だが君は友人だ。どんなことでも遠慮なく巻き込めばいい。君の言葉を借りるなら、“どんとこい”ってやつさ」
「アリシア……」
あたしはアリシア達を見る。
みんなアリシアと同じ意見なのか、目を合わせると笑顔で頷いてくれた。
みんなの優しさを感じて、あたしも腹を括る。
「先生、あたしはみんなと一緒に居たいです」
「そうか。それならお前には強くなってもらわないといけない。いくら学園で保護すると言っても贔屓するわけにはいかない。次のペタル試験で落ちれば国の保護行きだ。この学園に残る為にも、お前を狙う連中から身を守る為にもお前は今より強くならないといけない。というわけでこの長期休校の間、特別訓練を行う」
「特別訓練……え、もしかして休みない感じですか?」
「何か問題でもあるのか? ついこの間まで他国で過ごし、養成所にも通ってないお前はこの長期休校で挽回するしかない。安心しろ、環境委員会には私から話を通しておく。他に質問は?」
確かにあたしは家に帰るわけでもないから今現在ある予定としては委員会の仕事くらい。
さすがにこの空気で遊びたいですとは言えない。
「……はい、頑張ります」
肩を落とすあたしを無視し、アレクシア先生はアリシア達に目をやった。
「可能ならお前達も参加しろ。何度も言うがこれは国家機密情報に該当する案件だ。もし今後、サラを狙った連中と戦うことになった時、ここにいるメンバーだけが戦力となる。だからお前達にはこれまで以上に強くなってもらう必要がある」
みんなも忙しいと思ったけど、思いの他参加率が高いようで、
「私としても強くなれるのならぜひ参加したいです」
「もちろんアタシも行くわ。サラはアタシが守るから」
「わたしも、サラちゃんが行くなら行きます」
「ワタシだってアリシア姉様が行くなら行くわ!」
「オレも参加する。もっと強くならねぇと」
全員の意思を聞き、アレクシア先生は満足げな笑みを一瞬だけ浮かべた。
そしてすぐに平静に戻ると、指導室の扉を睨みつける。
「良し。長期休校の間、私達教師陣はいろいろやることがあって面倒を見ることが出来ない。そこで彼女らに特別訓練でお前達の面倒を見るよう頼んでおいた。おい、いい加減入ってこい」
アレクシア先生は不機嫌に言うと、自然とあたし達も扉の方へ目が行った。
一秒にも満たない静寂を切り裂くように、勢いよく扉が開かれる。
「フハハハハハ! 呼ばれて飛び出ていざ参上! 御機嫌よう諸君! みんな大好き生徒会長だぞ☆」
扉を開けて高らかな笑いとポーズを決めながら、なんかもの凄い人が来た――――。




