第五十話「応化特性」
深刻な空気が漂う生徒指導室。
眉をひそめるアレクシア先生は、あたしの魔力測定結果を持ったまま腕を組んで言葉を切り出す。
「集まってもらったお前達はサラと親しく、それでいて信頼におけると調査して判断した人選だ。今からする話は国家機密情報に該当する。もし聞く覚悟がないのなら申し訳ないが退室してくれ。ちなみにサラは強制参加だ」
退室を申し出ようと手を上げる前にアレクシア先生はあたしに睨みを利かせて制止する。
他のみんなは覚悟があるのか、それとも興味が勝ったのか誰も出て行く気配はない。
全員の顔を確認したアレクシア先生は話を続ける。
「良し。全員、サラの魔力測定結果を見てくれ」
アレクシア先生は机の上にあたしの魔力測定結果表を広げる。
全員一通り目を通して、あたし以外が驚いていた。
「これは……驚いたね」
「アリシア、アンタとんでもない人材見つけてきたわね」
「これってそういうことですよね……」
「確かにこれは国家機密ね……」
「サラ、お前何者なんだよ……」
全員、書類からあたしに視線を変える。
動揺と驚嘆、この場全員の感情が、あたしだけ理解できない。
「えっ、何? どういうこと?」
もう一度自分の魔力測定結果を見る。
間違い探しするように複数の書類に目を行ったり来たりしながら、それでも分からないあたしにアレクシア先生が説明を始めた。
「これが最初の結果だ。魔力の安定性以外相変わらず酷いものだが問題はそこじゃない」
「そこじゃないなら言わないでくれません?」
「これがアリシアと授吻後の結果だ。ここの数値を見ろ」
「あれ? 注いでる魔力量が上がってる? なるべく均等に注いだつもりだったんですけど」
「お前の魔力操作が拙いのもあるが、おそらく無意識化で回復した魔力分を多く注いでしまったんだろう」
「先生、一セリフ一けなしみたいな制約でもあるんですか?」
「次はクレアとの授吻後だ」
「あれ? 今度はさっきより魔力量の数値が揃ってる。でも濃度が徐々に上がってる」
「そうだ。平均以下が平均を超えている」
「先生、一セリフ一けなしみたいな(略)」
「次はイリスとの後だ。魔力の安定性の項目を見ろ」
「三回目の結果がめちゃくちゃ安定してる……その代わり魔力量とか濃度はいつも通り。イリスと授吻するから安定させることに意識を向けてたからかな?」
「それもあるだろうが、意識だけじゃ最初の酷い結果からここまでにはならん」
「先生、一セリフ(略)」
「何が言いたいかって言うと、サラの魔力は授吻した相手によって結果が変わっているということだ。アリシアは魔力量、クレアは濃度、イリスは安定性。話によるとリーナと授吻した際、魔力を送り合ったが特に支障はなかったようだな」
「確かに。でもアリシア達はそれぞれどういう魔力を求めてるか聞いてたからついついそっちに重視した結果とかじゃないですか? リーナとも元々魔力の波長が近いとか?」
あたしの推測を述べてみたけど、アリシア達の賛同は得られなかったようで、アリシアが割って入った。
「サラ、確かに魔力の練り方によって数値の変化は見られるけど、最初の結果を基準にした場合、ここまで数値が良くなるとは考えにくい。それに最初の魔力測定結果、魔力の安定性はなかなかだ。イリスとの授吻なんか意識してないはずなのに、だ」
「……とりあえずあたしの匙加減以外の要因で数値が変わってるのは分かりましたけど、結局どういうことなんですか?」
アリシアの説明をフワッとだけど受け入れて、アレクシア先生に続きを求めた。
一瞬だけ、ここまで説明して何故分からないというような目で見られた気がするけど、すぐに何かを察して表情を消す。
「そうか。サラ、他国で住んでいたお前はこの国の歴史に疎かったな。お前の魔力、その特性は魔力の回復速度の特化型特性と言われていたな。かく言う私もアリシアのペタル試験を見た時はそう思っていた」
「確かに言われましたけど、違うんですか?」
「ああ。その後のお前の実績が違うことを物語っている。アリシアのペタル試験を始め、実力が上の相手の魔力の上書き、イリスの解花化。お前の実力ならそれぞれの魔力量、魔力濃度、魔力安定性の特化型特性でないと説明がつかない」
「……三つの特化型特性とかあり得るんですか?」
「いや普通はあり得ない。まあ、イリスの事例があるから完全には否定できないがな」
イリスは魔法複合計画によって変換型、創造型の魔法を使う。
それと同じ事例があるのなら、複数の特化型魔力を持ったシースもいるかもしれない。
「それに複数の特化型特性というよりは特化している特性の内容が変化しているようだ。それに加えてリーナと魔力の波長が近かった? これが偶然の産物なら立ち会えた私は運がいい。別の可能性を思いつかなければ今すぐギャンブルを始めるだろうな。…………サラ、おそらくお前の特性は“応化特性”と呼ばれるものだ」
「応化特性……ってなんですか?」
「応化特性とは“万能の魔力”と呼ばれ、授吻した相手に最もマッチした魔力に変化する特性だ。アリシアは魔力消費が激しいから魔力の回復速度、つまりは魔力量が重視される。クレアは一撃の威力が高く魔力濃度が求められる。イリスは体質的に安定した魔力が必須だ」
「なるほど、最初の測定結果は最後に授吻したのがイリスだったから安定してて、その後はアリシア、クレアと授吻することで特化する内容が変化したわけですね」
「そうだ。応化特性により特化する魔力が変わり、授吻を重ねることによりその効果が顕著になる。“始祖の魔女”が一人、リリウムと同じ応化特性――――適応進化……それがお前の特性だ」
持て余してしまうような魔力の正体に、あたしは思わず息を吞んだ――――。




