第四十九話「魔力測定」
アレクシア先生についていき、到着したのは生徒指導室。
交流パーティー事件の時にこっぴどく叱られたのであたしにとってはトラウマの場所でもある。
「なんで生徒指導室……」
ぼそっと呟くあたしに、アレクシア先生は躊躇なく生徒指導室の扉を開けながら疑問に答えた。
「ここが学園で一番盗聴される心配が少ないからな」
「もしかして結構重要な話ですか?」
「そうだな」
少なくとも廊下で話すような内容ではないらしい。
生徒指導室に入ると鍵を閉める。
生徒指導室は決して広いわけじゃない。
まーそんな大勢で使うことのない部屋だから当たり前だけど。
寮の部屋と変わらない広さ。
部屋には机と椅子しかない、説教……じゃない、対話のための部屋。
この部屋の防音性は身をもって体験したあたしのお墨付きだ。
わざわざここを選ぶということはかなり重要な話に違いない。
あたしは少し緊張しながら部屋の中を確認する。
「アリシア!? それにメイリーにリーナまで!?」
あたしの友達勢揃いだ。
それにクリスタ先生まで。
何? 誕生日パーティーでも開いてくれるの? あたし自分の誕生日知らないんだけど。
「揃ってるな」
アレクシア先生は部屋の奥に移動する。
あたし達はとりあえず椅子に座ってアレクシア先生の方へ向く。
アレクシア先生は常に不機嫌そうな顔をしているけど、今日のは一切のおふざけを許さないような真面目な顔で、部屋の空気が重く張り詰める。
「いきなりで申し訳ないが、本題に入る前に確かめておくことがある。サラ、今から魔力測定をしてもらう」
「え、今からですか?」
入学当初に魔力測定をやった時は全体的に平均を結構下回ってた。
当時は魔力の使い方もろくに知らなかったから、今やれば多少マシだろうけど、それでもこのタイミングで測定するほどの変化はないと思う。
「今から行うのは通常の魔力測定とは異なる。最初は普通に、そしてその後はアリシア、クレア、イリスと三回ずつ授吻を行い魔力測定する。連続で測定するから一回の授吻、測定は本来の三割程度、なるべく均一な魔力になるようにな」
「授吻して……それはなんのためにですか?」
この質問をしたあたしだけ分からず周りが教えてくれるのがいつもの流れだ。
でも今回はあたしと同じ疑問を全員抱いたのか、アレクシア先生のアンサーを待つ。
「いいからやれ。これはお前の為だ」
事情を説明はしてくれないアレクシア先生。
でもとりあえず言う通りしないと話が進まなさそうなので従うことにした。
まずは普通に魔力測定を行う。
指導室の机の真ん中、一人でぎりぎり運べそうなくらいの大きさのある機械装置。
箱型の形状からチューブのようなものが取り付けられている。
そのチューブから魔力を注ぐと、その魔力の分析結果が分かるようになる。
魔力測定の項目は五つ。
魔力量、魔力濃度、魔力持続性、魔力安定、魔力伝導率。
これはもちろん成績にも大きく影響するものだ。
あたしはチューブを加えてブレイドに魔力を流し込むように魔力測定器に魔力を注ぐ。
魔力を注ぐと、チューブの先の箱から駆動音が鳴り始めてあたしの魔力を分析する。
数分後、箱に空いた細長い隙間から、びっしりと印字された一枚の紙が出てきた。
出てきた紙をクリスタ先生が手に取り内容を確認する。
のほほんと優しくおとなし気な表情のクリスタ先生は、やや困った表情を浮かべる。
「最初より良くなってるけど~どれも平均以下ね~。あ~でも~魔力の安定は~いい感じかも~」
「え、なにこれ。あたし公開処刑の会ですか?」
「安心しろ。今回に限っては測定結果がどれだけ悪かろうがどうでもいい。さ、次はアリシアと授粉して魔力測定だ」
「いや、そんな興味ないみたいな言い方されるとそれはそれで……」
あたしの心情など二の次に、アレクシア先生は淡々と進める。
アリシアもやや状況が分からないまま、授吻するためにあたしの方に移動する。
アリシアと授吻するのはペタル試験以来なので久しぶりだ。
あの時はあたしの中の魔力をアリシアが引っ張り出していた。
でも今回はあたしからアリシアに魔力を流す。
「私も状況が分からないけど、とりあえず進めようか」
「う、うん……」
アリシアはあたしの腰に手を回す。
全員があたし達の授吻に釘付けだ。
「あの……そんなに見られると照れくさいんですけど……」
照れるあたしにクレアはやや呆れて返す。
「何言ってるのよ。今までだって人前でも授吻してたじゃない」
「いやあの時は相手が授吻してたり、切迫する状況だったり、その場のテンションだったりとかで恥ずかしさが薄れてたけど、なんかこの雰囲気であたし達だけ授吻するのはめっちゃ恥ずかしい……」
エネミット王国時代、人目も憚らず公園で堂々とキスしてたカップルがいたけどあの人達は羞恥心とかなかったんだろうか。
あたしがやや照れているとアレクシア先生が不機嫌そうに言う。
「さっさとやれ」
「は、はい……」
アレクシア先生の恐怖心で羞恥心を上書きし、あたしはアリシアとの授吻に臨む。
身長差でアリシアは少しだけ下に顔を下げ、あたしは顎を上げて見つめ合う。
ぐっと体を寄せて、アリシアの美顔が視界を埋め尽くし、唇を重ねる。
「「んぅ、んん…………」」
あの時とは違い、あたしから魔力を流してアリシアはそれを受け止める。
鼻先が触れ合い、互いに手を取るように舌を絡ませる。
そしてある程度魔力を流すと、あたしとアリシアは口を離す。
あたしとアリシアの口に掛かる粘性の糸がプツリと切れて、若干の気まずさをあたしは感じながらそのまま魔力測定へ。
そして最初の説明通り、その後に二度、アリシアと授粉して魔力測定を行う。
「次はアタシね」
アリシアの次に前に出たのはクレアだ。
クレアとの授吻は交流訓練以来。
あの時はようやく魔力を扱うことが出来て、それでもまだ拙いものでクレアに手解きを受けていた。
クレアの切れ長で凛々しい目をあたしに向ける。
あたしとクレアの吐息と鼓動のリズムが重なり、引き寄せられるように授吻を始める。
「「ぁむ、んぁ……」」
優しく手を握り引き寄せるクレアさんの体を感じながら、あたしはダンスを踊るようにクレアさんと息を合わせて舌を動かす。
そしてアリシアと同じくある程度魔力を流したところで唇を離して授吻を取りやめる。
気恥ずかしさを残したまますぐさま魔力測定。
これまた同じ工程を二度繰り返した。
「次はオレか」
最後に出てきたのはイリスだ。
イリスとはペタル試験で授吻した時だからまだそれほど日は経っていない。
あの時はイリスが授吻という行為に抵抗感があったけど、今はそうでもないようであたしに顔を寄せる。
互いに相手の手首辺りを優しく握り、試験と同じように授吻を行う。
「「ちゅぅ、むぅ……」」
あたし達の合わさった口からしっとりとした水音と声が漏れ、衣擦れの音がドクドクと脈打つ音とともに耳に入ってくる。
練り上げた温かい魔力をイリスに注ぎ、あたし達は口を離して新鮮な空気を取り込む。
そしてもう何度もした魔力測定。
それを同じく繰り返す。
ようやくアレクシア先生が指示したことが終了してほっと一息つく。
一時間にも満たない間に複数の女の子とキスするなんて、ユリリア国に来る前の過去のあたしに言ったら驚くだろうな。
「はぁ……やはりな」
「もうこれは~確定ですよね~」
あたしの魔力測定結果に目を通したアレクシア先生とクリスタ先生は、まるで難病を患った患者のカルテを見る医者のような曇らせた表情を浮かべる。
なに? あたし余命宣告でもされるの?




