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第四十四話「イリス」

「ぐっ……はぁ……はぁ……」


「思ったより粘るわね、イリス」


 全身が重く、痛い。

 そろそろ魔法が解けて、サラは逃げた頃だろうか。


「貴女、つくづく不幸ね。さすがに同情するわ」


 まったくその通りだと思った。

 解花(ブルーム)状態のライアが振るう獣賽(ダイス)の出目は二十。

 獣賽(ダイス)の出目によって召喚される獣が変わるという運に左右される魔法。

 

 そのリスクがライアの魔法の質を大きく上げる。

 その状態のライアにとって二十の出目は最強のそれだ。


 全身を黒い体毛で覆われた大猿。

 口からは鋭い牙がはみ出し、周囲の建物と同じサイズの巨躯で生み出されるドラミングは空気を揺らして大地に響く。


 本来ならもうすでにやられているはずが、今も辛うじて倒れていないのはライアがオレをいたぶっている証拠だ。


 体中の痛みと明滅する意識の中で、オレはサラのことを思い出していた。

 最初の印象は、ただ変わったやつだった。


 この学園にいるやつは、オレのことをまともな目で見てこない。

 恐怖の視線もあれば、煩わしいと思う視線もある。

 オレはそのまとわりつくような視線が嫌いだった。

 

『あの~……イリスさんですか?』


 ほとんどの生徒が持つ畏怖と煩いの目とは違う。

 怖がってはいるようだけど、どちらかと言えば初対面の人に話しかける不安の目。


 オレに話しかけるなんて物好きな奴もいたもんだと思った。

 だが、オレはコイツを知っている。

 煌輝姫(シャイニングリリー)と組んでいた転入生。


 転入生ならオレの事情を知らないからこんな感じになるんだろう。

 オレのことを知れば、他の連中と同じようになるに決まってる。


 そう、思っていた。


『イリスさんいる?』

『イリスさん、お昼一緒にどう?』

『イリスさん、一緒に帰ろ!』


 サラは何度も、オレに構ってきた。

 ウザいと突き放しても変わらずサラはオレに近づいてきた。

 

 何度も、何度も、何度でも。

 いつしかアイツの存在は、呪いのように縛り付けていた周囲の視線を忘れさせるほどに大きくなった。


 サラはきっといい奴だ。

 だからこそ、オレの事情に巻き込みたくなかった。


『じゃあな。パートナーは別を探してくれ』


 突き放した。

 これでサラはオレと関わらなくて済む。

 そう思っていたのに。

 

『とりあえずペタル試験のパートナー、あたしとイリスさんで登録しておいたから』


 サラのまさかの行動にオレは驚いた。

 どうしてそこまでするのか訳が分からなかった。

 

 オレの事情を知って尚、ここまでしてくれる。

 ならせめて、オレはサラを試験で合格させてあげよう。


 今思えばこれは言い訳だ。

 オレはきっとサラと一緒に居る理由が欲しかった。

 

 事情を知って尚関わってくるサラにオレは居心地の良さを感じていた。


 それでも授吻の時にはトラウマが蘇る。

 授吻して応戦しなきゃ危険な状況。


『ゴメン、やっぱりオレは――――』


 養成施設時代の優しく真摯に向き合ってくれた子がオレに向けた怯えた目が忘れられない。

 

 普通なら授吻が出来ないブレイドなんか意味がない。

 授吻無しで乗り越えられるほどこの試験は甘くない。


 そんなこと分かっていたはずなのに、オレは孤独に手を差し伸べてくれたサラに甘えて、自分の弱さで迷惑をかけた。

 失望されて突き放されても文句は言えない。

 その上オレは自分の過去を話した。

 噂程度にしか思ってなかっただろう話が、サラの中で明確になったはずだ。


 それでもサラは――――


『やっぱり今からイリスには授吻してもらいます』


 オレを見捨てたりしなかった。

 久しぶりの授粉、サラの思いが優しく温かい魔力となってオレの中に浸透する。

 

 姉さんが叶えられなかった夢、オレに託した思い。

 サラとなら叶えられる気がした。


 結局、それは叶わない。


 ライアがサラに目を付けた時、オレの中で最悪の未来が見えた。

 もうこれ以上、オレの不幸で誰かを巻き込むのは耐えられなかった。

 オレに優しくしたばかりに、心が擦り減ったサラを見たくはなかった。


 だからオレはサラを逃がした。

 見捨てないと、一緒に戦うと言ってくれたサラの思いを踏みにじり、オレはサラを遠くにやった。

 

 失望しただろうか、怒っただろうか、それとも同情してくれるだろうか。

 サラが何を思うとしても、オレは文句は言えないし、今更合わせる顔もない。


「試験ももうすぐ終わりだし、そろそろトドメを刺してあげる」


 ライアの意思に従い、大猿は拳を握って天に振り上げる。

 家屋すら豆腐のように粉砕してしまいそうな巨拳。

 あんなもので殴りつけられたら全身の骨は持っていかれるだろう。

 殺しはしないだろうが、相当の苦痛だろうな。

 かと言って防御しようものなら、せっかく逃がしたサラに危害を加えられるかもしれない。

 

 オレはこのまま無抵抗にやられるしかない。


「――フッ……」


 頬の筋肉が上に吊り上がる感覚。

 サラを逃がせれたことに安堵したのか、それとも自分の状況に呆れたのか。

 自然と笑っていた。


 このまま孤独で終わる、実にオレらしい。


「ごめん、姉さん……」


 体感ゆったりと流れる時の中。

 徐々に視界を埋め尽くす黒毛の巨拳、脳裏に浮かぶ思い出。

 

「危ないどいてぇぇええええ!!!!」


 危機的な状況にも関わらず頭がふわっとする心地よい感覚を現実に引き戻す叫び声。

 気が付けば獲物を見つけた鷹のように鋭く飛んできたサラが、大猿の後頭部に両膝蹴りをかましていた。


 その場にいた全員が開いた口が塞がらず、オレも驚きを隠せない。

 そして大猿を前のめりに転倒させたサラは、まっすぐにオレの方に落ちてきた。


「ごめん受け止めてぇ!!」


「はぁっ!?」


 本当にコイツはいつだって突然で、場当たりで、オレの常識や価値観を壊してくる。

 そんなサラが戻って来たことに安堵しているオレはつくづく自分の弱さを痛感した――――。

 

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