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第三十七話「イリスの過去」

 あたし達は非損壊エリアの家屋に身を隠す。

 日がもう落ちようとしてる時間帯、茜色の光が窓から差し込み部屋の中に陰影をつけた。


 ここに来てしばらく経つけど気まずい空気が漂っている。

 イリスさんは黙ったまま、あたしと目を合わそうとしない。

 やっと少し打ち解けたと思えたのに、これじゃ振り出しに戻った感じだ。


「あのイリスさん……」


「…………」


「とりあえず何か食べません? あ、バッグに携帯食料ありますよ? ここなら食材も調理器具もあるから何か作ってもいいんですけど、匂いとかで場所特定されるとあれなのであたしの手料理は試験が終わった後のお楽しみってことで」


「………………」


 イリスさんは沈黙を貫いたままだ。

 壁にもたれかかり、片膝を立てて顔を隠している。

 少し見えるそのバツが悪そうな顔はあたしに申し訳なさを感じているとも、何かに怯えているとも取れる。

 時間だけが過ぎていく。

 出来るだけイリスさんが話したくないことは聞かないほうがいいと思ってたけど、このままじゃだめだ。


 あたしはイリスさんの隣に座る。

 イリスさんが離れようと横にズレたのであたしは距離を詰める。

 今度は立ち上がろうとしたので手を引いて隣に座らせた。


「な、なんなんだよ」


「イリスさん……いや、イリス。腹を割って話そ」


 逃げられないようにイリスの手を握る。

 最初は抵抗しようとしてたけど、逃がさないというあたしの目を見て諦めたのか力が弱まっていった。


「今からイリスには二つの選択肢をあげる。あたしと授吻するか、イリスの隠していることを話すか」


「なんだその二択。オレになんの得もねぇじゃねえか」


「これは損得の話じゃない。あたしとイリスがパートナーでいるために必要なの。ほんとなら同じ釜の飯を食ってといきたいけど。もうあたし達は一蓮托生一心同体死なばもろともの関係。だから、イリスはどっちを取る? 授吻する? 話す?」


 さっきも思ったけどあたしから授吻しようとする時が来るとは。

 郷に入っては郷に従えとは言うけど、あたしの環境適応能力もなかなかのものだ。

 あたしは空いている片手でイリスの顔をこっちに向ける。


 そして今にでも授吻しようと顔を近づける。

 イリスが本気で抵抗しようと思えば出来ただろう。

 それをしないのはイリスの中であたしを信用してもいいんじゃないかと葛藤しているからだと思う。


「……分かった。話すから」


 イリスはあたしの口元を抑える。

 あたしはイリスから顔を離してちゃんと座りなおした。


 イリスは首元に手を伸ばし、首にかけていたネックレスを取り出す。

 チェーンについているのはネームタグで、おしゃれでつけている感じではなく誰かの形見のようなものだった。

 それを見つめながら、イリスは抵抗感を残しつつも口を開く。


「オレは犯罪者の子供なんだ」




 □◆□◆□◆□◆□◆□




 オレは親の愛情というものを知らない。

 親のオレを見る目は籠の中で過ごすモルモットに向けるものと変わらない。


 魔法複合計画。

 ブレイドはシードから受け取った魔力を溜め込む魔力葯アンサーがある。

 シードと違うのはブレイドの魔力葯アンサーには固有魔法を使う為の魔法陣が刻まれているということ。

 

 ブレイドの固有魔法は生まれつき決まっていて、物心つく頃にはどんな魔法なのか感覚的に理解する。

 当たりの魔法もあれば外れの魔法もあるのは仕方がないことだ。

 

 だが後天的に魔法を組み替えられたのならより強いユリリア人を作ることが出来る。

 国家最高戦力――大輪七騎士セブンスリリーに対抗できるユリリア人を人工的に生み出す。

 そこで計画されたのが魔法複合計画。

 複数のブレイドの魔力葯アンサーを組み合わせて新しい魔法を生み出す計画。

 そこの施設で行われたのは数多くの人体実験だった。


 ほかの動物には魔力葯アンサーがないので、どうしても研究はユリリア人で行う必要がある。

 当然、これは違法な実験だ。

 研究施設も国から関知されないようひっそりとした場所で行われている。

 

 ユリリア人にとって魔力葯アンサーは第二の心臓。

 魔力葯アンサーを失ったユリリア人は死に至るから、その施設では何人もの子供が犠牲になっていた。

 

「イリス、大丈夫?」


 オレの顔を覗き込むのは姉さんのマリス。

 見た目は瓜二つな双子姉妹のオレ達だけど、人と関わるのが苦手なオレと違い姉さんは施設の子供にしては明るく社交的だ。

 こんな場所で育った子供は全員がつまらなそうにして、外から連れてこられた子は絶望の表情が顔に張り付いていた。

 そんな場所だから姉さんみたいな子供は珍しく、それに影響して姉さんと過ごしている子供は時々笑顔が見られた。


「あ、イリス。今日のお昼ご飯はオムライスだって。イリス好きだったでしょ」


「あ、うん」


 もしまともに過ごしていたら、五歳のオレにとって好きなものを食べられるということは喜ぶには十分なものだ。

 それでも嬉しいという感情は出てこない。

 なぜなら今日も実験は行われるからだ。


 別の実験で連れてこられたシースの子供と授吻を行い、魔法を使ってデータを取る。

 一通りデータを取ったブレイドを二人用意し、片方に魔力葯アンサーを移植することで後天的に作り出した魔法を使えるようにする。

 当然、魔力葯アンサーを取り出された方は死ぬし、移植された方も他人の魔力葯アンサーが体に合わず拒絶反応を起こして亡くなっている。


 そんな中、オレ達姉妹は最高のサンプルだった。

 性格に違いはあれど、体つきやアレルギー反応などの肉体情報は近く、オレも姉さんも氷の固有魔法だった。

 オレは氷で生み出したものを操る創造型、姉さんは魔力を氷に変える変換型だ。

 オレは氷で生み出したものを操ることが出来る代わりに対象を直接凍らせることは出来ない。

 姉さんは魔力を氷に変換するので対象を凍らせることは出来ても凍らせた後操ることは出来ない。

 そんな二つの魔法が合わさることが出来ればより強力な魔法を扱うユリリア人が誕生する。

 

 施設の連中はオレ達には慎重に研究を進めていた。

 これまで以上にない最高のサンプルを無駄にするわけにはいかないのだろう。

 

「はい、オーケーよ。戻っていいわ」


 紙にデータを書き込んでオレにそういうのは実の親だ。

 この施設の最高責任者であり、この計画の考案者でもある。


 施設の子供達はオレとこの人の関係を知らないし、オレもこの人の子供なんて感情を抱いたことはない。

 生まれたころには施設に居て、あの人から与えられたのは名前くらい。

 その名前もあの人からもらったものかは分からないけど。


 部屋に戻ると姉さんはベッドに座り足をパタパタとさせながら待っていた。

 扉一枚、窓はなく壁は純白、ベッドが二つあるだけの部屋。

 外の世界を知らないオレはこれが普通だと思っていた。


「あ、イリス。どうだった?」


「別に。今までと同じ」


「そっかー」


 姉さんのこの能天気な態度が当時のオレは嫌でしかたなかった。

 オレの魔力葯アンサーが姉さんに移植されることをオレも姉さんも知っていたから。

 偶然見た資料にそう書いていた。

 

 オレは確実に死ぬけど、姉さんは生き残れる可能性がわずかにある。

 その事実はオレと姉さんに隔たりを作るのには十分だった。


 けどオレに生の欲求があるのかと言えば一切無い。

 生まれつきこの施設に居たオレはほかの生活を知らない。

 楽しいことも嬉しいことも知らず、教えてもらえず、この施設でデータを取られるだけの人生がオレのすべて。

 だから外から連れてこられた子と話をして外の世界に興味を持っている姉さんが生き残るべきとオレも思っていた。


「ねえイリス。ここから出られたら何がしたい?」


 もう就寝時間で部屋の電気は消されている。

 普段なら眠りについているのにその時は目が冴えていたのか姉さんがオレに話しかけてきた。


「別に何も。そもそもここから出られないし」


「夢がないなー。夢は持った方がいいよ。持つだけならタダだし、生きる希望になる」


 そんなもんだろうか。

 生きる希望は死ぬことが分かっている人にとっては苦痛の産物でしかない。

 それならいっそなんの希望も抱かないまま死んでいく方が楽だ。


「私はね、学校に通ってみたいし、海にも行ってみたいし、おいしいもの食べて奇麗な洋服きて劇とか見て――――」


「多いよ」


「いいじゃん別に。希望は大きく、多く持たないとね。それじゃイリスに一つ私の夢を分けてあげる。『友達と一緒に時間を忘れて遊ぶ』って夢」


「はいはい。もう寝ないと明日に響く」


 オレはそんな姉さんの与太話に疲れてちゃんと寝ることにした。


「……必ず叶えてよね」


 そんな姉さんの声はすでに眠りに落ちようとしていたオレにとっては言っていないのも同然だった。

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