第三十三話「ダブルペタル試験」
「マズい……非常にマズい…………」
ホワイトリリーの一年は前期と後期で分けられる。
ペタル試験は前期の終わりと後期の終わりにあるけど、ダブルペタル試験は前期にあって、それが終了すれば後期に行われるのはダブルペタル試験の追試、次のトリプルペタルの試験は翌年の前期になる。
ダブルペタルの試験は三日間のサバイバル。
シースとブレイドが二人一組になって、与えられたミッションをこなす。
もちろんその三日間は野営になるし、ミッションの内容も過酷らしく初回の合格率は三割に満たないらしい。
シングル生徒が最初に味わう地獄ということで、ある意味学園の名物だ。
もちろん試験には自分の全力を注ぐだけで頭を抱えるような問題じゃない。
だけど、あたしには早急に解決しないといけない問題がある。
「パートナー……どうしよう……」
ペタル試験のパートナーはそのペタル試験未満のペタル生徒をパートナーにしなければならない。
つまりトリプル試験で当時ダブルペタルのアリシアはシングルペタルのあたしをパートナーに出来るけど、ダブルペタル試験に挑むあたしはトリプルペタルのアリシアやクレアをパートナーに出来ない。
つまり、ダブルペタル試験に挑むあたしは必然的にシングル生徒から相手を探さないといけない。
どのペタル試験でも二人一組での試験が確定されているホワイトリリーでは、すでにほとんどが約束した相手がいる。
逆に軍でも二人一組が当たり前のユリリア国では、パートナーを組めない人は逆に不要ということでもある。
もちろんあたしもシングル生徒のブレイドに声をかけてみたものの、アリシアとのペタル試験の注目が影響していた。
アリシアのパートナーで気が引ける、魔力の扱いが素人なのを知ってる。
以上の理由で誰とも組んではもらえなかった。
「メイリー、あたしとパートナーにならない?」
隣で授業の準備をしていたメイリーの両手を握り言ってみる。
あたしの行動にメイリーはぎょっと驚き、
「あ、あのねサラちゃん……気持ちは嬉しいしわたしもサラちゃんとパートナーになるのは構わないんだけど、わたしたちシース同士だし、試験のパートナーはシースとブレイドじゃないと……」
頬を赤らめるメイリーは視線をそらしながら説得する。
そりゃそうだ。あたしも本気では言っていない。
「リーナはパートナーいるの? アリシア一筋だし……」
「は? いるに決まってんでしょ」
一蹴。これまたそりゃそうか。
「メイリー、リーナ……ペタルが変わっても友達でいてね」
「さ、サラちゃん!? 大丈夫だよ! サラちゃんはどんなことがあっても友達だよ!」
うなだれるあたしをメイリーは必死にフォロー。あぁ天使だ。
そして、見かねたリーナが大きくため息をつく。
「はぁ~……パートナーがまだいないなら先生に相談してみたら? 先生ならまだパートナー決まっていない生徒も知ってるだろうし」
「それだ! リーナありがとう!!」
あたしはリーナの両手をぎゅっと握ってすぐさま職員室へダッシュする。
「サラちゃんもうすぐ授業始まるよ!?」
とまあそんなわけで、ちゃんと授業を受けてから職員室へと向かった。
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「パートナーが決まってないんですか~」
焦ってるあたしを前にのほほんとした返しが返ってくる。
クリスタ先生の柔らかボイスとクルミ色のゆるふわボブから出る和やかな雰囲気があたしの焦燥感を沈めていく。
「ブレイドのシングル生でまだ相手決まっていない人とかいないですか?」
「ん~そういうことはブレイドの先生じゃないと分からないかな~。あ、ちょうどいいところに、アレクシア先生~」
クリスタ先生が手を振った先。
奇麗な背筋と佇まいから威厳のような凄みを感じる黒髪の女性。
「あぁ?」
そしてあたしに向けられる鋭い眼光。
いや恐いって。
そんな獣のような視線を向けながら、クリスタ先生に呼ばれてこっちに来る。
「紹介するね~。こちらアレクシア先生~。ブレイドのシングル、ダブル生徒の担当教師だよ~。アレクシア先生、この子はわたしの教え子のサラちゃんだよ~」
「アレクシアだ。お前があの……」
「ひゃい!? サラって言います! ちなみにあのって言うのはどういう……」
「学園で貸してもらったドレスを破いたり、寮のガラスを破壊したりした素行不良生徒がいると聞いている」
うん、ろくな印象じゃない。そりゃ睨むわ。
「あの、それは誤解と言いますか……」
「で、用件はなんだ?」
弁明を図ろうとするあたしをアレクシア先生は一蹴する。
うん、イメージ改善はあきらめよう。
「いや実はですね、今度のペタル試験でパートナーがまだ決まってなくてですね……ブレイドでまだ決まっていない人いないかな~と思いまして……」
「アレクシア先生~誰かいないですか~?」
アレクシア先生は脳内で何人かの生徒を思い浮かべる。
「何人かいないことはないが……それこそ私のクラスに一人いる」
それを聞いてほっとする。
「少し問題があるが、問題児同士気は合うだろう」
「先生のあたしに対する認識について釈明の時間を頂けませんか!?」
優秀じゃなくていいので普通の人がいいです!!
とは売れ残ってる自分を棚上げしてさすがに言えない。
「アリシアからお前のことは聞いている。だからこそ、お前にはアイツを頼みたいと思っている」
アレクシア先生が思い浮かべてる人が誰か分からないけど、とりあえず紹介してもらうことにした。
シングル生徒のブレイドで名前はイリスさん。
養成施設時代、魔力の暴走でパートナーを負傷させる事件を起こし、ほとんどのシースは彼女のパートナーになるのを忌避しているらしい。
「えっと……あの人かな」
教室の前方。
休み時間で各々が友達としゃべる中、明らかに一人浮いている生徒がいた。
銀髪のショートウルフカットの少女。
周囲に壁を作る雰囲気と、近寄りがたい鋭い目つき。
え、恐いんだけど。
「あの~……イリスさんですか?」
恐る恐る近づくと、獣のような鋭い眼光があたしに向けられる。
今日はよく睨まれる日だ。
「誰、お前……オレになんか用?」
おう、オレッ子……。
「あたし、シングル生シースのサラ。イリスさん、まだペタル試験のパートナー決まってないって聞いたんだけどあたしと組まない?」
コミュニケーション拒否の壁を壊すフレンドリースタイルで聞いてみる。
返ってきたのは氷のような冷たい視線。
「はぁ? いきなり来て何かと思えば。お前確か煌輝姫の試験で……」
「そんなことより! どう? まだパートナー決まってないんだよね?」
アリシアの一件を思い出されて遠慮されたらひとたまりもない。
「まだパートナーは決まってない。でもオレは――――」
「彼女はやめておいた方がいいわよ」
話そうとするイリスさんを遮って声をかけるのはブレイドのクラスの人。
「養成施設時代でよく魔力暴走を起こしてパートナーを怪我させてたし、見ての通り孤立している。先生からも問題児扱いされてるわ。大事なペタル試験にこんなやつを相方にしたら貴女も不幸になるわよ」
そのクラスメイトがイリスさんに向ける視線は、苦手というより嫌悪に近いように見えた。
そして対するイリスさんはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「そういうことだ。分かったら別の人を探しな。オレといると、お前も不幸になる」
突き放すイリスさんの言葉はあたしを心配するものだった――――。




