第三十一話「気に入らない!」
会場の扉を開くと籠っていた喧騒を真正面から受ける。
普段なら神経が驚いて酔ってしまいそうな賑やかさだけど、今のあたしはそんなこと気にせず真っ先にメイリーを探す。
他の生徒と談笑している中、あたしは会話を遮ってメイリーに詰め寄る。
「ごめんメイリー! リーナの寮と部屋番号分かる?」
焦っているあたしに困惑しつつメイリーは答えた。
「えっと、確か五号棟の三〇三号室だったと思うけど」
「ありがと!」
キョトンとしたメイリーの視線を背中で受けながら、あたしはすぐに五号棟へ向かった。
五号棟なら馬車で行けばまだ間に合う。
「あ、ちょっとすいません!!」
ドレス姿で鬼気迫る雰囲気を醸し出しちゃってるあたしに御者の人は驚きながらも、馬を走らせてくれた。
日も落ちて、月が静寂の中輝いているけど、あたしの心中はとても騒がしかった。
到着した五号棟、外から見ると灯がついている部屋はない。
あたしはすぐに三〇三号室に向かった。
生徒はパーティーに参加しているので、生活音はまるでない。
それは三〇三号室も同じだった。
扉の前で耳を澄ませても物音一つしない。
それでも、リーナはこの部屋にいる気がした。
「リーナ……いるんだよね」
鍵がかかってるドアをノックして声をかける。
返事はない。
それでもあたしは続ける。
「リーナ、リリスさんの取り巻きにドレス何かされたみたいじゃない。でもここで引きこもってたらあいつらの思う壺だよ! まだラストダンスには時間がある。今からでも行こう!! 」
「もう……ムリよ……」
部屋の奥の方からリーナの声がした。
返事が返ってきて安堵すると同時に、あのリーナから出る弱気な声に余計に心配になる。
「無理って……なにそれ。あんた、あたしに言ったよね。あたしからアリシアのパートナーの座を奪って見せるって! あんたのアリシアへの思いはその程度なの!」
「アンタに何が分かるのよ!!」
リーナの怒号にあたしは一歩引いてしまう。
泣いていたのか、少し枯れた声が悲痛に感じてしまう。
「昔からあの手の連中には目を付けられやすかった。それでも、負けない。負けられないって必死に頑張って来たのに。こんなドレスじゃアリシア姉様の前に出られない。……もう、疲れちゃった……」
あたしのリーナへの印象は誠実で、真面目で、努力家な子だ。
そういう人は正々堂々という言葉を綺麗事と考える人にとって煩わしい存在になる。
だから今までもこういうことはあったんだろう。
けど今まで我慢出来ていたことが、ある日突然我慢出来なくなるのはよくあることだと思う。
ましてやリーナはアリシアのペタル試験で迷惑をかけた分、今回のパーティーには相当の思いがあったはず。
アリシアへの負い目、あたしの存在、今まで積み上げてきた努力や悔しさが、余計にリーナにとってプレッシャーになって、僅かなきっかけで爆発してしまったんだと思う。
「もう、構わないで。あれだけ啖呵きっておいて勝手な事言ってるのは分かってる。でもアンタにとってもワタシがいない方がアリシア姉様と一緒に居られていいんじゃないの?」
ここは一旦引き返して、リーナが落ち着くまで待つという手段もある。
けど、今ここで部屋から引っ張り出さないと、リーナは二度と立ち上がれないような気がした。
それに、この状況でリーナを放っておくのは――――
「――気に入らない!」
あたしはドアを強く殴った。
こみ上げてきた怒りを吐き出すように、手からジンジンと伝わる痛みがリーナの心の痛みだと思って。
「あんたがコツコツ積み上げてきたものを否定されたようで気に入らない! こんな陰湿な手を使われたのも気に入らない! こんなことをした人たちの良いように状況が転んでいるのも気に入らない! 普段ならあんたはこんなことでへこたれないのに、たまたまタイミングが悪かっただけでこんなことになってる理不尽な現状が気に入らない!」
もう説得なんて甘い考えは止める。
無理やりにでも引っ張り出して証明してやる。
どんな姿で現れようが、友達を笑うようなアリシアじゃないってことを。
どんな汚いやり方を使おうが、簡単に折れるようなリーナじゃないってことを。
あたしは寮の外に出る。
学生寮の壁は凹凸が激しくて上りやすい。
孤児院時代、院の屋根を掃除する為に壁を這いあがっていたことのあるあたしなら三階ぐらい余裕で登れる。
同年代の男子から「ヤモリかよ」と言われる程の実力の持ち主だ。
ちなみにその男子にはしっかしと飛び蹴りを食らわせてやった。
ヒールの踵を折って動きやすい状態になったあたしはリーナの部屋のベランダまで登る。
そして欄干の上でバランスを取ってから――――
「窓の近くにいるなら離れててよね!! うぉりゃあああ!!」
窓に向かって盛大なドロップキック。
高く澄んだガラスの割れる音が響き渡る。
ここまで来るのに既に汚れ回っていたあたしのドレスはガラスの破片でところどころ破れて、それこそ今からパーティーに出席できるような様相じゃなくなった。
けどそれなら丁度いい。
リーナをボロボロになったドレスで連れて行くつもりだ。
あたしもボロボロならこれでフェア。
「アンタ何やってるのよ!」
さすがの侵入方法にリーナはさっきまでの弱気から想像できない程声を張っていた。
うん、やっぱりリーナはこうでないと。
「うっさい。あんたがぐずぐずしてるから無理やりにでも連れて行く」
あたしはリーナのドレスが入っているであろう箱を開けて状態を確認する。
確かにボロボロになってるけど着れないってわけじゃない。
「ちょっ!? ガラスで切って血出てるわよ!?」
「そんなこと今はどうでもいいの! さあ着なさい! 着ないなら無理やり着せる!!」
「えっ、ちょっと!?」
抵抗しようとするリーナを抑えつけてドレスを着せる。
冷静にさせる時間なんて与えない、動揺しているうちに終わらせる。
興奮してるのか、ガラスの切り傷なんて全然痛くなかった。
「何がアンタをそこまでさせるのよ! だいたい今日行ったってこんなことはこれからもあるに決まってる! いつ諦めるかってだけの話で――――」
「うるさい! 確かに陰湿なやり方をされるのはこれからもあるかもしれないけど、昔と違って今はあたしがいる!! 他はどうか知らないけどねぇ! あたしはあんたと真正面から向き合ってあげる! 友達上等、クラスメイト上等、ライバル上等、どんとこい!!」
そう言いながらあたしはリーナの着替えを進める。
わーきゃーしながらも、リーナもやがて抵抗する気が無くなっていった。
ボロボロの状態じゃなかったらさぞ立派だったであろうドレスを着せて、しっかりをメイクも済ませてパーティーに向かう準備は整った。
鏡の前で最後のチェックを済ませる。
「……やっぱりだけど、ワタシ達、凄い格好ね」
「確かに……まぁでも丁度いいハンデってわけで。さぁ行くよ!」
リーナの手を引っ張ると、リーナはその手を払った。
「自分で行ける。もう逃げないから」
リーナのその瞳には確かな決意を感じた。
もうあたしが何かしなくてもリーナは大丈夫。
ならここから先は――――。
「勝負よリーナ!」
「絶対に負けないから!」
あたしとリーナは急いで会場へと向かった――――。