第二十九話「思惑」
「わ~サラちゃん! 似合ってるよ」
試着室から出たあたしを見て、メイリーは眼福と言わんばかりに褒めてくれた。
あたしは今、交流パーティーに着る為のドレスを選んでいる。
学園内の商業エリアにもドレスアップしてくれる店はあるけど、あたしの場合買うお金がないから学園から借りることになる。
学園内の大広間。
学園側で用意してくれているドレスは結構な数があるけど、借りる生徒もそれなりに居るので早めに選んでおかないと欲しいものが無くなる。
というのは当たり前のことで、同じ考えの生徒が多くいるからゆっくり選んでもいられない。
取り合いになって揉め事が発生するのは恒例みたいだし。
「サラちゃんはバランスの良い身体してるから…………茶髪だし色は…………あ、踊ることも考えると…………」
メイリーは自分の事のようにあたしのドレスを選んでくれている。
「そういえばメイリーはドレス持ってるの? あたしのばっか見てくれてるけど」
「あーうん。わたしは大丈夫だよ」
「ふ~ん。メイリーってお金持ちだったりする感じ?」
今思えばメイリーのプライベートって聞いたことないな。
ユリリアはエネミット王国みたいな階級貴族社会じゃないみたいだけど、アリシアのようなお金持ちの家もあれば委員会で働いている普通の家もある。
ユリリア人は短命で、アリシアの親も亡くなってるって言ってたからメイリーの親もいないと考えるのが普通だろうし。
「まさかそんな。ごく普通の出身だよ。ただドレスは前に来たのを持ってるだけ。イベントなんていろいろあるから一着くらいは持ってないとね」
「メイリーのドレス姿……似合うんだろうな~」
「そんな大層なものじゃないよ~」
メイリーはどんなドレスが似合うんだろう。
やっぱ天使みたいな純白のドレスかな。後光が指しそう。
「ドレスと言えばリーナちゃんはどうするんだろう?」
「あ、リーナなら『この日の為にコツコツ貯めてたお金で最高のドレスをオーダーメイドしてもらうんだから! アンタにぎゃふんと言わせてあげる!』って張り切ってたけど」
「う~ん六十点!」
あたしが出来る精一杯のリーナの物真似。
可もなく不可もなく評価だった。
「ま、そういうことならサラちゃんも負けてられないね。任せて! パーティーに参加する人全員から注目を浴びちゃうくらいに仕立ててあげる!」
「いや、注目浴びるのは遠慮したいかな……」
と言ってもメイリーはとてもやる気であたしは暫く着せ替え人形に徹することにした。
結局、一日でドレスアップしてもらった。
「いや~ありがとメイリー。ごめんね、結局全部選んでもらって」
「わたしも楽しかったし大丈夫だよ」
「それにしてもやっぱり早めに選びに行って正解だったね」
あたし達がドレスを選び終わった後、ドレスを選びに来た生徒達が押し寄せるようにやってきた。
「大乱闘って言っても過言じゃなかったよね~。あんなのに巻き込まれたら一たまりもないよ~」
「そう? あたしは市場の安売りでも歴戦の主婦に負けず劣らずだったからあれくらい序の口だよ!」
伯爵家に活きの良い給仕がいるって主婦連中の間で噂になってたくらいだし。
「それにしてもみんな気合が凄かったね。交流パーティーってもしかして重要だったりする?」
「う~ん、人によるんじゃないかな。打算的な考えになるとわたし達みたいなシングル生徒は先輩達と親密だったりするといろいろ便利だったりするし、リーナちゃんみたいに憧れの人と今後もパートナーになりたいって人もいるだろうし」
「いろいろあるんだね~」
エネミット王国でも家同士のあれやこれやで大変そうだったけど、こっちはこっちで大変そうだ。
「そうよ。だから付き合う友人は選びなさい」
帰路につくあたしとメイリーは後ろから声をかけられたので振り返ったら、そこには三人組が立っていた。
制服を着て鞄を持ってるから帰るところの学園生徒だろう。
真ん中の一人が他二人より少し前に立っているから、後ろの二人は取り巻きかなんかかな。
カールでややボリュームのある浅葱色の髪。
顎が上がり胸を張った自信に満ちた態度、やや見下すような意図が感じられる目つき、嘲る様な口角の上がり方。
あたしの独断と偏見が告げている。
この人多分性格悪い。
「誰ですか?」
「誰って!? 本気で言ってる!?」
まさかの驚いた反応が返ってきた。
知らないものは知らないし仕方なくない?
けど、メイリーも少し呆れてるような表情をしていた。
「サラちゃん……同じクラスだよ」
あ……マジ?
仕切り直すように相手は咳ばらいして、
「私はリリス。後ろの二人はトリシーとマキナよ」
なるほど、トリシーとマキナ、二人で取り巻きってわけか。
「サラちゃん、リリスさんのお姉さんは王国軍の大佐。リリスさん本人も優秀で注目も高い人よ。あんまり揉め事を起こさない方が良いかも」
メイリーが耳打ちで教えてくれた。
「ところであたし達に何か用ですか?」
「ええ。貴女、あの煌輝姫と懇意にしてるわよね?」
「え、あ、うん。仲良くはしてるけど……」
「そこで相談があるの。交流パーティーのラストダンス。私と煌輝姫の仲人になって欲しいの」
「紹介するってこと? でもなんで?」
「ラストダンスのジンクスは知ってるわよね? ジンクスはジンクス、所詮は迷信。でもそのジンクスが生み出す影響力は計り知れないわ。要は煌輝姫とラストダンスを踊ったという事実が欲しいの」
確かに、身近にいるから忘れてたけど、アリシアって有名だもんね。
有名人とダンスを踊ったなんて、あたしでも自慢しちゃう。
「でも友達を利用するような真似はしてほしくないし、あたしも友達を売るようなことしたくない」
「どうして? 誰も損をすることは無いわよ? 煌輝姫と踊りたいって子は多くいるから誰かとは踊ることになるだろうし、私は煌輝姫とラストダンスを踊れるし、貴女は煌輝姫を紹介するだけで私に媚びを売れる。いいことづくめじゃない?」
「それに、あたし友達と約束あるから!」
リーナとの勝負はあたしにとって大事な約束だ。
どんな理由があろうと、それを反故には出来ない。
「あー例の勝負のこと?」
「え、なんで知ってるの?」
「あれだけ教室で騒がれたらねー。まあでも貴女にも体裁というものがあるでしょう。ならこうしましょう。とりあえず貴女は紹介だけしてくれたらいいわ。もしリーナがパーティーを欠席してたら、その時はラストダンスの仲人になってちょうだい」
「うーん……まあそんなことはありえないと思うけど……」
「あら、ありえない話じゃないわよ。ドレスが用意できないとか、体調不良とか理由はいろいろあるけど、毎年三百人くらいは欠席してるわ」
言葉に困るあたしにメイリーが耳打ちしてきた。
「サラちゃん、あまりリリスさんの機嫌を損なわない方が良いかも。あんまり良い噂も聞かないし」
そう言われると意志が揺らいでしまう。
「あーもう、分かった。ただし、あくまで間を取り持つだけで決めるのはアリシアだからね。断られたり仮にあたしやリーナが選ばれてもあたしを恨まないでよね!」
「ええ、もちろん」
アリシアとリーナには先に経緯を伝えておこう。
リーナが来ないとは思わないから当日は紹介だけで終わりそうだし。
そんな事情を抱えながらあたしはパーティー当日を迎えた。
だけどそこに、リーナの姿は無かった――――。




