97.マリアンヌ
「いえ。
つまりは同志ということでしょうか」
私の前世の人が生活していた社会では、そういう制度があった。
身分や職業、立場が違う人たちがある目的を持って集団として機能する集まり。
計画って奴?
「さすがでございます」
サンディさんが驚嘆したように言った。
「あなた、本当に孤児上がりの男爵家の庶子なのですか?」
「それは確かだ」
コレル閣下が肩を竦めてお茶を飲む。
「あらゆる方向から調べ尽くした。
サエラ男爵令嬢個人には裏はない」
いやあるんだけど。
前世が(泣)。
「だとすると、やはり古き青き血の」
「それは後にしろ。
目的を忘れるな」
サンディ様が頭を下げる。
「申し訳ありません」
コレル閣下はサンディ様に構わず言った。
「サエラ男爵令嬢。
これまで大変だっただろうがよくやった。
期待以上の成果だった」
「……ありがとうございます」
私は知らないうちに何かを期待されていて、それを完遂したらしい。
五里霧中なんですが(泣)。
「何をしたのかよく判りませんが。
それに、この集まりの目的も」
「何、大したことではない。
ミルガスト伯爵家が御身を盛り立てて行こうということだ」
何それ。
意味不明なんですが。
ていうかまさか?
「ここだけの話だ」
コレル閣下が改めて言った。
ドアが閉まっている。
人払いもされているな。
いきなりか。
「サエラ男爵令嬢。
御身をマリアンヌ様と呼ぶことをお許しいただけますか?」
そう、私の名前はマリアンヌだ。
私の母が生まれたばかりの私を孤児院に預ける時に、人払いした上で院長先生と教会長様に告げたらしい。
それを証明する書類もあった。
普通、孤児どころか平民にもそんなご大層な証明書なんか出ないんだけどね。
それどころかなまじな貴族でも珍しい。
もちろん貴族は結婚や出生については貴族院で厳密に記録されるし、家系図や貴族名鑑にも随時登録される。
でもそれは王政府のしかるべき部署の書類に記載されるだけで、証明書みたいなものは申請しないと発行されないらしい。
そして凄くお金がかかる。
つまり、そういった書類は当事者の身分を公的に証明するためのものなのよ。
それが必要になる事態って、あんまりなさそうなのよね、貴族って。
でも存在した。
私の父親が当時のサエラ男爵である、と記されていて、正式な証明書だ。
実はそれ、サエラ男爵家に引き取られる時になって初めて教えられたんだけど。
その時に証明書も渡された。
知っていたのは院長先生と教会長様だけで、しかもその方々は代替わりして前任者から引き継いだらしい。
つまり私の母親と直接会ったことはなくて、訳も判らずに書類を保管していたとか。
道理で私の扱いが他の孤児と変わらなかったわけだ。
尼僧も知らなかったらしくて、私が男爵家に行く時に驚愕していたっけ。
ちなみに孤児院では私はマリーと呼ばれていた。
これは通称で、本名は普通呼ばれない。
そういう孤児は結構いたなあ。
前にも言ったけど、貴族の庶子って珍しくないから。
その大半は孤児院にいるし。
私の前世の人が読んでいた小説というか童話では、貧しい家の子や孤児が「本当の私は貴族の娘で、いつかお父様が迎えに来るんだ」と想像するらしいけど、それを地で行ってる子が結構いたりして(笑)。
私なんか、本当にそうなってしまった。
まあ、私は前世の人の記憶があるせいで前から知っていたけどね。
でも内容が内容だし。
デスゲームに巻き込まれるんじゃないかと怖くて、あんまり嬉しく無かったっけ。
「ご存じだったのですか」
「サエラ男爵閣下より伺っております。
というよりは」
そこで言葉を切るコレル閣下。
怖いんだけど。
でもそうか。
サエラ男爵家だけのお話じゃないことまでご存じらしい。
どうしようか。
私がどこまで知っているのかもご存じなのかも。
「……私の母方のお話も?」
「承知しております。
そのお話をしてもよろしいでしょうか」
うーん。
部屋にいる人たちを見てみる。
コレル閣下は当然。
執事の人は、多分大丈夫か。
侍女はどうかなあ。
専属メイドはもう知ってる臭いよね。
しょうがない。
「お願いします」
ついに私の母方の謎が明かされる?
ようやくヒロインの名前が判明しました(笑)。




