96.仲間
終わったら部屋の中央に立ってグレースに点検して貰う。
「よろしいでしょう」
「ありがとう」
専属メイドがいるってこういうことだ。
下位貴族がどう足掻いても太刀打ちできないのよ。
私の前世の人が読んでいた小説の私、そこら辺はどうだったんだろうか。
だってヒロインってずっと男爵令嬢のままだったのよ。
少なくとも攻略対象と一緒に居る間はどこかに引き取られたとか高位貴族の養子になったとかいう話はなかったと思う。
つまり、男爵令嬢としての環境で高位貴族の令息たちと接触していた。
大丈夫だったんだろうか?
男爵なんかコネもお金も情報も何もかも足りないはずなのに。
ヒロインって凄かったんだな。
そんなことをつらつら思いながらグレースに先導されてお屋敷の食堂に行くと、コレル閣下は既に席に着いていた。
礼をとってから着席する。
「遅くなりました」
「いや私が早かった。
早速始めようか」
ちゃんと腰掛ける間もなく始まったのは世間話というよりは尋問だった。
根掘り葉掘り聞かれた。
コレル閣下はミルガスト伯爵家の渉外というか外交担当だからね。
高位貴族家が絡む事業の話は好物どころじゃない。
私はもちろん、正直に全部話した。
自分の想像とか推測は交えない。
客観的な事実だけ。
執事の人やグレースに言われるまでもなく、私の役目はそれだから。
ミルガスト伯爵家の育預にして頂いたご恩、というよりはむしろそれに伴うお役目ね。
何度でも言うけど貴族は常に生存競争の最中にある。
乙女ゲームにはそんなこと出てこないけど、現実はそうなのよ。
改めて私の前世の人が読んだ小説ってナンセンスよね。
貴族令嬢が自ら虐めとか嫌がらせって信じられない。
やるにしたって露骨は絶対駄目だ。
自分の評判だけじゃないのよ。
お前の家はどんな教育をしていたんだ、という評価に繋がってしまう。
もっとも無茶ぶりは可能だけど。
私がやられているみたいに(泣)。
「……なるほど。
よくやった」
「ありがとうございます」
礼儀を守りながら尋問に答え続けること1時間。
やっと満足して頂けた。
ちゃんと食べましたよ?
略式とはいえ晩餐だから助かった。
一品ずつテーブルに出てくるから順番に食べていけばいい。
ちなみにコレル閣下の方も私を尋問しながらきちんと食べていた。
別にメモとかとっている様子もないから、全部記憶している臭い。
こういう技能も必要なんだろうな。
私は渉外なんかには絶対ならないぞ。
「書類にまとめたものもございますので、のちほど」
「貰おう」
そう言われたけど、多分もう私の部屋から回収済みだろう。
そう、貴族って個人生活はないに等しい。
隅から隅まで使用人に把握されている。
それに耐えられない人は貴族なんかやれないと思う。
私?
意外に思うかもしれないけど平気だ。
だって孤児も似たようなものだから。
何もかもが仲間と共有だし、一人になる時間なんかない。
寝る時も大部屋で雑魚寝だ。
夜中に起き上がってフラフラする餓鬼もいれば、何が哀しいのかずっと泣き続ける子もいて退屈しない。
私はむしろ世話する方だったから、おちびちゃんたちのことは全部把握して対処していた。
だってそうしないとあの子たち、すぐおいたをしたり死にかけたりするから。
今は貴族として世話される方に回ったけど、本質的には同じだものね。
これがなまじの平民だったら耐えられないかもしれないけど。
晩餐が終わるとコレル閣下は私をお茶に誘ってくれた。
これからは非公式な会合か。
食堂を出てグレースと一緒に応接室に行く。
「待たせた」
「いえ」
応接室にはデザート付きでお茶の用意がしてあった。
執事の人と、ええとサンディ様がいる。
確かターフ男爵家の人だったっけ。
侍女?
「まあ、坐りなさい」
コレル閣下に命じられてソファーに収まる。
グレースは私の背後に立ったままだ。
「グレースも掛けろ」
「ですが」
「ここでは仲間だ」
「……判りました」
え?
何が起こっている?
グレースが私の隣に腰掛ける。
「意外そうだな?」
コレル閣下に笑われてしまった。




