95.貴族令嬢だから
グレースを伴って自分のお部屋ということになっている客用寝室に戻り、ドレスを脱がせて貰って部屋着に着替える。
やっぱりドレスだけど(泣)。
「それではごゆっくり」
グレースが脱いだドレスを持って出て行ってくれた。
ふと見たらソファーテーブルにお茶が用意されていた。
気が利くなあ。
これぞ貴族令嬢。
本当はベッドにダイブしたかったけど、そこのところは我慢してソファーでお茶を頂く。
あー、ほっとする。
しばらくぼんやりしてから私は戸棚から紙と筆記用具を出して書き始めた。
覚えている事は覚えているうちに全部記録しておく。
伯爵令嬢扱いになって一番助かったのは、こうやって紙を遠慮なしに使えるようになったことだ。
紙って凄く高価なんだけど、少ないわけでも流通していないわけでもない。
だって紙がないと政府や貴族家、あるいは商人なんかはどうにもならないから。
なので貴族家のものは割合簡単に紙を使えるのよね。
高位貴族だけだけど(泣)。
おかげで私の勉強も捗っている。
やっぱり蝋板よりはノートよね!
とりあえず書き上げ、何度か読み直してミスや間違いを修正してから紙を揃えてテーブルの上に置いておく。
窓の外を見たらまだ明るかった。
夕食まではしばらくかかりそう。
鈴を鳴らしてメイドさんを呼んで「しばらく寝ます」と伝えてからドレスのままベッドに潜り込んで天蓋のカーテンを閉める。
便利よね。
というわけで寝た。
ちなみにメイドさんを呼んだのは、黙って寝たら確認しにくるからだ。
貴族って本当に面倒くさい。
「お嬢様」
目の前が明るい。
ランプがカーテンの向こうにあるみたい。
「起きてます」
「夕食はどうなさいますか?」
もうそんな時間か。
「今日はどなたがいらっしゃるの?」
「コレル准男爵閣下がお戻りです」
ならば仕方がない。
「出席します」
「よろしいように」
メイドさんが去ると入れ替わりにグレースが入って来た。
私の専属メイドだから着替えなどは基本的にグレースが手伝ってくれることになっている。
私も偉くなったというか、慣れてしまって後が怖い。
「どうなさいますか」
「夕食はコレル閣下とだけ?」
聞かないと始まらない。
もしミルガスト家の方々やお客人が出席されるんだったら准正装になる。
「本日は略式で行こうということで、コレル閣下とお嬢様だけです」
「ならいつものでいいわ」
グレースが頷いてお部屋のクローゼットからドレスを取り出す。
そう、私のお部屋には立派なクローゼットがあるのだ。
部屋着というか、室内着しか入ってないけど。
外出用のドレスは例の着替え部屋に保管してある。
でもお屋敷内で着るためのドレスだけで結構あるのよね。
使用人宿舎で暮らしていた頃は2着を使い回していたことを思うと夢のようだ。
悪夢だけど。
グレースが用意したのはシンプルなAラインドレスだった。
恐ろしい事にマーメイドラインなんかもあるけど、それはパーティとか舞踏会用と聞いている。
何で着もしないドレスをそんなに持ってるかって?
ミルガスト伯爵の末のお嬢様が大量によこしたのよ!
小さくなってどうせ捨てるしかないからって(泣)。
これって実は普通のことで、下位貴族家の令嬢は高位貴族家から放出されたドレスを安く仕入れては作り直したりして着ているそうだ。
あるいは分解して部品を別のドレスに使ったり。
私みたいなのは希少ということで、まあ確かに。
男爵の庶子なんかには普通、そんなドレスは回ってこない。
だって領地貴族の令嬢のドレスだよ?
それは、例えば王家とか公侯爵家には及ばないにしても、それなりに高価な素材が使われている。
レースや刺繍も息をのむほど美しい。
普通はその部分だけ切り取って転用するわけ。
でも私は男爵令嬢だけど伯爵家の育預なので、伯爵令嬢が着たドレスをそのまま着ることになる。
ていうか、そのままではなくて一応改造? するけど。
これは汚れていたとかデザインが古いとかの理由ではなくて、まったく同じドレスでは使い回しがバレてしまうから。
確かに私のドレスは原型が判らないくらい改造されている。
ということで公式に使用するドレスはもちろん、室内着も伯爵家のお嬢様のお下がりが丸ごと流れてくる。
私、ひょっとしたら下位貴族一のドレス持ちかもしれない。
ドレスを着替える前に一応、グレースに身体を拭いて貰う。
正式な晩餐だったらお風呂コースなんだけどね。
略式というのはそういう意味だ。
ドレスを着て鏡台の前で多少のお化粧。
貴族令嬢だからね。
コレル閣下は身内みたいなものだけど、だからこそすっぴんとかはあり得ない。
失礼になってしまう。
もっともグレースに言わせると私はまだ若いというか幼いので、素材の良さを強調するだけでいいそうだ。
よく判らないけど。




