93.社交辞令
それからいつものような歓談になった。
話題はさっきまで出席していた歌劇のことに集中していたけど、それ以外でも色々と出た。
私は貝になって傍聴一筋。
でも聞いてるだけで有益だ。
なるほど、貴族はこうやって情報交換するのか。
それは確かにお茶会に参加出来なければ詰むよね。
情報格差が酷い事になる。
高位貴族と下位貴族の差はそれかも。
もっとも下位貴族は下位貴族同士でお茶会とかやっていそうだけど。
私は招待されたことないから知らない。
成人してないから仕方がない。
「そういえばサエラ様」
「はい」
「デビュタントのご予定は?」
知らねえよ!
いかんいかんつい孤児感覚が。
「まだお話は頂いておりませんの。
学院も途中ですし」
「そうですの。
残念ですわ」
「次の社交季節には是非サエラ様をご招待差し上げたいと」
無理だから!
礼儀が怪しいし!
踊れないし!
「デビュタントが済みましたら是非」
社交辞令くらいは言えるようになった。
もちろん空約束だけど、実際に招待されたら断れないしね。
だったら恭順しておいた方がいい。
それが下位貴族の生きる道(泣)。
それからもあーだこーだと色々な話が飛び交ったけど、大半は私に関係なさそうなのでスルーした。
もちろんヤバそうなお話は要点を頭に叩き込んでおく。
後で執事の人に相談しないと。
「それでは」
やっとシストリア様がおっしゃって、臨時のお茶会が解散になった時にはもう日が傾いていた。
お茶、何杯飲んだかなあ。
お菓子もお代わりまでしてしまった。
間が持たなくて。
ちなみに皆さん、ちょいちょい席を外していたよ、もちろん。
私も。
このお屋敷には立派なご不浄がある。
貧乏な下位貴族家だと、下手したらお部屋の隅の方で壺に、ということすらあるらしい。
王都は土地が高くてご不浄を作れないくらいお屋敷が狭いとか。
私の実家のサエラ男爵家なんかタウンハウス自体がないもんね。
大抵のお屋敷は外にそれっぽい小屋があって、そこですることになっているんだけど。
ちなみに私がお世話になっているミルガスト伯爵邸には当然、ご不浄がある。
そこの所だけは大感謝だ(泣)。
お別れのご挨拶をして、私たちはいつの間にか控えていたメイドたちと合流した。
お屋敷のエントランスでしばらく待たされる。
やたらに広くてソファーとかがあるのも、ここで待ち時間が発生するからだ。
ファサードを通ってエントランス前に回されて来る馬車を待つためなのよね。
しかも、こういう場合は身分順になるから、私なんか相当待ったりして。
今回の臨時お茶会では身分上、一番上のモルズ様がまず、去った。
次がサラーニア伯爵令嬢で、残ったのは私とヒルデガット子爵令嬢だ。
もちろんお付きも一緒だけど、男爵令嬢である私のお付きはメイドなのに対して、子爵令嬢であるはずのヒルデガット様は侍女だ。
それとなく聞いたらヒルデガット侯爵家の寄子である某男爵家のご夫人らしい。
ヒルデガット様は名目上、子爵令嬢なだけで実際には辺境伯の令嬢だもんね。
侍女の方は見たところ30歳くらいの落ち着いたご婦人だった。
美人というか、いかにも貴族の正室っぽい色気と優雅さが同居したような不思議な印象だ。
待機中にグレースと仲良くなったらしくて、というよりはグレースが私淑してしまったみたいで楽しそうにおしゃべりしている。
「メイムは外面がいいから」
ヒルデガット様がこっそり教えてくれた。
「そうなんですか」
「そうよ。
あれで私と二人きりになった途端に駄目出しが始まるんだから」
さいですか。
やっぱヒルデガット様もお付きの方が偉いようだ。
そう、侍女ってお目付役だから。
騎士爵正室が男爵令嬢に仕えるという名目で色々と教えてくれているようなものだ。
ヒルデガット様の場合、男爵正室が辺境伯令嬢を指導する形になっているらしい。
「メイム様とおっしゃるのですか」
「ええ。
メイム男爵はうちの領地で城を差配しているの。
なので、私が王都にいる間だけ侍女をやってもらっている」




