92.評判の歌姫
シストリア様の案内でテラス的なお部屋に着くと、既にお茶会の用意が出来ていた。
最初からそのつもりだったみたい。
お部屋は明るくて広かった。
グレースたちお付きはいずこかに消えた。
どこかで使用人枠で歓待されるんだろうな。
さすがに壁際の立ちんぼは辛いものね。
さっきの会議の時もずっと立っていたんだし。
お付きが主人の側を離れて良いのかと思ったけど、ここはシストリア家が客人の安全に責任を持つということだった。
メイドさんたちが配膳してから引っ込む。
お茶を飲んでほっと一息。
やっと周囲に気を配る余裕が出来たので観察してみる。
シストリア様のお屋敷は初めてだ。
もっともここはシストリア様の実家ではないらしい。
ややこしいけど、シストリア侯爵家の王都タウンハウスだということだった。
シストリア子爵家はまた別にお屋敷があって、本当は皆様そこで暮らしていることになっているそうなんだけどね。
もちろんシストリア侯爵家は領地貴族なので、ご領地には立派なお屋敷、というよりはもうお城があるとか。
その侯爵家の王都タウンハウスには、実はシストリア侯爵家当主様はいらっしゃらない。
王政府のお役目上、どこかに別のお住まいがあって、そこでお暮らしだと聞いている。
何でもそうしないと間に合わないくらいご多忙だという。
陛下の側近とか?
本物の高位貴族って凄い。
ご家族は領地。
なので、シストリア侯爵家の王都タウンハウスにはにはシストリア子爵つまり侯爵の嫡男ご一家が住んでおられるそうだ。
シストリア様、ややこしいけどシストリア子爵のご息女である令嬢も同居している。
親戚の家にずっと住んでいるみたいなものか。
「シストリア子爵家のお屋敷にはどなたが?」
「兄が」
さっきのご令息は既に自立しているらしい。
ちなみにシストリア様の兄上、つまりシストリア子爵家嫡男は既婚だ。
奥方はまだ紹介していただいてないのでよく知らないけど、どこかの伯爵家出身と聞いている。
雲の上のお話なので興味もない。
私はあいかわらず置物と化していたけど、お茶会では会話が弾んでいた。
「シストリア様、おめでとうございます」
「まだです。
試験にこぎ着けただけで」
「それでも凄いですわよ。
本業と競い合えるのですから」
シストリア様が頬を染めている。
確かに。
芸術なら貴族が嗜んでも不思議ではないとは言ったけど、それって別に忖度して貰えるわけじゃないからね。
実力がないと認められない。
強要で無理に出演しても舞台で大恥をかくだけだ。
だからこそ舞台に立つことは名誉であり実績になるわけ。
シストリア様はその機会を掴んだということね。
それにしても厳しいな。
自分で作曲したことになっている曲を使ったオペラなのに、たかが試験を受けるためだけに実家の権力を動員しなきゃならないなんて。
それだけ芸の道が狭いんだろうね。
もっともシストリア様は評判の歌姫とは言っても、それは貴族社会の中での話だ。
本業の世界では無名もいいところだろうし。
「皆様はどうなさいますか」
「ご遠慮させて頂きます」
「素人のお遊び芸ですので」
シストリア様以外は早々に撤退していた。
それはそうだよ。
そもそも別に将来芸能の道に進むわけでも無い貴族令嬢が舞台に立ってどうする。
「サエラ様はよろしいのでしょうか」
サラーニア伯爵令嬢が聞いてくれたけど、とんでもないです。
そもそも私、楽器演奏すら出来ない上に音痴ですのよ?
作曲したことになっている魔法だの少女だのの曲も、微妙にリズムが外れていてシストリア様に修正されていたくらいで。
「サエラ様には別のお役目がありますから」
モルズ伯爵令嬢が不気味なことを言ったけど聞こえませんので。
男爵家庶子なんか流されるだけよ。




