89.ご機嫌
私も色々経験して知ったんだけど、テレジア王国には貴族とは別に紳士階級という階層があるのよね。
これは貴族じゃないけど普通の平民でもないという中間層だ。
ざっくり言えば力を持った平民?
正式な身分は平民だけど、でもお金があったり権力があったりコネがあったり。
技能職というか、人にはない技を持っていたりする人たちだ。
技術者や芸術家も。
爵位がない貴族家の者も含まれる。
というよりは大半はそうみたい。
だって一角の立場になるためには普通の平民からスタートしたのでは無理がある。
生まれながらにそれなりの立場じゃないと、技を極めたりお金を儲けたりは出来ないものね。
今日、集まりに出る予定の人たちは大半が芸能家だ。
楽隊なんだから音楽家が主だけど、それ以外にも劇場なんかの関係者やお役人もいるみたい。
大規模な催しだと王政府の許可が必要だったりするらしい。
反乱や革命の火種になりそうなら公演許可が降りなかったりして。
大丈夫だろうか。
私が作曲したことになっているあの歌、反社会的な部分はなかったと思うけど。
でも魔法だの少女が戦うだのって何かの禁忌に引っかかるかも。
夢で見ただけで何も考えてなかったことにしよう。
「特に問題になりそうな人っていない?」
「いないそうです。
いつもの通りにしていただければと」
一応、確認しておく。
まあ、どっちにしても私はデビュタントがまだだから、何かやらかしても「未成年だから」で流して貰えるらしい。
それでいて公的な場所でなければ色々な所に顔を出せる。
結構美味しい立場だったりして。
今回もそうだけど、楽隊の話で集まるときはモルズ伯爵令嬢方を含めてお茶会の全員は正式には同席者だ。
もちろんお嬢様方はデビュタント済みだけど、こういう集まりでは淑女は殿方の付属物として扱われるのよね。
舞踏会やパーティでも基本は親や婚約者の庇護下にあるのと同じで。
なので、今回もシストリア子爵令嬢の兄上が名目上の主催者になっている。
まだ若いけどシストリア子爵家の嫡男で、つまり将来的には子爵家当主、そして順調にいけば親の跡を継いでシストリア侯爵という(汗)。
高位貴族そのものだ。
私みたいな男爵家の庶子なんか御前に出ることすら無礼なんだけど、身分的には男爵令嬢で、更にミルガスト伯爵家の育預ということで伯爵令嬢扱いされてたりして。
恐れ多くてきついんだけど。
「大丈夫ですよ」
グレースの根拠の無い励ましが心に染みる(泣)。
まあ、何とかなるでしょう。
馬車が大きなお屋敷のエントランスに着くと、下僕が足置きを設置するのを待ってグレースと共に降りる。
当たり前みたいに正門・玄関から入るようになってしまった。
慣れって怖い。
お屋敷の廊下をメイドさんに先導されて進み、大きなお部屋に入る。
グレースが早速壁際に引っ込むと、私はモルズ伯爵令嬢を見つけて礼をとった。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。
いつも可愛いわね」
さいですか。
社交辞令をさらっと言うのね。
こっちも適当に流して、その他の人たちにご挨拶する。
いつものお茶会のメンバーに加えてシストリア子爵家嫡男様がいらっしゃったので前に進み、少し深く礼をとる。
「お久しぶりでございます」
「やあ、呼びつけて悪いね」
シストリア子爵家令息は二十歳くらいのいかにも貴族子弟といった人だった。
シストリア様によく似た柔和な顔立ちで茶髪、瞳は碧い。
イケメンとか、あるいは乙女ゲームの攻略対象的な要素はない。
フツメン?
もっとも優しそうに見えるけど油断は出来ない。
だっていずれは子爵家当主、そして将来は侯爵閣下なのよ。
ちなみに私は既に何度かお目にかかったことがあるから普通に話せる。
その時に「気軽に」と言われているのよね。
そうでなかったら恐れ多くてこっちから話しかけるなんてとんでもない。
でも「気軽に」と言われてしまっているから、声を掛けないと逆に失礼だったりして(泣)。
貴族って面倒くさい。
「元はと言えばこちらからご迷惑をおかけしたようなものですので」
「いや、面白いよ。
私の実績にもなるから大歓迎だ」
シストリア令息はご機嫌だった。
そうか。
このお話の責任者とか、そういう立場になったんだろうな。
それは美味しいかも。




