87.身分
「そういう講座があるんだ」
「本来は侍女の技能というかお役目なんですが、メイドが代行する場合もあります。
お嬢様に侍女がつくとは限りませんので」
下位貴族の令嬢だと侍女はまずいないからね。
メイドすらついていない場合も多い。
というかいないでしょ。
男爵令嬢くらいでは(泣)。
「するとグレースは……ああ、そう」
「はい。
ミルガスト伯爵家のお嬢様方にも当然侍女はつくのですが、侍女はお年を召した方が多いので」
代わりにグレースみたいな若くて体力のあるメイドがそのお役目を果たすと。
あ、そういえば侍女について話してなかったっけ。
グレースや執事の人に聞いたんだけど、高位貴族家のお嬢様が公の場に出る時は基本的に侍女がつく。
私的な場だとつかない場合も多いけど。
例えば私が呼ばれて行っているモルズ伯爵邸での集まりは、参加者が高位貴族の令嬢ばかりなので本来ならその場に侍女がいるはずなの。
でも身内のお茶会は私的な場なので侍女はつかない。
この侍女という立場は、召使いというよりはどっちかというとお目付役なのだそうだ。
つまりまだ未熟なお嬢様が公の場、つまり舞踏会やパーティで粗相したりしないように、しそうになったらさりげなく庇うとか、そういうお役目だ。
よって当たり前だけどお嬢様よりは年上で経験を積んだ人がなる。
基本的には既婚。
下手すると親世代だったりして。
そんな人に警備しろとか護衛しろとかいうのは酷だし、いざとなった時に咄嗟に動けない事も多いから、まだ若くて生きの良いメイドが侍女の侍女というか侍女代行として担当するらしい。
「するとグレースは侍女も出来る?」
「それは無理です。
侍女になるには身分も知識も経験も不足しています」
それはそうだよね。
貴族の社交界でお嬢様の楯にもなるお役目だ。
礼儀や禁忌とかにも詳しくないと。
「あれ?
でも私って対外的には伯爵令嬢扱いなのでは?
侍女がいないんだけど」
「お嬢様はデビュタントを済ませておられませんから。
公的な場には出られないので」
そういうことか。
つまり今の私はまだお子様らしい。
なので舞踏会やパーティなんかには招かれない。
ああいうのは正式な貴族の社交だから。
「すると私がデビュタント済んだら侍女がついて下さるの?」
「と思います。
よく知りませんが」
それはそうか。
グレースはメイドなんだよ。
一介のメイドが伯爵家の方針なんか知ってる訳がない。
でもグレースくらい優秀だったら侍女も出来そうだけど。
それを言ったら微笑まれた。
「ありがとうございます。
出来ればデビュタント後もお嬢様にお仕えさせて頂きたく」
言われてしまった。
何でそんなに私の事を気に入ったのか。
ていうか私、男爵家の庶子だよ?
騎士爵の正室であるグレースの方が身分が高いでしょう。
「今は」
気になることを言われてしまった。
でもそうか。
貴族女性の身分って、実は結構不安定だ。
ある意味、それは殿方も同じだけど。
貴族って結婚してナンボなので、元の身分がどうあれ淑女は輿入れしたら旦那様の身分の従属になる。
殿方も同じで婿入りすればその家の爵位になってしまう。
まあ、殿方の場合は婿入りできなければいずれは平民になる人が選ばれるけど。
どっちにしても相手次第なのよね。
私の前世の人が読んでいた小説みたいに伯爵令嬢が王子に嫁げば王子妃だ。
つまり王族。
その王子が即位したら王妃。
でもその令嬢が子爵家に輿入れしたら将来は子爵夫人になる。
珍しいけど平民に嫁げば平民だ。
落差が酷い。
公爵令嬢でも伯爵家に輿入れしたら伯爵夫人でしかなくなる。
元々の身分はなかったことになるのよね。
そして。
私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説では、何てことのない平民が男爵家とかに引き取られて学園で王子に見初められれば、将来は王子妃か公爵夫人も不可能じゃなかった。
いや、現実には無理だけど(笑)。
元平民の男爵令嬢ではいいところ妾よね。
メイドすら難しいかも。
それって実は血筋とか家系とかの理由じゃ無い。
立場に相応しい教育を受けているかどうかだけだ。
そして、与えられた立場で上手くやっていけるかどうか。
なので元平民が王太子妃とかまず無理。
でも理論的には可能なのよね。
身分は婚姻や養子によって覆せる。
私がいい例だったりして(泣)。




