86.護衛術
「よく出来ました。
もうテレジア語の基礎は十分です」
ある日、いつもの口頭試問に答えていたら教授に言われてしまった。
「ありがとうございます」
「メダルを差し上げます。
ただ、これはあくまで基礎が大丈夫ということですから、続けていずれかの専門授業に進んで頂きたいですね。
興味がある分野の講座はありますか?
推薦状を書きましょう」
「ありがとうございます。
少しお時間を頂けますか?」
「いつでも」
ということで、テレジア語基礎講座のメダルを頂けてしまった。
本科の講座では初めてだ。
その場に居た皆様にも拍手を頂く。
感激だ。
まあ、実を言えばミルガスト伯爵邸で家庭教師のグレッポ様に習っているから出来て当たり前なのだけれど。
でも家庭教師は私的な教育者だから、ここで学院の正規の教授からメダルを頂けたのは大きい。
公的に認められたわけで。
皆様に礼をとってから退出するとグレースが祝福してくれた。
「おめでとうございます」
「ありがとう。
グレースも頂いたんでしょう?
テレジア語のメダル」
でなければ退学しないはずだ。
「そうですね。
三種の神器ですから」
実を言えばテレジア貴族の資格は曖昧だ。
もちろん爵位持ちか貴族家のものという身分は基本だけど、ただそれだけでは社交界では認められない。
一人前の貴族として受け入れられるためには学院でメダルをいくつか頂く必要がある。
もっともこれは必ずしも講座に所属して授業を受けなければならないというわけではない。
様々な事情で学院に通えない人は、担当教授に試験して貰って合格すればメダルを頂ける。
でもこの方法、結構厳しいらしいのよ。
講義を受けていると出席点というか内申書の点数が加算されて合格しやすくなるんだけど、一発入試では相当の実力がないとメダルはいただけないらしい。
話を戻すと、最低限社交界で貴族として認められるためには三種のメダルが必要だとされている。
もちろん絶対的なものではないし、王族や高位貴族家の子弟はそんなものがなくても大丈夫なんだけどね。
でも下位貴族はテレジア語の基礎、礼儀作法、そしてあとひとつ何かの専門分野のメダルがないと相手にして貰えない。
専門分野って、つまりはお仕事ね。
どこかに就職するのならそれ方面の技能や知識が必須。
輿入れするにしても貴族の奥方として恥じない何かのメダルを持ってないと駄目だとか。
「グレースは何にしたの?」
聞いてみた。
「私ですか?
護衛術です」
こともなげに答える専属メイド。
おう。
私のメイドは武人でもあった(泣)。
「護衛術って、護身術とは違うの?」
「違います。
本来は警備職や騎士の技能ですが、個人の警護に特化したものですね」
つまりグレースって元々そういう立場だったのか。
私の前世の人が読んだ小説に出てくる武装メイドというものらしい。
「得意武器は何?」
調子に乗って聞いたら叱られた。
「遊びではありません。
そもそも護衛術は技能や技というよりは総合的な技術知識体系で」
グレースが簡単に説明してくれたところによると、護衛術は実戦の前に行うべき準備や警戒に関する知識技能だそうだ。
本来は騎士の技能の一環で、護衛対象を守るための計画や襲撃の予測および撃退方法の検討、また劣勢になった場合の退却手順などを立案・検討が含まれる。
つまり護衛対象がどこかに行く予定だったら予めその行程をチェックして危険を排除しておくとか、万一襲われたり何かあった場合の対処について計画しておくとか。
「ああ、つまり警備責任者?」
「その下で計画立案して、実際の対処も含まれますね。
襲われた場合は自分では戦いませんが」
そういう直接的な護衛はまた別だそうだ。
それはそうだよ。
だって本来はメイドなんだよ?
戦闘訓練なんかするわけがない。
そんなのは専門家にお任せだ。
「まあ、戦り合う場合もあるかと。
武運つたなく護衛対象が誘拐されたりした場合、何としてでもついて行きます」
「あ、それはよくありそうね。
お嬢様がメイドごと攫われるとか」
「そうですね。
その場合、いかにも戦えそうなメイドでは置いて行かれたり殺されたりする可能性が高いので」
敢えて戦う訓練とかはしない。
無力なメイドのままで近接警護に徹する。
万一の場合は身代わりだ。
何か凄い。




