85.公開情報
私の父親が前サエラ男爵だったことは公になっている。
貴族名鑑に登録されるには理由が必要だから。
普通の貴族は○○爵嫡子とかそういう係累で載る。
庶子だったり養子だったりすることもあるけど、とにかく血の繋がりや公的な係累が必須だ。
一方、爵位持ちの実子だとしても下位貴族の場合は載らないこともある。
特に一代貴族は嫡子でも載らないこともあると聞いている。
ていうか、その貴族が載せようと思えば載るらしい。
前にミルガスト伯爵家の執事の人と話していて教えて貰ったんだけど、ご本人の父親は爵位はないけど貴族名鑑に載っているということだった。
これは「貴族家のもの」という枠で、当然だけど正式な貴族ではない。
だけど貴族家でちゃんとした職についていて、しかもその職を世襲出来そうならその嫡子も含めて貴族名鑑には載せられる。
執事の人の場合、本来は兄上がミルガスト伯爵家執事の跡を継ぐ予定だったので、貴族名鑑には父上と並んで兄上だけが載っていたそうだ。
次男である執事の人、ええとアーサーさんは平民扱いだった。
でも兄上が学院で誰かの目にとまったとかで王政府だかどこだかに出仕してしまった。
とすれば兄上はもうミルガスト伯爵家の執事職を継ぐことは出来ない。
だって仕事の内容がまったく違うから。
ということで急遽アーサーさんに跡継ぎの立場が回ってきて、貴族名鑑に載せられると同時に学院に放り込まれたらしい。
横道に逸れたけど、つまり何が言いたいのかというと貴族名鑑に載っている人はその経歴や係累が公になる。
私の前世の人の言い方では公開情報?
なので私の場合もサエラ男爵家のもので前サエラ男爵の庶子、という情報がすぐ判るようになっている。
ただ、庶子ということで母親の名前や家系は載らないのよね。
貴族名鑑には。
でも登録するためにはそういう情報が必要だ。
貴族名鑑を管理しているのは王政府なので、ちゃんと調べられると聞いている。
つまり役所には貴族名鑑に載らない情報があるわけで、貴族だったら簡単に調べられるわけ。
私の母親の名前やその家系とかの情報もどこかにはあるはずだ。
何で簡単に調べられるのかって?
だって貴族の婚姻に必要だから。
貴族の結婚は家同士の契約だから、もちろんお互いに相手の事情や状況を調べる。
特に血の繋がりが重要だって。
後になって実は、とかバレたら大変なことになるからね。
調べて問題がないことを確認してから婚姻を吟味することになる。
私の前世の人が読んでいた小説みたいに「王太子が気に入ったから」みたいな動機で婚約や婚姻が決まるなんてあり得ないのよね。
貴族ならみんなそうだから家系に関する情報は隠せないはず。
だけど、なぜか私の母方の家系や事情については隠蔽されているみたい。
エリザベスが言うには公に抹消されているわけではないけれど、どうも調べにくいとか。
それどころか突っ込みかけるときな臭い臭いが漂ったらしい。
つまり誰か力がある人が隠そうとしている。
それって王政府の役所に影響を及ぼせるくらいヤバい相手ということだから、エリザベスはすんなり引き下がった。
多分あれよね。
私の母親個人というよりは、その父親つまり私の祖父にあたる「王家に連なる高位貴族家」のどなたかの情報に関係してくるお話なのだろう。
怖いし、別に知りたくないから私自身はどうでもいいんだけど。
ミルガスト伯爵家はどうだろうか。
寄子の男爵の庶子なんか普通だったらどうでもいい雑魚なんだけど、ちょっと調べて見たら?
何か訳ありだったと。
そこで放り出したり知らない振りをすることも出来たはず。
でも私を普通では考えられないくらい厚遇しているんだよね。
後で調べてみたら育預って結構重い立場だったりして。
養子ではないんだけど、それに準ずるほどの身分だ。
つまりその貴族家が後ろ盾になるというより、事実上の親類として扱うほどの立ち位置になる。
身元保証しているわけで後見人より重い。
だから私が何かしたら、それはミルガスト伯爵家の子弟がした事と同じくらいの影響があるのよね。
お茶会やパーティ、舞踏会なんかで恥を晒したら、それはミルガスト伯爵家を貶めることになる。
幸いにして私はまだデビュタントが終わってないから、そういった公的な催しには招かれないけど。
でも非公式な場でも立場はついて回るのよ。
私が毎週のように参加している高位貴族令嬢のお茶会もそうだ。
あそこでは私は伯爵令嬢として扱われている。
当然、それなりの礼儀を要求される。
もちろん無理なので参加者の皆様方から頻繁に駄目出しが入っている。
もし私が前世の人の読んだ小説に出てくるヒロインだったら虐めと感じるくらいのご指導なのよ。
もちろん私はお花畑じゃないから、皆様の純粋な厚意として受け取っている。
だってこれ、個人的な礼儀の授業そのものだ。
高位貴族令嬢がよってたかって家庭教師をして下さっているようなもので。
どれだけお金を積んでもおいそれとは頂けない機会。
おかげで正規の礼儀の家庭教師であるシシリー様から褒められる事も増えた。
感謝しか無い。
それだけに私も覚悟が必要ということで、最近は学院の授業にも気合いを入れて臨んでいる。




