84.バレてる?
グレースによればミルガスト家の領地で育ってそろそろ嫁に、という歳になった頃に伯爵家からお話が来たそうだ。
ミルガスト伯爵家はそれなりに大きな領地で騎士団の規模もかなりなものだ。
当然、組織としてまとまる必要が出てくる。
当然だけど伯爵家としては忠誠心が高い家臣を揃えたい。
騎士などという安全管理に直結する仕事をしている人材なら尚更だ。
騎士の嫁に下手な女性は迎え入れられない。
その点、騎士団員の娘なら信用度は抜群だし、教育して有望な騎士に嫁がせれば良いのではないか、と。
「私自身は思いも掛けないことだったのですが、ミルガスト家の後ろ盾で学院に行かないかというお話を頂きまして」
グレースはそれまで平民に嫁ぐつもりだったんだけど、学院に行けば人生の可能性が広がる。
そんな機会は滅多に無いからね。
一も二もなく飛びついたらしい。
「そのようなことが」
「はい。
ですから伯爵家のご恩に報いるためにもと思いまして」
首尾良く必要なメダルを取って退学し、伯爵家の斡旋でお父上の同僚の騎士に輿入れ出来たと。
そこでお嬢様方はまた「きゃー!」となったんだけど。
あれ?
ギルボア様って結構歳食ってなかった?
私の前世の人が読んだ物語では、そういう場合のヒーローって若くてイケメンな騎士が定番だ。
いや違うか。
若い娘が中年のイケオジと、というお話も結構あった気がする。
つまりグレースって年上趣味?
まあいいけど。
ギルボア様もまあ、おまけしてイケオジと言えなくもないし。
男爵様に比べたら全然だけどね。
……何を言ってるんだ私は(泣)。
それからもグレースは色々と質問に答えていたけど区切りがいい所で終わって貰った。
その頃にはお嬢様方はすっかり打ち解けていて、お友達というかファン? になった人もいたみたい。
帰り際に皆さんにまた来て下さいねと懇願されてしまった。
私じゃないでしょ。
グレースを連れてこいって(泣)。
空のバスケットを抱えたグレースを従えて学院の廊下を進む。
「お疲れ様」
「いえ、楽しかったです。
私も学院時代はああいうお部屋に入り浸っていましたので」
「そうなの?」
「騎士爵の跡取りでもない娘ですからね。
他に行く場所もなくて」
そうか。
グレースはミルガスト伯爵家の後ろ盾があるというだけで、厳密に言えば貴族家のものじゃなかったのか。
一代貴族は嫡子すら貴族かどうか曖昧な所があるものね。
将来確実に平民になりそうな人は、学院では肩身が狭いと。
それって私の前世の人が読んでいた乙女ゲーム小説のヒロイン設定そのものなのでは。
「大変だったのね」
「あまり人とは関わりませんでしたので。
それに、騎士爵の正室は貴族と言えるかどうか」
それでも公の場では貴族枠に入る。
パーティとか舞踏会とかにかり出されたら、それなりの社交をしなければならないらしい。
旦那が騎士として出世して騎士隊長や騎士団長になったら、その奥方は紛れもなく貴族だ。
時には自宅で旦那様の部下たちを招いて接待とかする必要があるかもしれない。
そして、旦那様の部下って騎士団員だから平民とは限らない。
ああ、それでか。
ギルボア様は前途有望なんだろうな。
ていうかもう中年だから近い将来お役に付く予定なのかも。
その奥方は貴族の正室としてやっていける人でなければならないということか。
なので身内の有望な人材に機会を与えて学院に送る。
ミルガスト伯爵様、というよりは側近だか参謀だか、とにかく伯爵家を維持運営している人がそういう計画を立てて実行しているんでしょうね。
遠大な計画だ。
伯爵家、というよりは領地貴族家って規模は小さいけどひとつの国みたいなものだ。
当然、有用な人材が大量に必要になる。
国だったら自国内でそういう人を育てるのは当たり前だ。
よそから引き抜いてもいいけど、やっぱり純粋培養の方が信用出来るし。
するとあれか。
私も何かの計画に巻き込まれているんだろうか。
ていうか多分そうだろうな。
あまりにも上手くいきすぎだものね。
寄子の男爵の庶子なんか、普通だったらメイドとして雇ってお終いでしょう。
そんな雑魚に騎士爵の奥方でメイドとはいえ学院出の才女を専属メイドとしてつけるってどうよ。
これって。
私の正体がバレてる?
いや確実にそうよね(泣)。




