83.騎士の娘
ほう。
なるほど、そう来たか。
凄くいい見本ではあるのよね。
貴族家のものでありながら使用人をやれているって、よく考えたらここにいる人たちにとっては就職方法のひとつになり得るわけで。
実際にそうやって働けている人からお話を聞きたいのは当然でしょう。
グレースは頷いて話した。
「家臣ではございません。
夫は伯爵家の騎士でございますが、私は一時的に貴族籍を離れて平民としてお仕えしております」
つまり騎士爵の正室としての身分を出さずに平民枠で雇用されていると。
もちろん騎士自身は爵位持ちだからそんなことは出来ないけど、奥方は正室とはいえ爵位持ちではない。
だから平民です、と言い張ればそれで通る。
私も執事の人に教えられて初めて知ったんだけど、王宮や王政府、あるいはお役所の職員って基本は平民なのよね。
管理職やもっと上になったら貴族になるけど。
それより下は建前上は平民だ。
そうしないと役所が平民を雇えなくなるから。
だから明らかに貴族や貴族家の者であっても平民として扱われる。
爵位がない限りは。
逆に爵位を持っていたら政府や宮廷の職員にはなれない。
まあ、宰相様とか局長、部長クラスは爵位持ちがやるんだけど、そっちはそっちで平民には出来ないことになっている。
何とか部長とかに昇進したら法衣貴族爵位を賜るとか。
領地伯爵家なども役所に準ずるということで、使用人は基本は平民だ。
そうでない人は臣下になるんだけど、聞いた話では准男爵までは一貴族の臣下にはなれないらしくて。
王国の爵位持ちということは王家の直臣だから。
その下の騎士爵や爵位がないけど貴族っぽい人たちなら王家ではない貴族の臣下になれる。
陪臣という身分ね。
○○公爵家騎士団に所属する騎士は○○公爵の陪臣だ。
もっとも騎士といっても色々あるらしい。詳しいことは知らないけど。
王家直属や公爵家だと近衛騎士で、これは騎士爵持ちが任命される。
高位貴族家は自分で騎士を叙任出来るし、その騎士は貴族家の臣下だ。
ちなみに騎士団に所属している騎士がみんな騎士爵持ちとは限らないみたい。
つまり「騎士団員」である騎士は正式な貴族ではなくて、何というかその領地限定? の准貴族、いや上級平民? になるとか。
よく知らないし、興味もないから別にいいんだけど。
でも、そういった人たちでも貴族名鑑に登録される場合があるのよね。
爵位がない貴族とか、何となく名鑑に載っているってそういう人たちだそうだ。
私がぼやっとそんなことを考えている間にもグレースのお話が続いていた。
グレース自身がこの学院の生徒だったこと。
騎士爵位持ちの貴族の奥方として恥ずかしくない程度のメダルを頂いて退学したこと。
というよりは、退学の目処がついたのでミルガスト伯爵家の伝手で婚活して今の旦那様に嫁いだそうだ。
「学院でメダルを頂く必要が?」
「人によって条件次第ですが、私の場合はそれがミルガスト伯爵家に入る条件でしたので」
ご令嬢方はいつの間にかみんな身を乗り出して聴いていた。
こんな機会、滅多に無いんだろうな。
だって実際に学院を出て、というかメダルを頂いて退学して就職した例だ。
爵位持ちに輿入れもしている。
成功者といっていい。
グレースがメイドだと名乗った時には戸惑っていた人たちも、学院の先輩だと思えば遠慮がなくなる。
グレースの方もノリノリだった。
別に自分の経歴を隠しているわけじゃないしね。
むしろ後輩たちに囲まれて楽しそうだ。
私の前世で例えると、卒業生が学校訪問して後輩になつかれているようなものなのかも。
私は蚊帳の外に追い出されたのをいいことに、気配を消してソファーに背を預けた。
しばらくはほっといていいか。
「……あの、旦那様とはどういう風に」
誰かが思いきって聴いた。
それは私も気になるな。
「……私の父上も騎士ですので、その伝手と言いましょうか。
ミルガスト伯爵家騎士団の団員様方が時々我が家で会食することがあって」
グレースが紅くなってる!
お嬢様たちが「きゃー!」みたいな声を上げた。
この辺は私の前世の世界と一緒か。
「するとそこで知り合ったと?」
「いえ、私は小さい頃から騎士団に出入りしていて、皆様とは顔なじみではあったのですが」
騎士の娘だもんね。
お弁当を届けるとか、それは色々あったんだろうな。




