82.家臣?
「その話はもういいでしょう。
貴方の方はどうなの?」
話題を逸らせたら肩を竦められた。
「これといってないわね。
ちょっとライロケル皇国に行ったくらいかな」
外国に行っていたのか。
「どうだった?」
「別に。
親父殿のお供がてら観光してきただけだから。
まあ、私もちょっと商売はしたけど」
ライロケル皇国はテレジア王国と同じくらいの国力の国だけど、大昔は大帝国だったと習った。
その帝国が何やかんやで分裂して周りの国になったらしくて、今は元帝都だった場所とその周囲だけが領地だ。
だから皇国を名乗っている。
でも別に偉そうとかいうわけじゃないし、大帝国だったのは数百年前なので、今では普通の封建国家だったはずだけど。
「確か歴史がある分、文化が発達しているんだったっけ」
「発達というよりは伝統ね。
文化というものは積み重ねだから、やっぱり歴史が長い方が洗練される」
「それで観光を?」
「何か商売のヒントにならないかと思って」
やっぱりエリザベスは商人なのよね。
「何か面白そうなものってあった?」
「これからよ」
教えてくれそうにはない。
まあ商売人だから。
お食事の後はエリザベスと別れて講座に出たけど、それが終わったらやることがなくなってしまった。
例の互助組織というか共済部屋には行きにくいのよ。
メイドなんか連れて行ったら浮くだろうし。
「グレースさん、ちょっと休まない?」
「グレースと」
「……グレース」
「何でございましょう」
「一人で行きたいところがあるんだけど」
「駄目です」
やっぱり(泣)。
グレースは私の専属メイドだけど私の配下でも部下でも臣下でもないのよ。
むしろお目付役だ。
どこにでも付いてくる。
ていうか私から目を離さない。
「連れて行くと浮くと思うのよね」
「かまいません。
メイド連れでは出入り不可というわけではないのでしょう?」
「それはそうだけど」
「ならば行きましょう」
もうどっちが主人か判らないよね。
というわけで、私は久しぶりにあの下位貴族の淑女専用部屋に向かった。
やっぱり浮いた。
私がグレースを従えて「ごきげんよう」と言って礼をすると、部屋に居た皆さんがぎこちなく応じてくれる。
ううっ寒い。
ぼやっとしている間にグレースが抱えていたバスケットからお菓子などを取り出してテーブルに並べ、みんなが唖然としている間にさっさと人数分のお茶を配膳してから壁際に控えてしまった。
もうしょうがない。
「それでは」
曖昧に言ってソファーに座ると、皆さんもぎこちなく従ってくれた。
沈黙。
「あの、聞きました」
何といったか、確か准男爵家の人が言った。
「ミルガスト伯爵家の育預になられたそうで」
「はい。
自分でも役者不足とは思いますが」
「あの、あちらは」
「グレース」
呼ぶとグレースはきちっとした動作で貴族に対する平民の礼をとった。
「グレースでございます。
お嬢様の専属メイドを務めさせて頂いております」
「グレースは私の護身術の先生の奥方なんです。
騎士爵の正室です」
言ってしまった。
黙っていたら拙そうなんだもん。
だって旦那様が騎士爵だよ?
一代貴族とはいえ正式な爵位持ち。
その正室だから貴族だ。
ひょっとしたら私を含めてここにいる全員より身分が高いかも。
死のような沈黙が部屋中に広がった。
「あの、その」
「失礼いたします。
私はミルガスト伯爵家の使用人としてお嬢様の専属メイドを務めさせて頂いております。
お嬢様をよろしくお願いいたします」
明らかにメイドが言う言葉じゃないけど、皆さんは黙って頷いた。
ていうか妙に感心してない?
すると私と同じくらいの歳の人が言い出した。
「ええと、グレース様?」
「グレース、と」
「あ、グレース。
少し教えて頂いてもよろしい……?」
グレースがちらっとこっちを見たので頷いておく。
「なんなりと」
「良かった。
あの、グレースは伯爵家の家臣なのですか?」




