80.完コピ
そのエリザベスが久しぶりに学院に戻ってきた。
「お久しぶり」
「おひさ。それより聞いたわよ? 何か凄い出世したそうじゃない」
「そんなんじゃないけど」
待ち合わせて中庭で昼食を摂る。
やっと外で食事しても震えずに済む気候になった。
「またまた。
もう私より豪華でしょ」
「それを言わないで(泣)」
そう、私にはお付きがいる。
さすがに学院に通うのに侍女はいらないからメイドさんだけだけど。
でも私のメイドさんって護衛も兼ねているのよね。
グレースさんが私の専属メイドになってしまったのだ。
騎士爵の正室で、実は護身術のギルボア先生の奥方でもある。
私よりいくつか年上なんだけど旦那様は中年なんだよね。
別にいいけど。
そのグレースさんはエリザベスのメイドさんと並んで控えてくれている。
最初は気になって仕方がなかったのよね。
最近、やっと落ち着くようになってきた。
何事も慣れね。
「そういえばお茶会にも出てるって?」
「お誘いされたら断れなくて」
週に一回くらいは学院外のお茶会にも参加している。
何を気に入られたのか、モルズ伯爵令嬢をはじめとするあの隠れ高位貴族家のご令嬢方に呼ばれるのだ。
一応は招待なんだけど実質は命令だ。
だって伯爵家や侯爵家の令嬢に呼ばれたら男爵令嬢は断れないでしょう。
おかげで毎週、高位貴族家の王都タウンハウスに通っている。
「意外というか何というか。
どんな話をするの?」
「鍛えられてます(泣)」
お茶会の席で色々と教えてくださるのは嬉しいんだけど、頻繁に駄目出しが入るのよ。
もちろん虐めとかじゃなくて、私の至らない点を矯正したり知識不足を補ってくださっていることは判っている。
でも時々刺繍を望まれたり歌わされたりするのはどうも。
「歌ったの?!」
「しょうがないでしょう」
次のお茶会では演奏会をしましょうね、とシストリア子爵令嬢が言ってしまって、みなさん「それはいい」とか賛成して。
子爵令嬢のふりをしてるけどシストリア様はお父上が爵位を継いだら侯爵令嬢だよ!
私が嫌だとか言えるわけがない。
「楽器は?」
「無理。
だからしょうがなくて歌った」
「笑われなかった? あるいは同情とか」
エリザベスが笑いを堪えながら言うけど、それどころじゃなかった。
「……大受けだった」
「そんなに上達してたの?」
違う。
切羽詰まった私は前世の記憶に頼ってしまったのだ。
私の前世の人は女子高生という身分だったんだけど、その人が住んでいた国はやたらに娯楽が発達していた。
小説はもちろん音楽や画像や、それどころか絵が動いて音もついているという魔法みたいなものもあった。
私の前世の人は乙女ゲーム小説を好んでいたくらいなので、そういった娯楽にも詳しくて、歌も大量に覚えていたのよ。
その中でも好きだった歌はフルコーラスで歌えるほどはっきり記憶にあったので、ついアカペラで歌ってしまった。
でも前世の人の言葉、日本語というんだけど、歌詞がそれだったから現実では意味不明な音の羅列だ。
皆さんは私の前にそれぞれピアノとかバイオリンとかフルートとかを演奏したんだけど、上手いのよね。
高位貴族令嬢ともなると性能が半端ない。
多分、幼い頃から練習しているせいだろうけど。
シストリア様は声楽が得意ということで、モルズ様のピアノ演奏に合わせて歌われたけどまさに美声。
その後に歌った私の立場は。
「聞いた事がある。
シストリア家の下の令嬢は劇場で歌えるくらい凄い歌い手だったはず」
「でしょうね」
「その後に歌ったの?
まあ、度胸だけは認めるけど」
私もやけくそだった。
演奏も断った。
だって前世の曲だから楽譜なんかないものね。
「それでどうなったの?」
「ウケてしまって。
これまで聴いた事もなければ既存のどんな曲とも違うって」
すぐに皆さんメロディーラインを再現して、即席の演奏会になってしまった。
あれは凄かった。
私が歌った曲をすぐさまモルズ様がピアノで再現し、それに合わせて他の楽器も演奏。
皆さん、一度聴いたらある程度は再現出来るんだもん。
それを何度か繰り返す内に綺麗に揃ってくる。
最後に合奏したメロディをシストリア様がすらすらと楽譜にする。
それを一小節ごとにやって、1時間くらいで曲を作り上げてしまった。
実のところ私の記憶はいい加減で、本来の曲とは微妙に違っていたような気がするんだけど、そういう歪みも修整して聴ける曲になっていたりして。
「それで?」
「最後はみんなで通して合奏して私とシストリア様が歌って」
これも驚いた。
私のアカペラは日本語なのでテレジア王国では意味不明なんだけど、シストリア様は発音を完璧に真似出来ていた。
ちゃんと日本語に聞こえたもんね。
歌ったご本人は理解出来なかったはずなのに。
でも、もともとの曲に合わせた歌詞なのでしっくりくるのよ。




