76.銀食器
だって私、もうすぐ16歳になる。
私の前世の人の社会では未成年なんだけど、こっちの貴族社会だと貴族令嬢の半分くらいは既に輿入れしている歳なのよ。
ちなみに礼儀の授業で教えて貰ったんだけど、意外というかなるほどというか、淑女は高位貴族の方がどっちかというと晩婚だ。
といっても二十歳前には大抵輿入れするけど。
下位貴族の方がさっさと結婚する傾向にある。
理由としては、高位貴族の婚姻は露骨に政略がらみだから。
王家や公爵、侯爵家辺りの結婚は貴族社会だけじゃなくて下手したら国や外国との関係まで影響してくることになる。
伯爵家はそのとばっちりや巻き込まれで右往左往したりして。
例えばある公爵家の嫡男の嫁に王家の姫殿下がどうだ、という話があったとして、すんなり行くとは限らない。
力関係や派閥、商売や交易、領地の問題なんかが複雑に絡んでくる。
更に、隣の国との関係がきな臭くなって同盟関係を再考しよう、とかなった場合、王家の姫を輿入れさせるって有効な手段だからね。
姫君がさっさと婚姻してしまっていたら、王家は有効な駒をひとつ失うことになる。
公爵や侯爵家辺りまでは似たような状況があり得るから、王家や高位貴族家としては出来るだけ使える駒を残しておきたい。
それで子弟が晩婚になると。
だから、たまに王家には未婚のまま中年になってしまった王女様とかがいたりする。
それでもまだ有効な駒ではあるから生活に困ったり邪険にされたりはしないけど、酷い話よね。
高位貴族に比べて下位貴族って政略や交渉に婚姻がからむことは滅多に無い。
子弟にしてもいないよりはいた方がいいという程度かな。
しかも嫡男が爵位を継いだらその兄弟姉妹は邪魔になるから、出来るだけ早く出て行けという話が普通だ。
なので下位貴族令嬢なんか16歳にもなれば大バーゲンセールという(泣)。
私の実家のサエラ男爵家もご多分に漏れず、嫡男は既に嫁を取って子供もいるし、それ以外の子弟の方々は嫁入り婿入りしたり婚活中だったりしている。
皆さん私より年上だからね。
先代のサエラ男爵様、私の母親との年の差凄かったんだろうな。
まあご主人様とメイドだし。
私の場合、サエラ男爵家の令嬢ではあるんだけど員数外というか親戚扱いなのよね。
つまり私を娶ることでサエラ男爵家に恩を売るとか出来そうに無い。
私の兄上である男爵様は私に甘いから出来るだけの援助はしてくれるだろうけど、それでも限度がある。
せいぜい持参金をつけてくれる程度だろうな。
なので私も焦っていたところがあったんだけど。
なぜか寄親のミルガスト伯爵の後援を受けることになってしまった。
ただ何をして頂けるのかイマイチはっきりしない。
こうやって客人扱いされたり、ドレスを頂けたり、果てはメイドさんや侍女を付けてくださるなんてあり得なくない?
一体私にどうしろというのか。
また考えがループに入りそうになったので強引に打ち切る。
「それでは。
お食事は個室で摂られますか?」
メイドさんに聞かれたから聞き返す。
「あの。
コレル閣下からは何かありますか」
「閣下は既に外出されておられます」
見捨てられたか。
いや違うだろう!
私なんかに構っている暇はないということね。
「お部屋で」
「かしこまりました」
というわけで、私はワゴンで運ばれてきた朝食を頂いた。
銀食器だった。
料理自体は賄いとあんまり変わらなかった、というよりは賄いって貴族の方々の食事の余剰で作るからなんだけど。
でもパンやベーコン、野菜などが綺麗に盛り付けられていて豪華に見えた。
お皿やスプーンなんかが銀製なのが違和感バリバリだ。
これ、礼儀の講義で習ったんだけど元々は毒殺対策として始まったらしい。
銀ってある種の毒に反応して色が変わるんだって。
もちろん万能じゃないし銀に反応しない毒もあるんだけど、ないよりはマシだし一見豪華に見えるから貴族の間で習慣化した。
平和な時代になって毒物での暗殺が時代遅れになってもそれが何となく続いているそうだ。
まあ、確かに銀食器っていかにも貴族らしいもんね。
少なくとも平民はこんな食器は使わない。
ていうかサエラ男爵家でも普段は使ってなかった。
貴族や有力な平民のお客様が来られた時の晩餐くらいかな。
そう、なので貴族家には普段は使わない銀食器セットが必ずあったりして。
これは豪華な客間とセットになっているんだろう。




