70.お嬢様になってしまった
その後、戻って来た侍女の人につれていかれたのは伯爵家タウンハウス本邸の客間だった。
応接セットが豪華だ。
ちゃんとベッドもある。
それどころかお付き用の小部屋までついていたりして。
「あの」
「お嬢様のお部屋は本日よりここでございます。
ご用がございましたら鈴を鳴らしてくださいませ」
侍女の人はそう言って軽く礼をしてから出て行ってしまった。
取り残されて呆然とする私。
どうすればいいんだろう。
とりあえずベッドに載ってみたら、前に使わせて貰ったものより上等だった。
スプリングとかマットレスとかが柔らかい。
もちろんベッドは天蓋付きで、こんなの男爵家でも使ってなかったのに。
ていうか男爵様のお部屋にもなかったような?
そうか。
ここ、「客間」だ。
貴族のお屋敷には必ず当主の部屋より上等なお部屋が存在する。
その当主が国王でない限り、絶対だ。
なぜなら自分より身分が高い客人が宿泊するかもしれないから。
この辺も礼儀講座で教わったんだけど、貴族のお屋敷って高貴な方の宿泊施設でもあるのよね。
特に地方領主の屋敷や城は必須だ。
例えば領地伯爵家。
何かの理由で侯爵とか公爵とかが領地を訪れたとする。
別に泊まるつもりがなかったとしても、天候やその他何らかの理由で宿泊を余儀なくされる可能性がある。
そんな時に伯爵家当主のお部屋より劣った部屋しかなかったら侮辱になってしまう。
侯爵家だったら公爵や王族が来たらやっぱり困る。
公爵家でも同じだ。
だからいつもは使わない豪華な客間があるんだけど。
これが子爵以下の下位貴族だったら話は違ってくる。
そんな下位貴族には誰も期待しないから。
ていうか、もし伯爵とかが突然訪ねて来て泊まるんだったら当主は自分の部屋を明け渡すだろうね。
経済的にも豪華な客間なんか遊ばせておく余裕がないから仕方がない。
でもミルガスト様は領主伯爵家だ。
領地のお屋敷はもちろん、王都のタウンハウスにもそういう部屋があって当然か。
あ。
このお部屋、ひょっとしたら私がこのお屋敷に来た時に泊まっていたというどっかの元伯爵がいたところじゃない?
いやいやいや。
何でそんな部屋に泊まらせて貰えるのよ。
ていうか。
さっきの侍女さん、「本日からあなたの部屋はここです」とか言わなかった?
ずっとここに住めと?
寄子の男爵家の庶子にそれって破格すぎでしょう!
思わずサイドテーブルの上にあった鈴を鳴らしてしまった。
ほんの数秒でノックの音が。
「お嬢様?
何かご用でございますか?」
いかん。
何も考えてなかった。
「ええと。
お夕食はどこで摂るのでしょうか」
咄嗟に出てしまった。
いえ、そろそろ窓の外が暗くなってきているし。
「大食堂になっております。
お部屋をご希望ですか?」
「いえ、行きます」
「仰せの通りに。
もうしばらくお待ちください。
では失礼します」
声の主が去る気配がした。
疲れる。
私はソファーにぐでっと伸びた。
そうか、早速会食か。
道理で室内用とはいえ豪華なドレスを着せられたままなわけだ。
多分、ミルガスト家のどなたかが一緒に食事することになっているんだろうな。
きついぜ。
でもどうしようもない。
おなかも減ってきたし、考えても無駄だ。
気を取り直してお部屋を探検してみることにする。
無駄に広いんだよね。
客間なので、つまりお客様がこのお部屋だけで独立して生活出来るようになっている。
私の前世の人の知識で言うとワンルーム?
特に敷居はないけどソファーセットとベッドが同じ空間にあったりして。
ああ、それでか。
天蓋付きベッドはカーテンを閉めて個室みたいに出来るからね。
普段はそうやって見えなくしているのか。
ソファーの他には書き物机や鏡台、クローゼットがあった。
でかいんだよねクローゼット。
開けて見たらもう私の僅かな衣類や靴などが仕舞われていた。
いや、お部屋の豪華さに比べて哀しくなるくらい粗末というか貧乏臭い。
私、こんなの着て学院に行っているんだよなあ。
今着ている服に比べたら古着そのものだ。
靴やブーツも。
拙い。
男爵様にドレスを強請る?
あんまり負担はかけたくないんだけど。
暗い考えを振り切って辺りを見回すと暖炉があった。
おお、それはそうだ。
貴族だもんね。
使用人宿舎とは違うんだよ。
ここでやっと気がついた。
私、お嬢様になってしまった(泣)。




