68.注目の的?
「私としては十分良くして頂けていると」
「それは様子を見ていれば判るのだが。
それでも本来は困る、というよりはあり得ないことだ。
寄子とはいえお預かりした貴族の令嬢を使用人扱いしていたわけだからね。
実際、貴族令嬢に必要な生活環境を提供していなかった。
例えば風呂だ。
毎朝井戸水を被っていると聞かされた時には我々は卒倒しかけたよ」
「それは申し訳ありません。
使用人宿舎にはお風呂がなかったもので」
いや、変だとは思ってはいたのよ。
でもないんだからしょうがないでしょう。
それに孤児院時代は当たり前だったし、男爵家に引き取られてからもそんなに頻繁にお風呂に入れていたわけでもなかったから。
水を頭から被るのって子供の頃からの習慣だったしね。
「使用人用の風呂は本邸にあるのだが」
「後で聞きましたけど、まあいいかな、と。
皆さん私がいると落ち着かないみたいだったし」
「その他にも化粧や髪なども自力で何とかしていると聞いてね。
逆に何も言えなくなってしまったと執事が」
あ、あの執事の人ってアーサーという名前なのか。
家名は判らないけど。
「何か言ったら大混乱になりそうで、手をこまねいている内に時間がたってしまって。
しかもアーサーの奴、君を何度か手伝いでかり出したそうじゃないか。
使用人として」
「ええ、はい。
賄いが出るというので喜んでお手伝いさせて頂きました」
あれは美味しかった。
仕事はメイドだけど、舞踏会やパーティで出るお料理を裏で摘まめたのよね。
貴族の方々のお世話なのでメイドといえど上等なお仕着せを貸与していただけたし。
お仕事の前と後ではお風呂にも入れたのよ。
あ、ここで言うお風呂って貴族が入る湯船じゃなくてお湯の掛け流しみたいなものだけど。
私の前世の人の世界ではシャワーが近いか。
「どうしたものかと悩んでいる内に時間がたってしまった。
ところが学院での情報を集めていて驚いた。
いつの間にかカリーネン家のご令嬢と親しくお付き合いしているというではないか。
何でも休暇には同行を誘われるほどだと」
エリザベスの家名ってカリーネンというのか。
いや聞いた気はするんだけど忘れていた。
だって使わないし。
呼ぶ時はいつもエリザベスなんだよね。
そうしろと言われている。
本当に親しかったらベスとかになるはずなんだけど、貴族でそれやったら拙いからね。
かといって今更家名で呼び合うのもね。
「エリザベスには親しくして頂いております」
「そのようだな。
だがそれは凄いことなのだぞ。
あの家は凄腕の商売人だから、ご令嬢とはいえ打算抜きで親しくなるなどとは考えられない」
いえ、エリザベスは打算まみれです。
多分。
でもここでそれは言えないので曖昧に笑っておいた。
疲れる。
「兄上に報告したところ、それでは試してみようということになってね。
末の娘を通じてご友人のお茶会に招待してもらった」
「そうだったのですか。
ですが、あのお茶会の参加者は皆様身分が高すぎませんか?」
言外にミルガスト伯爵家の末の令嬢とは不釣り合いでは、と含ませたけどコレル閣下は怒らなかった。
「あの方々は、本来は兄上の次女のご友人らしい。
学院時代に親しくされていたそうだ。
その縁で」
なるほど。
それなら年齢的にもあり得るか。
でもやっぱり身分が高すぎる気がするけど。
何かあるんだろう。
「判りました」
「いきなり試すような真似をして悪かった。
だが皆が太鼓判を押すのでな。
大丈夫だと」
さいですか。
その評価はどこから。
「実際、大丈夫どころか大成功だったそうではないか。
しかも当家抜きで君自身が気に入られた、というよりは評価された。
既に次のお誘いが来ている。
これは大したものだぞ」
「自分でも何がお気に召したのかよく判らないのですが」
ついうっかり言ってしまったらコレル閣下に「はっ」と笑われた。
「君は自分自身のことが判ってない。
いいかね。
君は生まれてすぐに孤児院に預けられ、12歳まで平民の孤児として育った。
教育はまったく受けていない。
そして男爵家に引き取られ、わずか2年で学院に入学出来るまでになった」
「我ながら頑張ったとは思います」
必死だったよ(泣)。
だって貴族にされたのならそこで生きていくしかないでしょう。
今更平民や孤児には戻れないし。
「異常だとは思わないのかね?
なまじの貴族であっても幼い頃より家庭教師について学び、それでも学院では苦労するというのに。
ところが君は学院の入学試験こそ不合格だったが、半年もたたないうちに本科に編入された。
並の貴族でも難しいことだ。
それが、平民どころか孤児が、たった2年で同レベルまでのし上がったのだぞ?
君は注目の的だよ」




