65.格上
馬車がミルガスト伯爵邸に戻って玄関前に横付けするとグレースが先に降りて私の手を取って下ろしてくれた。
まあよそ行き用のドレスだしね。
これを脱ぐのは一苦労だ。
というよりは一人では脱げない。
あのドレッシングルームだったかに行かないと。
エントランスに入ると執事の人が迎えてくれた。
「お帰りなさいませ」
おお、執事やってる!
私がこのドレス姿だからか。
「では」
「はい」
執事の人とグレースが頷き合って、私は衣装部屋に連れて行かれてドレスをやっと脱がせて貰った。
重かった。
ホンマモンの貴族のドレスって甲冑じゃないかと思うくらい頑丈で重量があるのよね。
Aラインなのにまさかと思うけど、見えないようにコルセットや体型矯正具が組み込まれていたりして。
特に腹の辺りは絶対に何か入っている。
ナイフくらいは防げるんじゃ無いかな。
下着まで脱いで素っ裸にされるとなぜかまた風呂に放り込まれる。
何で?
疲れたから自分の部屋に直行して寝たかったんだけど。
「その前にご報告をお願いします」
グレースじゃないお仕着せの人が言った。
見た事無いような?
でもそれはそうか。
私はミルガスト伯爵の紹介でモルズ邸のお茶会に出たんだから、どんなことがあったのか報告する義務はあるよね。
グレースからも報告がいっているとは思うけど当事者の感想も聞きたいのは当然だ。
風呂から上がってまたもやミルガスト伯爵のお嬢様のお下がりらしい上等な下着を身につけ、更に男爵家から持ってきた私の服なんかとは比べものにならない上質な簡易型ドレスを着せられる。
「これは?」
「普段着でございます。
お屋敷内ではこれで過ごして頂きたく」
うっ。
確かに使用人宿舎で着ているドレスで屋敷をウロウロするのは拙いか。
着替え終わって簡単にお化粧までされて、例の知らないお仕着せの人に手を取られて廊下を進む内に気がついた。
メイドさんではない?
使用人ではあるだろうけど。
いや、お仕着せだからといってそうとは限らない。
「あの」
「何でございましょう」
「すみませんが、あなたは」
するとメイドさん? は振り向いてニコッと笑ってくれた。
「これは失礼しました。
サンディ、と申します」
「あの。サンディさんはメイドではございませんよね?」
「侍女でございます」
やっぱし(泣)。
領地貴族家の侍女だった!
誰の侍女なのかは判らないけど、侍女といえば使用人ではなくて臣下なのでは。
「はい。
私はミルガスト伯爵家の寄子であるターフ男爵家の三女でございます」
な、なんだってーっ!
男爵令嬢じゃん!
それも正規の!
私より身分が上だよ!
「失礼しました!
私はサエラ男爵家の」
「存じております。
ですが現時点のあなたは当伯爵家のお客人でございます。
私のことはサンディと」
あくまで目下であることを強調してくるサンディ様。
そう言われてしまったらどうしようもない。
今の私はミルガスト伯爵のお客人という立場にされてしまっている以上、ある意味身分を超えた扱いをされるのは当然だ。
「判りました。
サンディ」
慎ましく頭を下げるサンディ様。
年の頃は二十歳くらいか。
私より年上で、どう考えても格上なのよね。
まあしょうがない。
これも貴族社会の慣習だと思うしかないか。




