63.断れない
「失礼ですが、それほどのご厚意に甘えるわけには」
言ってしまったけど否定された。
「あら?
別に厚意というわけではございませんのよ」
「私どもにも利点があります。
こうすればあなたのご厚意を勝ち取れるでしょう?」
ますます不可解な事をおっしゃる。
「私のですか?
たかが男爵の、それも特に何があるというわけでもない娘なのですが」
「そう、それです」
モルズ様がなぜか断定した。
「私、こうしてお話ししていてもサエラ様がこのままで終わるとはとても思えないのです」
「確かに」
「ビンビンきますわよね」
口々に言いつのる令嬢方。
意味不明なのですが。
「あの、よく」
「貴族は矜持でございます」
サラーニア伯爵令嬢が言った。
「身分など些細な事ですが、それでも大きな枷となります。
人によっては越えがたいほどに」
「サエラ様。
普通の男爵令嬢なら、私どもに囲まれたら口をきくどころか萎縮してすぐに逃げ出します。
平民なら逆に無知故に横柄な態度に出るかもしれませんが、いずれにしてもサエラ様のように堂々とした態度ではおられません」
「平常心。
素晴らしい」
「サエラ様は最初から私どもの身分をご存じでいらした。
その上でこのお茶会に参加された。
しかも、途中でシストリア様やヒルデガット様の本当のご身分を知ってもびくともしなかった」
「あ、あの礼は見事でした」
笑われてしまった。
「あれで判りました。
サエラ様は、とても男爵令嬢で終わる方ではございません」
いや、それってどう考えても過大評価でしょう。
男爵令嬢でも身分が高すぎて四苦八苦してるのに。
「男爵家に迎えて頂けただけでも身に余るのですが」
「それでございます」
何?
「サエラ様。
身分を覆す方法などいくらでもございます。
例えばご養子」
簡単に言ってくれるなあ。
まあ、私の前世の人が読んでいた小説では定番だったけど。
平民が公爵家の養女になったりするんだよね。
あり得ないけど。
「養子にするには何らかの利点がなければならないと思いますが」
「そうですわね」
モルズ伯爵令嬢がなぜか含み笑いした。
ひょっとして知ってる?
いや、私に前世があるということまではさすがに判らないだろうけど。
でも高位貴族だったら私の血筋くらいは知っているかもしれない。
別に隠されているわけでもないのよね。
調べれば割と簡単に判りそうだし。
でも私、自分自身の血統ってよく知らないのよね。
私の前世の人が読んでいた小説では「王家に連なる血筋」みたいな曖昧な表現だった。
多分、もっと後の方ではっきりするんだろうけど、そこまで読む前に記憶が途切れている。
読み終わる前に死んだんだろうか。
だからその小説の結末って知らないんだよなあ。
まあ、知っていたとしてもあんまり意味はないけど。
だってもう物語が破綻しているし(泣)。
攻略対象どころか学院自体が小説とかけ離れているんだから、どうしようもない。
五里霧中だ。
あまりの展開に呆然とする私を尻目に参加者の方々は盛り上がり、お茶会は盛況のうちに幕を閉じたのだった。
私は途中から黙って座っていただけだったけど。
でも解散の前にモルズ伯爵令嬢だけじゃなくてそこにいた参加者全員に「お友達になりましょう」をやられて、ついうっかり了承してしまったのは痛恨の極みだ。
ていうか断れないけど。
たかが男爵家の庶子が高位貴族家のご令嬢に頼まれたんだよ?
これが命令ならまだマシだったけど、そうではなかった。
頷いたらみんなで笑いさざめいて、さっそく次のお茶会について検討を始められた。
私?
いつでもいいッス。
呼ばれたら死んでも行きます。
断れないでしょ(泣)。




