62.アレな人たちもいる
「些細は言い過ぎですわよ」
モルズ伯爵令嬢がたしなめてくれた。
どうも、このグループ内ではモルズ様がリーダーのようだ。
伯爵令嬢なのに?
いや現時点ではシストリア様とヒルデガット様は子爵令嬢か。
そういうこと?
私がぽかんとしているとモルズ様が説明してくれた。
「私ども淑女の身分は不確定なものです。
というよりは、そもそも貴族の身分など浮雲のようなものです。
いつどうなるか判りませんし、時々刻々と変化するものでもあります」
「そんな」
「特に淑女は、例えば輿入れすればそれまでの身分は失われますし、新たな身分も確実とは言えません。
例えば私は現時点では伯爵家の者、という位置づけですが、今後はどうなるか。
輿入れ先によって変わりますし、何かが起きて降爵したり昇爵したりする可能性もございます」
「それに身分は状況によって変わります」
サラーニア様が面白そうに言った。
「サエラ様もそうでございましょう?
現在は男爵令嬢であられますが、その前は平民。
将来はどうなるのか判りませんし」
「ああ、別に平民だったからと言ってとやかく言いたいわけではございません。
今は貴族令嬢であられます。
誰も問題になどしませんので」
モルズ様が釘を刺した。
そうなのか。
昔はともかく今が重要だと。
私の前世の人が読んでた小説とは違うな。
身分が高いというだけで威張り散らす貴族令嬢などいないと。
孤児あがりなことも問題にならないと?
それを言ったら手を振られた。
「中にはおられますわよ」
「身分しか取り柄がない、というのは言い過ぎでしょうが、そういう教育や伝統の中で育ちますと、ね」
「でも私たちは現実を知っておりますので」
皆様によれば、高位貴族は逆に身分などあまり意識しなくなるそうだ。
というのは家族や親族の中に本物の貴族と実質的な平民が混在しているから。
貴族家の当主や正室、跡取りは貴族なんだけど、当主の兄弟姉妹や跡取り以外の子弟は将来平民だ。
中にはその貴族家が持っている別の爵位を継ぐ人もいるし、他家に嫁入りや婿入りすればそっちの爵位を持てる。
現時点で身分的には平民な人もいる。
でもみんなタメ口なんだよね。
家族だから。
生まれた時からそういう環境にいれば、身分はあまり意識しなくなるという。
「でも家臣や使用人は平民なのでは」
「そういった者どもとはもちろん区別しますわよ。
ですが、貴族社会の中では」
「私たちは『同類』でございましょう?」
ニコニコしながら言う皆様。
ああ、そうか。
やっと判った。
礼儀か。
私がすんなりこのお茶会に溶け込めたのは貴族の礼儀を守ったからだ。
最初のあの挨拶で私は受け入れられた。
そしてそれからも貴族の規範を崩さなかった。
だから貴族令嬢として認められた。
その事実の前には孤児だったとか庶子だったとか、男爵令嬢に成り上がったとか、もっと言えば男爵という最下位の身分なんか些細な事だと。
「おわかりに成られまして?」
慇懃に聞かれた。
「はい」
「よろしくてよ。
私どもはあなたを既に認めております。
貴族にふさわしい礼儀を守る限り、貴族社会はあなたを受け入れます」
「まあ、中にはアレな人もいるから」
シストリア様がうんざりしたように言った。
どうもこの方は思った事をそのまま言ってしまうようだ。
「誰かに何か言われたらミルガスト様におっしゃれば良いですわ。
近くに居れば私どもの誰かでも」
「私たち、それなりに顔が効きますので」
口々に言って下さる高位貴族の令嬢の方々。
何で?
どうしてそんなに好意的なの?




